張侍という男
「俺はそんな北鑑の現状に辟易している。好かない上官に顎で使われた末、敵に捕まって拷問の果ては斬首に処されるなんか御免だ。それよりも力を尽くすに値する、懐の深い君主に仕えてみたい」
「ん? ちょっと待て、お前まさか……」
「どうだろう、俺を臣下の末席に加えてはくれないか? 承諾してくれるなら、北鑑軍の内部で本当に内応する軍が作れるぞ」
話の流れから祝覧や嶄條は薄々察していたが、張侍は本当の意味で、靖破軍への帰順を表明してきた。
ロキは盛大に驚き、リナムも表情を明るくさせた。
皆の視線が靖破に集い、彼の判断に期待する。
「…………好きにしろ。死んでも骨は送り届けてやらんぞ」
「心配御無用! ガキの頃からたった一人で貧民社会を生きてきた。枷になるような家族は誰もいない。それに、腕っぷしだけで将軍になったから戦場でも遅れはとらねぇ!」
「……そっちの部下は?」
「張侍様の副官を務めております。私も独り身です。張侍様に付いていきます」
「……まぁ、リナムもお前達の分まで飯を用意している。食わせておきながら殺しては、リナムの労力を無下にしよう。……祝覧、後は任せる」
「はっ! 承知致した。……張侍殿、この軍の参謀を務める祝覧だ。以後宜しく頼む」
「おぅ、良しなに頼む。的確な指示を期待しているぞ!」
和解業務は祝覧によって滞りなく果たされた。
しかし、靖破は微妙に納得がいかない様子で視線を逸らす。
憎き北鑑軍の将軍に恩赦を与えるどころか、仲間にする日が来るとは。靖破は自分の判断とわかりつつも、対をなす存在理由に若干の迷いを感じた。
『…………英断と思うなよ。お前が戦う理由とは真逆の判断だ』
「………………」
精神を通して聴こえる聲に、靖破は返すべき言葉が見つからなかった。
面倒事を避けるように、彼は再び視線を逸らす。今度はその先にリナムがおり、リナムも靖破の方を見ていた為、自然と目が合った。
「…………(ペコリ)」
靖破の英断に深く心服しているリナムは、目が合った靖破に向けて静かに微笑み、小さく一礼してから調理に戻る。
(…………ふん。一人や二人ぐらい、時には良かろう)
『……理由になっちゃねぇが……まぁ大目に見てやるよ』
靖破には適度に狂い続けてもらう必要があるシュラにとって、靖破が一軍の大将として下した判断は好ましくない感情だった。
にも関わらずシュラが妥協したのは、二人の間に共通するものがあったからだろう。
「よし、それでは策を練ろう。張侍殿の内応が期待できるとして、どう動くかだ」
念には念を入れて、祝覧は作戦内容や全体の戦略図を必要以上に語らない。
それはロキや嶄條も同じであり、靖破軍の諸将は下手に主張してボロが出ないよう、軍議進行の殆どを祝覧に任せる事にした。
祝覧は改めて地図を広げると、張侍の説明をもとに、北鑑軍の諸隊が布陣する大まかな場所に駒を配置していく。
国境より先の情報がまるで入ってこない祝覧にとって、これは喉から手が出るほどに欲しいものだった。
「張侍殿の部隊は城の南側か……。俺達の攻撃に合わせて迎撃軍を挟撃するのは、距離的にも立地的にも難しそうだな。どう動いても東側の包囲部隊に妨害されてしまう上、一部隊の寝返りだけではやれる事に限度がある。……張侍殿には城内の傅磑殿に俺達の来援を知らせてもらい、迎撃軍が崩れるその時まで身を伏せてもらった方が良いかもしれん」
「俺の部隊だけじゃ不足か。……ではもう一部隊が寝返ったとしたら、どうだ?」
「寝返りを期待できる部隊が、まだあるのか?」
「俺とともに南側の配置となっている鐘鬼だ。あいつもまた、今の北鑑……強いてはその上から指示を送る剣合国に不満を持っている」
「それは初耳だ。実際、どんな不満を持っているのだ?」
「鐘鬼は今でこそ北鑑の将軍だが、数年前までは貧民を救う義賊の頭だった。あいつは国を相手取っても臆さない剛胆な男だ! そして討伐隊を何度か撃退して武名を高めても、決して驕らず、最後まで貧民救済を貫くような真っ直ぐさを持っている」
「……そういえば野盗団の討伐に北鑑軍が出動した、というのを聞いた覚えがある」
「鐘鬼は敗れて捕虜になり、処刑される筈だった。軍総司令官だが北鑑の将として力を尽くす事を条件に助命されて、部下ともども軍人になった」
「曲がった事が嫌いな人物に思えるが、よく登用に応じたな」
「最初は拒んだそうだが、才能と心意気を買った于雲夏上将の説得を受けて、登用に応じたらしい。民を守る立場として武勇を奮ってほしい……ってな感じだったそうだ」
于雲夏はその時の討伐戦で、副将を務めていた。張侍も于雲夏の事を尊敬しており、彼の名前を使う時は敢えて「上将軍」という呼称を付け加えている。
「大の民衆を救う為なら、軍の狗になるも辞さない男が鐘鬼だ。今回の大虎侵攻でも、多くの無辜な民が虐殺された事に憤りを感じている。こと剣合国に関しては、全ての元凶とまで言って毛嫌いするほどだ。……俺の口から靖破殿の器の大きさを語れば、きっと味方になってくれるに違いない」
「……なるほど。近年名の知れた武将だと思っていたが、そういった経緯があったのか。……靖破殿。その鐘鬼という男を、我が軍に引き込んでみてはどうだろうか?」
再び、皆の視線が靖破に集まった。靖破は黙考するでもなく、ただ単純に僅かな沈黙を作った後に返事する。
「…………俺は祝覧に任せた。祝覧の良いと思うようにしろ」
「憎き北鑑の将軍が増える事に関しては、よろしいか?」
「二人も三人も同じだ。気にするな」
「承知致した。それでは張侍殿には、鐘鬼の説得と、城内の傅磑殿に俺達が来ていることを知らせてもらいたい。そして石岳城の包囲軍に大虎軍が突撃したら、それを合図に暴れだしてくれ」
大将 靖破の許可を得て、祝覧は包囲軍の南部隊を用いた一撃必殺の策を練る。
寝返りのタイミングは状況によって変化する為、幾つかのパターンを用意したが、どれも共通して言える事は「大虎軍の姿が見えてから」だ。
「…………挟撃自体に異論はないんだが、一つ要らない心配をしてもいいか? 祝覧殿は迎撃軍を破る前提で策を練ってるが、あんた等の軍力だけで大丈夫か? いや大将殿が強いのは充分わかるが、奚范の指揮する迎撃軍は数倍の兵力差を誇るぞ」
「兵の数だけが勝敗を決する訳ではない。多少の持久戦は覚悟の上で、靖破殿と嶄條殿の武力を用いて少しずつ敵戦力を削っていくつもりだ。……バラガスが俺達を嵌めようとすれば、その裏をかくのも有効な策だろう。俺達は俺達で、当面の敵を撃破する。心配は無用だ」
「……了解っと。それなら俺と鐘鬼は、友軍が来るまでひたすら大人しくしていよう。……まぁ抑々の話、ここまで進むなら何かしらの策は携えている筈だったな!」
大虎軍主将の中にあって、“慎重を知る” と定評の祝覧である。
バラガスの寝返りだけを期待して、数倍もの戦力を有する北鑑軍に挑みはしない。
バラガスが敵に戻る事も予測して、そうなった場合でも北鑑軍を打ち破れる見込みがあったからこそ、祝覧は出陣を進言したのだ。
「よし! 策は成ったな。後は実行に移すだけだ!」
ロキの勇壮な声が軍議を締める。靖破軍の諸将と張侍は、互いの成功を祈った。
《剛腕の庶民派将軍 張侍》
元北鑑軍の将軍。自分に素直な性格をしており、不満を隠しこそすれ、受け入れる事はない。あと雑念が多い。30歳。髪は青色。
誰の後ろ盾もなく、己の力だけで貧民から将軍まで登り詰めた叩き上げの勇将。奚范の部下だから出世したという噂は大きな間違い。自力でのし上がった張侍を奚范が欲し、フルバスディに頼んで幕下に加えたのが事実。
その為、「奚范の狗」と裏で囁かれている事に苛立ちを感じている。
幼い頃に母親を病で無くし、火消しだった父親も過去の大火によって殉職している。
因みに大火の出火原因は、「高級官僚主催の汚れた宴会」であり、そこで行われた度を超えた火遊びが、街に跳び火したのだ。
張侍は将軍になってから、その事実を知った。北鑑上層部における数々の腐敗ぶりを間近で知っていた彼は、何万もの民衆を巻き込んだ “人災” がそうとも知られず塵とともに隠蔽されていた事に強い不信感を覚え、同時に北鑑への忠誠心を欠く事に繋がったようだ。
階級は六品官。俗に言う “将軍見習い” である。
指揮する兵数が一気に上がるものの、これは直属の大隊と臨時増員された部隊を束ねた軍勢。「一軍の規模でありながら単純な地力は一軍に非ず」と言われる為、苦戦せずに手柄を立てる将は、一際優れた才覚をもっている証拠だ。
《張侍股肱の副官 副官》
彼は副官。名前はまだ無い。良くも悪くも彼は張侍の “副官” であり、本人もそれ以上を望まず、それ以下でもないと思っている。
飾らない人柄で下町の面々から好かれる張侍を尊敬しており、彼の副官でいられる事に満足している様子。
統率力並、武力並、知力並、政治力並、魅力並。「並」という字がゲシュタルト崩壊しそうな程に、如何にも副官らしい能力値だ。副官としての存在を維持するには、それが最も良いのかもしれない。
階級は九品官。同じ官位でも才能という面ではキクズナに劣る模様。




