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魔女が望むもの

 蒼髪の魔女 シュラと契約してから五日が経った。

靖破は今日までに、都の陽慶から李嶷の残兵を追い払い、送られてきた増援部隊を二つ殲滅し、事態を把握していなかった補給部隊も一つ壊滅せしめた。


 そして今も、前に勝る兵数で現れた北鑑軍を、圧倒的武力で捩じ伏せたばかりだ。


『…………おーい。どんだけバラすんだよ。もう死んでるっつうの』


「……そうか。もう終わったのか」


 静まり返った戦場で、靖破は血に塗れた敵将の骸を何十等分にしていた。

これまで討ち取られた他の将も、皆同じように分解されている。

契約以前の靖破には見られなかった奇行から、後天的な異常行動といえた。


『敵の物資はどうする? あいつら慌てて逃げ出したから、かなり残してったぞ』


「また民にくれてやれ。俺には不要なものばかりだ」


『ならさっさと帰って教えてやるか。……っと、アサギ発見! これだけはうちのもんだ。ガキが飢えててもぜってぇやらねぇからな』


 軍需物資を運ぶ荷車の中から、薄緑色の果実を手に取るシュラ。

彼女は自己紹介に際して、こう語った。『本当は “リシュターブ・シュラ・ノウエ” っていうが、長いしあんま好きじゃねぇから、“シュラ” で通せ』……と。


 靖破は古い文献の中に、魔女の名前と重なるものがあったことを思い出したが、特に興味もないので聞き返す事もなく、言われないがままに魔女と呼ぶようにした。


「……子供も食べかけのアサギなんか欲しくないだろうな」


『んぁ? ……あ? ……あぁぁっ!?』


 大口を開けたシュラが大好物のアサギにかぶりつこうとした時、靖破が不意に呟いた。

シュラは素っ頓狂な聲をあげた後、手に持つアサギをもう一度確認し、叫ぶ。よく見れば、端の方に何者かが噛んだ跡があった。


『うっわ! 最悪だぜ! 誰だよ、うちのお供えもんに手ぇ出した奴は!』


「別にお前の物ではなかったろう。だが良かったな。名も知らぬ雑兵と間接的な接吻(キス)をすることにならなくて」


『それも御免だが……アサギ好きに宣戦布告した罪はでかいぞ。いや、これは事実上の侵攻だ! 靖破! こいつ等皆殺しにして、末代まで後悔させてやれ!!』


「もう死んでるんだろ? 綺麗なやつを探してさっさと帰るぞ」


『むっ…………おーい、なんかうちが時間くってる様に言うが……さっきまで黙々と死体弄ってたのは、お前だからな?』


 ふくれっ面を見せて拗ねるシュラに反し、この戦場での報復が終わったと理解した靖破は、半ば無視する形で踵を返す。


 だが、そこで「はいそうですか」とは言わない。

シュラは荷車の包みを豪快に破り捨てるや、アサギの詰まった木箱をヒョイッと持ち上げて靖破を呼び止める。


『待てー! これ! お前はこれ持つんだよ! アサギ! ほれ、沢山! 靖破、ほれ、これ!』


「……支離滅裂だな。別に俺が持たずとも、お前一人で充分だろう。その細腕には、迫る敵兵を塵芥の如く吹き飛ばす筋力が……」


『男は黙って荷物持ち! どうせお前、帰り道する事ないだろ。うちはアサギ食うのに忙しいんだよ。二箱ぐらい余裕で食っちまうんだから、この荷車ごと持ってけ』


「待て。その一箱だけではないのか。車ごと持ち帰るなど聞いていないぞ」


『今言う! 運んで運んで運んでーーい!! うちの昼飯! 夜食! 食後の水果(デザート)!』


「…………面倒だな。そこに棄て馬がいる。繋げてやるから少し待て」


『よっし、そうこなくちゃな! 契約した意味がねぇや!』


「……我儘でよく喋る魔女だ」


 感情に乏しくなった靖破をしても、シュラの駄々には呆れるしかなかった。

結局、靖破は即席の馬車を仕上げ、アサギ箱の上で優雅に喫食するシュラを連れて帰った。御者は当然ながら、靖破である。




 陽慶の城門に近付くと、生き残った城下の民達が、靖破とシュラを出迎えに現れた。

彼等は皆、北鑑軍を追い払った二人を「救世主」として崇め、今日もシュラの口から侵略者は撃退されたと聞くや、手を合わせて喜び出した。


『また物資が沢山あったから、欲しい奴は敵の後続が来る前に取りにいけよー』


 生き残った者達が自発的に結成した自警団が、シュラの言葉に従って物資回収の為に出発する。

壊滅した都で生きる人々にとって、その生命を支えているものは、李嶷軍の残していった軍需物資と、靖破とシュラが撃退した新手の物資だった。


「……人間の血肉を吸わせろと言っておきながら、弱者には妙に優しいのだな」


 契約を交わした場所へ戻る傍ら、靖破が何気なく呟いた。

既に一箱だけとなったアサギを大事そうに抱えるシュラは、契約に際して自らが放った言葉を思い返すとともに、唐突な質問をする靖破に彼の言葉で返す。


『うちにも不要なもんばかりだったし、欲しい奴等が持っていけば良いだろ。……それと、うちは見境なく殺しまくるつもりはねぇよ』


 刃を向ける者にのみ拳を振るうシュラは、敵対勢力の者であれば誰彼構わず殺しまくる靖破より、幾分かマシと言えた。

彼女の言葉は、表情に僅かな闇を纏いながら続く。


『世界中に封印されてる “魔神” について、武人のお前でも少しぐらいは知ってるだろ? 剣合国の世界統一よりも前の前の前の時代……それこそ伝説上の話とも言える程の大昔だ。世の大災厄となる魔獣や魔人を、「神職」と呼ばれる一族が各地に封じたって話』


「……以前言っていた「四大寇魔(シダイゴウマ)」は、その封印されたものの代表格だと聞いた事がある。そやつらとお前は、違うと言うのか?」


『全然違うね。違いすぎて亀が月に昇るぐらいだ。あいつ等は殺戮行為が存在理由みたいなもん。うちは仕返しが存在理由』


「それは恐ろしいな。違いがわからなさすぎる」


『……兎も角、剣合国の統一期に封印されたうちは新しい方だ。封印の仕方も事情も……人間も、伝説上の奴等とはまるで違う。だから全ての人間が憎い訳じゃないよ。……それ以上は、あまり聞くな』


「……わかった。そういうものとしておこう」


 聞いておいて何だが、靖破には深く追求するほどの興味はなかった。

取り敢えず彼が理解した事は、シュラが自分の過去について、他人にあれこれと聞かれたくないという事だった。


 その後、二人は沈黙のままに歩を進める。

気まずくなったとかではなく、話す内容が無くなっただけだった。


 二人が向かう先は、先述した通り契約を交わした場所である。

李嶷に敗れた靖破が吹き飛ばされ、大量の血を流した瓦礫の山は、本来シュラを封印していた祠であり、封印を守護する特殊兵団も配属されていたらしい。


 だが、北鑑軍の侵攻によって祠の封印が破壊された上、魔人たる靖破の血が捧げられた事は、シュラの目覚めを一気に加速させた。

そして依代を求める彼女の眼鏡に靖破が適い、靖破も力を欲した結果、二人は祠の跡地で契約を交わすに至ったのだ。


 帰る屋敷がなければ行く宛もない二人にとって、祠の跡地は地縛拠点のようもの。

確認せずとも自ずと道がわかり、変わらぬ足音だけが虚しく響いていた。


「……! …………(ペコリ)」


 そんな二人の前方に、薄緑色をした髪の長い少女と、数人の護衛兵が歩いて現れた。

彼女等もまた、黙して歩いており、先頭の少女が靖破に気付いて会釈をするや、それに倣って後ろの護衛兵も擦れ違い様に頭を下げる。


 だが、他人にさしたる興味のない靖破は誰もいないかの様に通り過ぎ、シュラだけがその存在に違和感を覚えた。


『……おい。今の女、知り合いの令嬢かなにかか? 場違いなほどに小綺麗だったぞ』


「…………さぁな」


『お供が持つ鞄からもアサギの匂いがした。あの女はぜってぇわかってるな』


「呆れるほどに良い嗅覚だな。なんなら分けてもらったらどうだ」


『バーカ。アサギ好きからアサギを取ったら戦争だぜ。うちら “アサギ好き” は、そんな愚かな事ぜってぇしねぇよ』


「なるほどな。だから先方も、お前からアサギを取らなかった訳だ」


『な、わかってるだろ、あの女。ああいう奴が良い嫁になるんだよ』


 靖破は思った。シュラ家に嫁ぐには、潤沢なアサギ山を所持する必要があるな、と。



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