靖破軍の弱点
「…………奴等は中途半端に前へ出て、何がしたいんですか……!?」
靖破の出現を機に、迎撃軍本隊を伴って牟区市から打って出た奚范。
彼は千騎程度でしかない嶄條騎馬隊の前進を、理解できずに唖然としていた。
突出した靖破を呼び戻すでもない。囮役や玉砕の為に突撃するでもない。敢えて守備陣を捨て、敵の大海原に飛び出して戦おうとする狂気が、理解し難かった。
「奚范殿! 大虎軍の本陣が手薄だ! 貴殿は直ちに本軍を引き連れ、敵将ロキを討つべし!」
「……于雲夏殿。あなた、何を勝手に持ち場を離れているんですか。態勢を立て直し次第、靖破の背後に廻るよう言った筈ですよ」
「勝機を前に貴殿がまごついておられる故、助言しに来たのだ」
「助言!? 助言だと! 何が恐くてあなたの助言を必要とするのです! 早く持ち場に戻れ!」
「奚范殿。敵の強さは理屈ではない。それは奴等の戦う理由が我らの想像とかけ離れているからだ。故に、行動基準も我等軍人とはまるで違う。ここは一旦、軍略家としての矜持を捨て、心を読んで動かれよ」
「……何を言っているのですか。心を読むまでもなく、突出した敵の大将を討つ。至極単純な作戦の何処に不満があるのですか」
「敵の大将は “大虎の牙” にあらず。後方にいるルーベルズ・リナムだ。大虎の牙の心もそこにある。今、ルーベルズ・リナムを守るのは兄のロキのみ。その二人を全力で攻めれば、大虎の牙は陣を解いて反転しよう! そこを全軍で突くのだ! さすれば大虎の牙は振り回され、大剣豪 嶄條も数の波に押しつぶされる!」
「馬鹿な! 形だけの本陣を崩して何になるのです! 敵の大将を討つことが完全勝利への階! 馬鹿馬鹿しい助言を言う暇があったら手勢を立て直せ!」
「物量で攻めても無駄に犠牲を出すだけだ! 敵の心理を突いて動かれよ!」
「ええぃ! 誰かこの耄碌爺をつまみ出せ! 指揮が乱れる!!」
人の情に無関心な奚范では、于雲夏の言う心理作戦が理解できなかった。
彼の命令で忽ち衛兵が集い、于雲夏は周囲を囲まれる。
于雲夏はこれ以上は何を言っても無駄だろうと諦め、別段暴れる事もなく、奚范の視界から消える事を選んだ。
(……口惜しい。千載一遇の好機を味方に潰されるとは。大虎の牙が前に出たのは、祝覧隊の苦境を救うだけにあらず。ルーベルズ・リナムの前から、出来るだけ多くの敵を遠ざける為でもあるというのに……)
「…………いや、まだだ。経清殿が今、ロキを攻めておる。大虎の牙に向かうふりをして、ロキ隊に攻めかかろう。経清殿と挟撃すれば、大虎の牙が戻る前にリナムを捕縛できるやもしれん」
ここに来て于雲夏は、奚范の指揮から逸れた独断行動を視野に入れる。
靖破こそが北鑑軍を誘う罠だと見抜いた彼は、その裏を突こうとしたのだ。
「父さん、また出撃するんですか?」
「む? ……おぉ、鮮か。それにバラガス殿も。丁度いいところに」
奚范の陣営を出る途中、于雲夏は息子の于雲鮮に声を掛けられた。その傍らには、彼の部隊に配属されたバラガスも一緒だった。
「鮮、お主の部隊にはまだ、出撃命令が出ておらんだろう」
「そうですね。俺とバラガス将軍は大虎軍を惑わす一手の為に、待機を言われてます」
「では、少しだけ儂に手を貸してくれ。儂と経清殿と鮮で、戦の流れを変えようぞ」
「ふぅんと……具体的には何をすれば?」
「うむ。ちと此方に寄れ」
息子とバラガスにだけ聞こえる声で、于雲夏は秘策を語った。
于雲鮮は父の言葉を信じ、自らの部隊を一旦バラガスに預けると、于雲夏とともに態勢を立て直した彼の軍に入る。
「祝覧将軍! 敵後方より于雲夏軍がきます!」
「流石に立て直しが早い。予備隊を全て出せ! どう来てもすぐ動けるように中衛まで持ってくるのだ!」
于雲夏軍一万二千は、ヒソン隊一万の後方に進んできた。
この時点で祝覧・嶄條隊五千が抱える敵は、前方にヒソン隊一万、左方に李勉隊七千、右方に鯨罧隊七千。そして于雲夏軍一万二千を加えた三万六千まで達していた。
実に七倍もの兵力差。完全に包囲されるのは時間の問題であり、それは本陣に構えるリナムが見ても明らかだった。
「このままでは靖破様達が……! 嶄條様の置いていかれた歩兵隊を動かして、救援に出なければ。……でも、指揮官がいないのにどうやって……」
「リナムお嬢様。私が参ります」
「キクズナ! 貴方……兄様の持ち場は大丈夫なの?」
「その兄様の指示で、こちらに来ました。兵も一千ほど連れてきています。嶄條様の兵も合わせれば七千で、これだけ加勢すれば充分でしょう」
「お願いします。本陣にも四千居ますから、その半分を連れていって下さい」
「九千もあれば勝ち目はあります! では、出撃します!」
ロキの指示を受けたキクズナは、直ちに九千もの兵を率いて本陣を出た。
彼は嶄條騎馬隊一千を主な敵とする、鯨罧隊の背後を突こうとした。
「!? ……チッ、于雲夏め……! 我々の動きを読んでいたな!」
しかし、キクズナの前には于雲夏本人が指揮する九千が立ちはだかった。
というよりは、ヒソン隊の後方まで進んだ于雲夏軍が九千と三千の二手に分かれ、主力は靖破を無視してリナムの居る本陣を急襲せんとしたのだ。
「ふむ……こちらと同規模の救援部隊が出てきたか。それはちと困った。すぐに本陣まで攻め込むつもりが、これでは時間がかかるやもしれん」
キクズナにとって厄介な状況は、于雲夏にとっても多少の読み違いを招いていた。
経清が東から迫っており、奚范の第三陣もまだ控えている状況で、靖破軍本陣からこれだけの援軍が出てくるとは思わなかったのだ。
現に今、リナムの本陣は正面の守りがガラ空きで、守兵は二千しかいない。その二千も大半が補給・医療・伝令の役目を帯びた非戦闘員。手薄にも程があった。
「……力だけの狂将と思っていたが、こうまでして大虎の牙を助けようとする将兵がいるとは……。奴も中々の人望を持っていると、考えを改める必要があるな。
――だが! 奴が北鑑の大敵である以上、情けをかける訳にはいかん! 儂等がこのまま突っ込めば、大虎の牙もおちおちしておれん筈。儂等は囮となり、本陣急襲は鮮の部隊に任せるとしよう」
僅かに予定が狂ったものの、大勢に影響はなく、于雲夏は自らが潰れ役となる事で息子・于雲鮮の別働隊を敵本陣まで届ける事にした。
《誰々から見た誰々 相関編》
靖破から見た仲間
シュラ……煩くて我儘。実年齢の割に成熟していない。亡き妹と似ていて複雑。
リナム……静かで誠実。実年齢の割に成熟している。不思議と保護欲が沸く。
ロキ……一番気兼ねなく話せる友人。対等な関係でいてくれ。
キクズナ……影が薄すぎるせいで、間違って切ってしまいそうだ。
祝覧……頼もしい参謀。面倒事を押し付けても何だかんだやってくれる。
嶄條……かつての武芸師範。死闘が恋しくなった時に付き合ってくれるので助かる。
シュラから見た仲間
靖破……死んだ魚の目はやめろ。うちのヤル気が死んじまう。
リナム……めっちゃ大好き。うちのヤル気の半分を補ってくれる存在。
ロキ……悪乗りに付き合ってくれる悪友。妹をうちにくれ。
キクズナ……見えない所でよく働くなぁー。こういう奴も必要なんだな。
祝覧……難しい事ばっかり喋るから、多分人間じゃない。何か別の生物だと思う。
嶄條……獅子面で隠してるせいか、賢いのか馬鹿なのかよく分からん。強さは認める。
リナムから見た仲間
靖破……恋慕。だがそれ以上に忠義を尽くすべき主君。忠勤を優先してしまう。
シュラ……感謝。大事なところで察してくれるもう一人の主君。お世話していて楽しい。
ロキ……賢兄。とても優しい兄様。昔から心の支えになってくれる。
キクズナ……忠勤。兄は当然、自分の補佐もしてくれる大事な家臣。
祝覧……尊敬。何事もそつなくこなす理想の人物。教え方も上手な先生。
嶄條……恐怖。戦場でしか生きていけなさそう。政とは対をなす人物。
ロキから見た仲間
靖破……主君に値する元戦友。「お義兄さん」とからかえなくなって、実は寂しい。
シュラ……崇拝する伝説の魔女。基本的に敬語を使い、悪乗りにもお付き合いします。
リナム……自慢の妹。何処の嫁に出しても心配はないが、積極性はもう少し磨くべし。
キクズナ……必要不可欠な右腕。彼が居なければ、攻撃力は七割近く半減するだろう。
祝覧……兄貴みたいな存在。からかい甲斐があり、一緒に戦って楽しいおっさん。
嶄條……実は武芸以外の接点があまりない。心強い存在である事は確か。
キクズナから見た仲間
靖破……ちょっと恐い。でも働きをちゃんと評価してくれる良い大将。
シュラ……性格が損しているように思える美少女。でも見ていて爽快な気分になれる。
リナム……心の癒し。兵達の疲れを感じ取ると鼓舞してくれるので、凄い人気者。
ロキ……自分にとっては主君のような存在。補佐できる事を誇りに思う。
祝覧……兄弟子。ともにジオンから用兵術を学んだ仲。実は隊長並に良い連携をとれる。
嶄條……噂に違わぬ兵法者。武人として憧れの人物。稽古をつけてほしい。
祝覧から見た仲間
靖破……仕えるに値する立派な主君。人材の使い方がとても上手く、王の器である。
シュラ……戦闘特化型少女兵器。おそらく俺の事を人間と見ていないだろう……。
リナム……貴重な常識人その一。我が軍における大義そのものを表している。
ロキ……おっさんおっさん言うな! もう少し真面目に取り組まんか! おっさん言うな!
キクズナ……貴重な常識人その二。密かな飲み友で、よく相談に乗ってくれる弟弟子。
嶄條……人間の身で武の頂に登った御仁。博識で経験に富んだ、頼り甲斐のある存在。
嶄條から見た仲間
靖破……一見隙の無い強者に見えるが、脆い部分を密かに抱えている。伸び代あり。
シュラ……流石は伝説の魔女。隙だらけのように見えて、一番地に足が付いておる。
リナム……めんこいのぅ。つい悪戯したくなる。格闘魔女っ娘が怒るからしないが。
ロキ……真っ直ぐな好青年。血気に逸るが視界は広い為、大敗する事はなかろう。
キクズナ……鳳の影に隠れておるが、指揮官として非常に有能。将軍も務まる逸材だ。
祝覧……知勇兼備の名将で間違いなかろう。しかし、あくまでも武人。外交は苦手か。




