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ヒーロー登場

 于雲夏とキクズナは、正面きって派手に激突した。

奇しくも眞城で用兵術をぶつけあった者同士が、今回はまったく等しい兵戦で対峙したのだ。


「くっ……流石はジオン様と並び評される于雲夏。隙がまったく無い!」


 前回の結果から見れば、両将の実力は互角と思われた。しかし小細工なしの真っ向勝負となると、あらゆる面で于雲夏が圧倒的に上であった。


 靖破や嶄條など桁違い級の猛者に攻め込まれると、兵の力だけではどうにもならない部分はあるが、兵同士の戦いならそこらの良将は敵ではない。まさに、扱う戦術の数が二回りも違ったのだ。


「副長! 祝覧隊の背後を迂回して進む騎馬隊が見えます! 于雲夏の別働隊です!」


「何っ!? しまった……本陣は今、守備兵力がまるで無い!」


 正面からの新手なら、キクズナ本人が対応できる。

しかし、靖破の居る祝覧隊を無視して本陣に向かわれると、それを阻む者が居なかった。


 当然、本陣に構えるリナムにも、自分達に迫る危機が見て取れた。

彼女はなけなしの守備兵を全て左側に集め、時間稼ぎに出ようとする。実戦の指揮はズブの素人であるリナムに、これ以上の対処法は分からず、事実これ以外になかった。


「お嬢様! まだ間に合ううちに、ロキ隊長の許へ避難してください!」


「即席の防壁(バリケード)だけでは保ちません! 敵と噛み合う前に、どうか避難を!」


「キクズナ副長が援軍を回そうとしています! ここは我等に任せて、早く!」


 防衛に当たるのは、リナムがケトを出る時に同行してきた二百の護衛兵だ。

彼等は将として後方に立つリナムに対して、何度も避難を勧める。歳に反して責任感の強いリナムが、それを受け入れないとわかっていながら。


「………………!!」


「お嬢様! 早く避難を!」「リナムお嬢様!!」「避難を……!」


 刻一刻と迫る危機を前に、リナムは兵達の声を浴びながら固まるしか出来なかった。

本陣を預かる将としての責任が、彼女の後退を躊躇わせる以前に、敵の重圧を受けて身が竦んでしまったのだ。口を動かす事すら叶わぬ程に。


(……于雲夏将軍は、きっと私を生かして捕える筈。捕まれば……靖破様や兄様だけじゃなくて、軍全体の士気に関わる……! ケトの存続だって、危うくなってしまう! だから皆の言う通り、居ても役に立たない私は兄様の所へ行くべき。……なのに……! 体が動かないっ! 恐くて……恐くて……何も出来ない……!)


「あの少女が敵本陣を預かるリナムだ! 数は少ない! 一撃で決めろっ!」


「く、来るぞぉっ!? 命に換えてもお嬢様を守り抜けっ!」


 于雲鮮の指揮する騎馬隊が、目と鼻の先まで来た。

二百の護衛兵は前の守りに集中し、その後ろでリナムは恐怖の涙を浮かべていた。


「靖破様……助けて……!!」


『あぁ、今いくぞ』


「ぇ……!?」


 全力を振り絞って出した声に、何処からともなく聲が答えた瞬間。

祝覧隊の持ち場から巨大な蒼い魔力柱が天に昇り、戦場全体に響き渡る轟音とともに多くの北鑑兵を灰燼に帰した。


「「「――!!?」」」


 敵味方全軍の意識が変事に集中し、戦闘も一時中断される。

于雲鮮の騎馬隊も速度を落として祝覧隊の方角を注視すれば、李勉隊の本陣が丸々消失したような気配を感じた。


「いったい……何が起きたんだ!? ……はっ! まずい――」


 一瞬の刹那。リナムの盾となる様に君臨した靖破が、蒼月の方天戟を一振りする。

凄まじい殺気を感じた于雲鮮は即座に馬から飛び退いた事で、間一髪危機を免れたが、彼の率いる騎兵の多くが、大地を抉り進む蒼き斬撃の餌食となって消えた。


「り、李勉様ー! 李勉様は何処に!?」


「うわあぁぁーー!? 鯨罧様が討たれたぞ!? に、逃げろぉぉーー!!」


 巨大な魔力柱が顕れてから数十秒後、漸く事態を把握した北鑑軍の兵士達が将軍の戦死を叫ぶ。李勉は靖破とシュラの魔力結合に巻き込まれて灰燼に帰し、鯨罧は呆然としている隙を嶄條に切り殺されたのだ。


「今だ!! 突き崩せェェ!!」


 祝覧の魔力聲が戦場に轟き、反撃の指示を受けた大虎兵は各々の得物を突き出した。

この軍一体の一撃で、依然として動揺に包まれている北鑑兵は四千程が死傷する。僅か数秒の出来事なれど、用兵家としては天下に面目を成すほどの戦果であった。


「靖破様……!! 靖破様っ……うっ、ぅぅ……!」


 危機に駆け付けた英雄(ヒーロー)の後ろ姿を見て、安堵したリナムは崩れ落ちてしまう。

ペタンと地面に座り込んでしまった彼女の涙目には、シュラを纏った靖破が誰よりも何よりも輝いて映り、覇者の風格そのものであった。


『うちのリナムを狙うなんていい度胸してやがる! 靖破、こいつ等全員』


「無論、細切れだ……!!」


 屍山血河のように静かに、そして地獄級に、狂ったような殺意を抱く靖破が于雲鮮隊に睨みを利かすと、シュラも内心ほくそ笑んだ。


「……計算外だ……! 退けーー!! 一度戦場を離脱するぞ!!」


 威風や覇気なんて生易しいものではない、恐怖の大王が如き殺気に気圧された于雲鮮は、本陣突撃を諦めて踵を返す。


 二千五百を下回った于雲夏軍騎兵も、臨時の将官である于雲鮮に従って退いた。


『へっ……! 尻尾巻いて逃げたか。どうする、靖破』


「……リナムの安全を確保する。背を向ける雑魚など捨て置け」


 追い掛ければすぐに追い付いて、一方的な虐殺をする事はいと容易いものの、靖破はリナムの安全を最優先に考えて一度本陣に戻る事を決めた。


 一方、祝覧隊と交戦中のヒソン、李勉、鯨罧隊に関しては、うち二隊の将軍が戦死した事で大混乱に陥り、祝覧の用兵と嶄條の武力が反撃に転じた事を契機に総崩れの波が広まっていた。


 ヒソンは生き残った李勉、鯨罧隊の将校に後退を促し、背後を取られかねない于雲夏にも伝令を送る。


 靖破が想像以上の速さで本陣に戻った事を知った于雲夏は、この期に及んで自分の想定を遥かに上回る靖破に驚愕しつつも、ヒソンの言葉に従って兵を下げた。

先程まで北鑑軍の圧倒的優勢だった戦況が、数分足らずで逆転されたのだ。


「なんだこれは……まさかこの兵力差で……たった一人の魔人によって負けるだと? ……そんな事……あり得ないですよ! 兵法の理に反しているっ!」


 真っ向から押し返される自軍を見て、奚范は夢にも思わないとばかりに激昂した。

本国に報告したところで誰も信じないであろう状況は正に、彼にとって悪夢だろう。


「奚范様! ヒソン様から全軍後退の要請が来ております!」


「後退だと……!? 三倍もの兵力差で後退など、断じてあり得ない! 攻撃っ! 攻撃あるのみです! 前に出ている祝覧の部隊に、残りの全戦力を集中させなさい! そうすれば大虎の牙は再び突出し、包囲殲滅の憂き目に遭って――」


「奚范様!? あれをご覧下さい!? あっ! あれはまさか……!?」


「煩いですねぇ! 今忙しいんですよ――はっ?」


 騒然とする本陣にあって、側近の一人が気付くや周りに知らせる。

それは北鑑軍が前線基地にしている牟区市の北方に、忽然と現れた軍勢であった。


「……来たか! よぉし、上々上々!!」


 祝覧も僅かに遅れて気付いた時、その軍勢は丘上にて騎馬陣を整え、突撃の号令が下るのを待つだけの状態だった。


 期待の眼差しを浮かべる祝覧に反して、奚范の本陣は息を呑んで戦慄する。

今まさに、快刀乱麻・豪快無双の号令が下されんとしていた!!


「大虎北部軍!! いざ参るぞォォォ!!!」


「「「ウ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ォォォォォォーーー!!!」」」


 百獣の咆哮が戦場を震わせた。北鑑軍が見て絶望し、聞いて恐れ慄き、当たれば噛み砕かれる猛き軍勢が、最先頭を威風堂々と突き進む猛将によって率いられる光景。

北部軍長官のアダオウが、自らの直属軍を連れて参戦したのだ!!






《薄情将軍を支える真面目な二人 李勉と鯨罧》

 奚范軍に組み込まれ、その副将を務める事になった若手将軍二人組。

以前から行動を共にする機会が多かった二人は、「用兵の李勉と武勇の鯨罧」と並び称されていたが、実力では祝覧とロキに遠く及ばなかった。

平民から叩き上げで将軍となった張侍とは違い、二人とも代々北鑑に仕える名門一族の出身。李勉と李嶷は同じ李一族であり、親戚に当たる。


李勉も鯨罧も、大義より家名を重んじる武将であり、平民出の張侍や元義賊の鐘鬼とはそりが合わなかった。

彼等の関係性は奚范も知っていたが、情に疎い彼では部下同士の仲を取り成せなかった為、離して用いる事で災いを避けていたようだ。


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