國内最強!! 大虎北部軍!!
アダオウを最先頭に、彼直属の精鋭騎兵五千が丘を駆け下る。後には残る五千の精鋭歩兵が続き、その両翼には歩騎合わせて五千ずつの部隊が展開していた。
「おぉ、兄貴はあそこか! 待ってろよぉ! 祝家随一の猛者が助けに行くぜェェ!!」
「兄者はあっちか。ならアタシ等は敵本陣を頂くよ! 祝家一の猛女 祝那! 吶喊ンーー!!」
左翼を率いるは祝覧の弟 祝鉱。右翼を率いるは末の妹 祝那。
来援した北部軍は、アダオウ、祝鉱、祝那の二万だった。
彼等は三方向に別れて突撃し、アダオウは奚范を、祝鉱はヒソンを、祝那は牟区市の北鑑軍本陣を狙う。
対する北鑑軍は、奚范の攻撃姿勢が完全に裏目に出た。
全部隊が出撃し、靖破軍に集中していた為、本陣のある市街地は手薄そのもの。布陣に関しても、今しがた現れた北部軍に背を討たれる形だった。
「ちっ……! 忌々しい北部軍め。右翼四千、私のもとを離れて市街地の守備に回りなさい! 左翼はその場で反転し、甲施の陣を敷け! 我が中央は百歩後退し、右翼に変わる味方に対して斜陣を成す! 突撃してくる敵本隊の騎馬をいなしつつ、機を見て鶴翼に切りかえるのです! 遂行!」
奚范は悪態を付きながらも、熟達した用兵技術を駆使して、まずは自分の部隊と後方本陣の態勢を立て直す。
「ヒソンの所にはバラガスと于雲鮮を向かわせ、二人に新手の攻撃を防がせなさい。そしてヒソンには、将不在となった李勉・鯨罧隊の残兵を指揮させ、大兵力を以て前面の敵を押し留めるよう!」
次に、北部軍と靖破軍の挟撃を阻止せんと、軍全体を一転して守備の形に変えていく。
最前線にて指揮を執る于雲夏も、この動きを即座に感知した。
彼は奚范を援護すべく、自らが率いる部隊と経清の率いる部隊へ、当面の敵に更なる攻撃を加えるよう指示を出す。身を固める奚范に反して、于雲夏は前に出たのだ。
無論、ロキとキクズナの部隊を足止めし、北部軍との挟撃を果たせなくする為だ。
「むぅ……! 流石は奚范に于雲夏だ。この混迷とした状況の中、早くも冷静な動きを見せている。……だが! 彼等の突撃を止められるとは思わん事だな!」
大虎中央軍にあって、実家は北部軍に属している祝覧。彼は北部軍の実力を、今の靖破軍の中で一番理解している人物だった。
故に、祝覧の眼力に影が帯びる事はなく、その視線の先で今にも突入するアダオウ騎馬隊が見せる次の瞬間を、容易に想像できた。
「ブオオオォォォォーーー!!!」
「「「おごぉっ!?」」」
猛虎の一撃を簡潔に表すならば、「木っ端微塵」。
槍を突き出して果敢にも迎撃した北鑑兵達は、アダオウが振り回した巨大な鉄塊によって肉片となり、広域に吹き飛ばされた。
その怪力無双な暴れぶりは、靖破や嶄條とは一味違った血肉の雨を降らす。
「ブオオオォォォォーーー!!!」
「長官に続けェェェーーー!!」「「「オオォォォッ!!」」」
直属の精鋭騎兵五千も、将に劣らぬ苛烈な突撃を見せた。
派手に崩れた敵戦列を更に抉り、押し広げ、奚范本隊の後方まで揺らすほどの波を作る。
その次は気合いで馬の足に追いついてくる歩兵隊だ。
アダオウ本隊が奚范本隊を強襲する一方で、歩兵隊は途中で進路を変更し、押し負ける奚范本隊を見て動揺するかの軍の右翼に切り掛かる。
そこでも猛烈な攻撃を加えるアダオウ直属兵は、勢いは当然ながら、練度・胆力・気迫・力量、その全てが奚范の直属兵を優に上回っていた。間違いなく、この戦場で最強の兵団といえる存在だ。
「先頭の大男、勢いがまったく止まらんぞ! 兵もまた凄まじい! 奴等何者だ!?」
「つ、強い!? 奚范様。我等が圧倒的に押されております……!」
「北部軍は強いとの噂、まことであったか。まさかこれほどとは……!」
「それにしても、これ程の大部隊を見逃すとは、間者は何をしておったのだ! 陽堅方面の報告責任者は誰だ!」
アダオウ直属軍の猛襲を前に、奚范の側近達はわかりやすい動揺ぶりを見せていた。奚范から見ても、それは非常に不様なものである。
「…………慌てるんじゃありません、この薄らバカども。見て解るように、あれはただの援軍ではない。楽羅に備えて集結していたアダオウ本軍の一部を、北部軍長官が直々に率いて現れたのです。それならあの精強ぶりも理解できるでしょう」
「陽堅の守備軍ではなく、対楽羅の最前線にいた本軍が秘密裏に南下してきたとは……! ……もしそうだとしたら、いったい何時の間に!?」
「如何に敵地の偵察とはいえ、二万近い軍勢の接近を見逃すなどあり得ません!」
「その通りです! あれだけの数が動けば必ず気付きます!」
「だぁかぁらぁ、騒ぐなと言っているでしょうが。……北部軍の援兵が “大虎の牙” の軍に入っている、という報告を受けていましたが、それ自体が私達の目を欺く囮だったのですよ。実際に何千かは大虎の牙の下へ入ったのでしょうが、本命はそれを隠れ蓑にしていた。……察するにアダオウは、二万の精鋭を千人規模の部隊に細かく分け、各所の守備隊と配置変えしたり間道を使ったりしながら動かしたのでしょう。そして複数に散っていた各隊は何処かで合体し、大きな塊となって突如現れた。地方軍長官として地理に明るく、自在に将兵の配置を変えられるアダオウだからこそ、この様な情報戦に打って出る事ができたんです。
――まったく、北部軍来襲の可能性を危惧したにも関わらず、裏をかかれるとは……この上なく不快ですねぇ……! 楽羅が早く動かないからこうなるんですよ……!!」
依然として落ち着き止まぬ側近達に説明する一方、奚范は奚范で愚痴をこぼす。
彼はこれ以上の士気低下を防ぐ為に、敢えて言わなかったが、この状況を作ったもう一人の動きについても理解していた。
(大虎の牙が寡兵で決戦に挑んだのも、我々を野戦に誘い出し、北部軍が背後を突きやすくする為。……陽慶軍を指揮する祝覧……先の大戦では大虎右軍の参謀を務めたあの男。やはり捕虜とした時に殺すべきでした。総司令に白眉のバカ王が要らぬ助言などするから、こうなったんですよ)
北鑑連合軍の左軍に属していた奚范は、同じく左軍に加わった白眉軍の國王がフルバスディに、捕虜となった祝覧に利用価値があると説いている場面に同席していた。
奚范は否定をしなければ賛同もせず、フルバスディの決定に従ったものの、今思えば白眉の國王は余計な事を言ってくれたものだ。
なにはともあれ、北鑑軍は前後に敵を抱えてしまった。
今はまだ引き離しているものの、いずれは合流してしまうだろう。そう感じさせる程に、大虎北部軍の勢いは凄まじかった。
「ウオオォォ!! そこ退けそこ退け北鑑共!! 雷神・祝鉱様のお通りだぜ!!」
アダオウの活躍も然ることながら、五千の兵でバラガス隊一万に挑む祝鉱も、二倍の兵力差を物ともせずに突撃する。
彼が振るう矛には電撃が纏わり、切り伏せた敵を基点とする左右後方数メートル先まで攻撃が波及する。その範囲は得物の倍以上。威力は十倍を誇った。
「ええぃ、何をしておるか! 敵将は単騎だぞ! さっさと討ち取――」
「邪魔だァァァーーー!!」
「ぁガァっ……!?」
人馬一体の魔技 “蒼駆”。地を走る稲妻と化した祝鉱と彼の愛馬が、一瞬のうちに敵陣深くまで切り込むや、擦れ違いざまの一刀で前衛指揮官もろとも道中の北鑑兵達を黒焦げ両断に処す。
一振り一駆けするだけで青い閃光が迸り、行く先々で黒血に塗れた骸道が出来る。祝鉱が「蒼雷の血潮」と呼ばれる所以であった。
「そこまでだ、北部の猛将よ。このバラガスが相手する!」
「……おぅ、水車の如き戦斧使い・バラガスか! 上等だ! 行くぜェッ!!」
別行動中の于雲鮮に代わって隊を任せられたバラガスが、部隊中衛まで切り込んできた祝鉱を迎え撃つ。魔人の相手は魔人でなければ務まらなかった。
両者は一合目から全力でぶつかる。派手に舞い散る銀の火花と、他者を寄せ付けぬ衝撃波の嵐が、否が応でも一騎討ちの場であると周囲に知らしめた。
両部隊の兵はそこを避けるようにして、進撃もしくは迎撃に回った。
その一方で、バラガス隊と背を守り合う形で戦うヒソン隊は、嶄條騎馬隊の再加熱によって本陣陥落の危機に陥っていた。
「ナマハハハハハ!! 弱い! 弱すぎるのぉ!! 怪魚に喰われる雑魚の群れだわい!!」
「嶄條様! 敵予備兵、動きました! 我等の背後に回ろうとしています!」
「ナマハハ! 無駄よ無駄無駄! ……めんそぉーれぇーー!!」
魔力を込めた巨剣をブゥオン! と振り下ろし、高さ四メートルほどの斬撃刃を射出。退路を絶とうとした旧鯨罧隊の予備兵を軽く蹴散らした。
「嶄條様! 今度は左からです! 李勉の残兵がこちらに向かってきます!」
「…………ふん、無視して構わん。祝覧が動いた」
邪魔はさせぬと、今度は祝覧が兵を回す。嶄條騎馬隊に側面攻撃を仕掛けようとした李勉兵は、却って側面を突かれて無惨にも敗れ去る。
武略に於いても用兵に於いても、ヒソンでは嶄條と祝覧に到底敵わなかった。
「ヒソン将軍! 敵の騎馬隊が止まりません! 本陣を一度下げ、前に厚みを作らねば、敵はここまで到達します! 何卒後退の指示を!」
「ならん……! 下がる事はならん! 我等が下がり今の形を自ら崩しては、北部軍と当たっている奚范将軍までの道が出来てしまう。ほんの僅かな隙間でも見せれば、あの騎馬隊は抉じ開けて進んでいくだろう。
――本陣は下がらぬ! 左右の李勉・鯨罧隊残兵を当て続けろ! 数は未だにこちらが上だ! 根気よく挑めば、数の差で我等が有利に」
「将軍!! お逃げぉ」
「!!? ぬあぁぁっ!?」
不退転の覚悟で味方を鼓舞する最中、ヒソンの本陣に紫色の斬撃が飛来した。
簡易的な本陣は一瞬で半壊し、盾となって死んだ衛兵に押し退けられる形で、ヒソンと彼の側近達は吹き飛ばされる。
無論、嶄條の攻撃である。肉眼でヒソン本陣の慌てぶりが視認できる距離まで近付いたと同時に、揺さぶりをかけて動けなくする目的で放ったのだ。
「うぅ……なにが起きたのだ」
「よう、北鑑の凡将」
「っ!? ……“刃神” 嶄條……!」
側近達とともに身を起こしたヒソンの前には、幾重にも敷かれた防御線を強引に喰い破った嶄條が、馬に跨った赤毛の鬼の如く君臨していた。
「辞世の句はあるか? 一応聞いておいてやろう」
「くっ……! この、化物がぁぁ」
ゾンッ!!!
「なにか言ったか? 弱い奴がぁ」
勝負は一太刀で決まった。切り掛かるヒソンの体を、嶄條が両断したのだ。
《問題を起こさない穴埋め要員 ヒソン》
奚范軍創設の時より、彼の補佐に当たっている将軍。40歳。
特出した才能はなく、他の若手将軍に比べて一段劣るものの、地に足の着いた武将として事ある毎に頼られていた。
これといった長所が無い代わりに短所もなく、奚范の指示をよく理解して実行に移す為、実は奚范にとって一番扱いやすい人材である。
華々しい活躍は無く、知名度も低いが、それに反して邸宅が豪華だったり彼専用の快速馬車が用意されているのは、偏に奚范なりの感謝の表し方だろう。




