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石岳城解放に向けて、前哨戦開幕

 張侍は祝覧の策を携えて、北鑑軍の陣へ戻った。

任務に失敗し、唯一人血路を開いて逃げてきたという建前だが、シュラによってボコボコにされた姿が功を奏して簡単に偽れた。


 上官にあたる奚范(ケイハン)は敗北を責める事もなければ、労う事もしなかった。張侍が簡単に蹴散らされるほど、“大虎の牙” は凄まじい武力を有しているという事が確認できただけで、良しとしたのだ。


(……あの口ぶりは、始めから俺が失敗すると見越していたな。俺の敗走も一つの判断材料として使い、推測した靖破殿の武力が想定通りだと満足している)


 張侍と別れる前、奚范は包囲軍から五千ほど迎撃軍に回すと言っていた。

しかし戻ってきて見れば、自分とともに石岳城の南側を包囲していたヒソン軍一万が、そのまま迎撃軍に移っていた。

張侍の報告を聞いてから増員したのではなく、張侍が戻る前には既に必要戦力を割り出しており、命懸けで帰還した張侍はそれを確認する為のダシにされたのだ。


(だが、俺の方はこれで上手くいきそうだ。鐘鬼(ショウキ)と一緒に寝返る時、傍にいるヒソンが邪魔でどうにかしなくてはと思っていた矢先、向こうからいなくなってくれるなんて。ほんとついてるぜ)


 武力的な面で考えれば、ヒソンより鐘鬼の方が断然上手であり、彼と五千の兵を回せば不測の事態には対処できるだろう。


 だが鐘鬼本人が奚范を強く嫌っており、奚范も統率を欠くおそれを考慮して、地に足の着いたヒソンと彼の部隊を回した方が間違いはないと判断した。

それ以外にも、張侍は比較的鐘鬼と仲が良い為、張侍不在の部隊は鐘鬼に指揮させた方が良いという事もあり、二将はコンビで南側包囲の続行を命じられた。


「鐘鬼。斯々然々で俺は大虎軍につくが、お前はどうだ?」ジョボボボボ


「…………連れ小便のついでに言う事か? まぁしかし……大虎の怒りは至極尤も。それに物量で蓋をし、挙げ句には大勢の民草を切って捨てる様には、俺の侠気も怒りを抱いていた。……いいだろう。オレも大虎軍につこう」ジョボボボボ……


「流石は俺の見込んだ男だ。そう言ってくれると信じていた」ジョボボボボ


「オレは元から北鑑に対する忠義なんて無い。義賊として血が騒いだのも、正しき王と正しき政治が無かったからだ。それを示してくれるなら、オレは大虎の……いや、靖破という男に降ろう」


「靖破殿の軍は、力の奮い甲斐があると思うぞ。鐘鬼もきっと気に入る筈だ。……可愛い天使もいるしな!」ジョボボボボボボ


「……それとは別に、取り敢えず一つ聞いてもいいか?」


「なんだ?」ジョボボボボボボ


「小便……長くないか?」


「これぞ張侍流、消音機構(サイレントモード)だ!」ジョボボボボボボォォーー!!


 寝返り以上に、張侍の膀胱が気になる鐘鬼であった。

折しも二人が粗相を見せていた方角は南方。北鑑に向けてだった。これこそ紛う事なき叛意の現れであり、立ち昇る湯気は反逆の狼煙を意味したとか何とか。




 一方の靖破軍は、敵襲を警戒しながら進軍を続け、森の出口に設けられた関所跡を越えると、遂に石岳領へ進入した。


「まっ、普通に考えりゃ第一都市で迎え撃つよな」


 先陣のロキは、石岳東方の要たる牟区(ムク)市を本陣として、平野に広がる奚范軍を視野に入れた。

その数八万。靖破軍二万五千の三倍以上である。


「隊長。関所の中は徹底的に破壊されていました。今すぐは使い物になりません」


「そりゃそうだろうよ、キクズナ。俺でもそうするさ。……大軍に奇策は必要なく、展開しやすい場所に軍を広げて、入ってきた奴等を包囲してすり潰す。それが最も単純で、最も殺りやすい。寧ろ大軍が関所なんて小さな拠点を本陣にしたら、動き辛くてしょうがねぇ」


「……街道をなぞって進んできましたが、我らの背後は行軍に向かない森です。到着と同時に退路を断たれている状況ですが、祝覧殿はどの様に布陣するのでしょうか?」


「さぁな。そこは祝覧のおっさんに任せてある。もうじき出てくるから、それまで俺達は敵を睨み続けるぞ」


 ルーベルズ家の兵団は後続の盾となる形で再前衛に布陣。祝覧と嶄條隊を待った。


「……うむ、想定通りだ。ロキ隊と嶄條隊に伝令! リナム殿の本陣を関所前に置き、俺達はそれを囲うように、半円状に布陣する! 中央は嶄條隊、左は我が祝覧隊、右はロキ隊だ! 背後は気にしなくてよい! 前だけに集中せよ!」


 大兵力の移動が困難な森を背に本陣を置き、前方に固い守りの陣を成す。

これは後ろから奇襲を受けない事を前提にした布陣だった。


『……うちらが最後尾とかつまんねぇー』


「これが戦だ。……それに、リナムや背後を守れるのは俺達しかなかろう」


『そうだけどよ、後ろってだけで出遅れた感がしてつまんねぇ。抑々敵が来るのかどうかも怪しいじゃねぇか』


 もしもの場合の敵の察知や撃退は、シュラと靖破にかかっている。

シュラの広範囲に及ぶ索敵能力は森でも関係なく発揮され、迫り来る敵がいたら靖破とともに粉砕する。

それでも祝覧は後ろの備えに不安を感じたのか、関所の入口を固く守り、森側に切り倒した丸太を積み上げて防壁を築き始めた。


「……まさに不退転の構えですね。兵站を自ら断ち、補給という概念を捨てた布陣は、兵達にも強い覚悟を宿らせます。……ですがこれでは、長期戦は不利です。持参した物資が尽きる前に決着をつけなければ……」


「心配するなリナム。飯や武器が足りなくなれば、俺が敵を蹴散らして奪ってこよう。……魔女も、暫くは暴食を控えるのだぞ」


『仕方ねぇなぁ。……ところでリナム。一応聞いとくけど、うちらの飯や薬はどれだけもつんだ? 一ヶ月か? 二ヶ月か?』


「いえ……もって二週間です。全力で戦えば……一週間を切るでしょう」


「兵糧は魔女が暴食した場合、三日で底をつく」


『全然もたねぇじゃねぇか! 大丈夫かよおっさん! うちと靖破を後ろに回す余裕なんかねぇんじゃねぇの!?』


「祝覧には七日も要さずに決着をつける自信があるのだろう。とにかく、俺達は出番が来るまで待つだけだ。本当に危ない時は独断で出るがな」


 最前衛を嶄條が張っているから、脆く崩れ去る心配は一切ない。

だが、それでも三倍以上の兵力差は何が起きても不思議ではなく、そういった意味では絶大な武力を持つ靖破とシュラが遊撃役に徹するのは理に適っていた。


「北鑑軍第一陣! 出撃しました! 数はおよそ二万! 来ますっ!!」


 大虎軍の態勢が万全に整うよりも先に、北鑑軍が機先を制した。当然と言えば当然だ。


「旗印は “李” と “鯨”。奚范の副将である李勉(リベン)鯨罧(ゲイシン)か。早くも両腕に当たる将兵を出すとは、奚范はつくづく攻め偏重な指揮官のようだ」


 祝覧の言うとおり、第三陣を率いる奚范は早くも攻撃姿勢を強めていた。

長期戦なら補給を断った靖破軍の方が不利であるにも関わらず、敢えて戦いを挑む辺り、よほど自信があるのだろう。


(……それか、こちらの狙いに気付いて、俺達以上の早期決着を望んでいるかだ)


 到着したばかりで態勢の整っていない敵軍を攻める事が、必ずしも焦りとは言えない。しかし早くも決戦を仕掛けてきた事で、祝覧は俄に不審感を抱いた。


「祝覧将軍! 敵軍が二手に別れました! 李勉隊がこちらに向かってきます!」


「副長! 敵の片割れが我々の方向に進路を変えました! 旗印は “鯨”! 鯨罧の部隊です!」


祝覧に考える暇を与えないかの様に、北鑑軍の第一陣は左右に別れた。中央に構える嶄條を無視して、李勉は祝覧に、鯨罧はロキとキクズナに襲いかかる。


祝覧とキクズナは直ちに迎撃射撃に移ったが、攻め寄せた李勉・鯨罧隊の前衛は、騎馬も歩兵も矢弾を弾く重装兵で構成されていた。

靖破軍の迎撃射撃は大した効果を発揮せず、祝覧とキクズナは弓兵・銃兵を即座に下げ、代わりに盾を携えた槍兵を前に出す。


「ぶつかるぞ! 弾き返せェェ!!」


「「「オオオオォォォッ!!!」」」


祝覧の檄に彼の魔力が乗り、敵軍の喚声を透き通して味方の士気を奮わせる。

最前線で得物を振るわず、後方にて指揮を執る祝覧らしい魔力の使い方だ。


両軍は数秒後に派手に衝突した。士気は互角もしくは靖破軍が僅かに上だったものの、北鑑軍の重装騎兵による衝撃を防ぎ切るまでには至らず、祝覧・キクズナ隊の前衛は大きく揺さぶられる。


「あぁっ……!? 兄様も祝覧将軍も、大きく押されています! ……兄様」


「要らぬ心配だリナム。あの程度の衝撃で堪えるほど、ロキも祝覧も柔ではない」


心配するリナムと反対に、靖破は杞憂だと語る。

それだけ信頼しているというのもあるが、シュラを通して感じた敵将二人の気配が、ロキと祝覧に遠く及ばない事が判っていたからだ。


「ふむ……重騎を頼りとした勢いは良かったが、それを持続させる技術が李勉には足りぬらしいな。あの程度なら予備隊を二つ動かすだけで対処できるだろう」


「……あれが敵将・鯨罧だな。騎馬隊出るぞ! 足を止めた間抜けな獲物を狩る!!」


ロキ隊と祝覧隊は、初撃こそ派手な衝突で陣形を乱されたが、腰を据えて受け止める事に成功さえすれば、慣れた動作で反撃に転ずる。


刃を交えた両軍は、次第に靖破軍優勢となっていく。

リナムは靖破の堂々とした姿と、彼の慧眼に頬を染めた。


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