強部隊の斥候
芍薬の月 第二週
萓九の城に集結した靖破軍主力は、今まさに出陣の時にあった。
「征くぞ。祝覧、出陣の太鼓を打ち鳴らせ」
「はっ! 総大将靖破様より、出陣の命が下った! 全軍、出陣!!」
「「「オオオオォォォーーー!!!」」」
勇猛な大虎兵の喚声が天を焦がし、戦勝祈願に見送る民衆で城内は熱風に包まれた。
灼熱の闘志を胸に靖破軍は出陣し、まずは王都陽慶に向かって北上する。数日前にバラガスが逃げた西側の萓宣ルートではなく、陽慶を経由してから西に曲がるルートで石岳へと向かうのだ。
というのも、陽慶に集結した兵を現地で吸収する必要があり、萓九と陽慶の兵力を合わせて二万五千の軍を成す為だ。内訳は騎兵が四千、歩兵が二万一千を占める。
総大将は靖破。指揮兵数は無し。後述のリナム隊に付属する。
先鋒はロキとキクズナ。指揮兵数は騎兵三千、歩兵五千。
副将に嶄條。指揮兵数は騎兵一千、歩兵六千。
参謀に祝覧。指揮兵数は歩兵六千。靖破に代わって全軍の指揮を執る。
本陣はリナム。全軍の補給および連絡役を担う。指揮兵数は歩兵四千。
「始まったなキクズナ! 俺達ルーベルズ家の兵団が、栄えある先陣だぞ!」
「感慨深いものです。皆が捕虜となった時、もはやこの旗を掲げることは叶わぬと思っておりました。それがまさか、この様な形で復活できるとは!」
ルーベルズ家の旗印は「山頂に君臨せし鳳凰」。山岳地帯であるケトを隈なく見通し、絶対的な覚悟で守り抜く事を意味している。
「皆も頼りにしている! 俺の進撃の翼となってくれ!!」
「「「オオォォォッ!!」」」
ロキ直属の騎兵隊を筆頭に、先鋒部隊の士気は極めて高かった。
彼等が勝手に上げた喚声は、後方の祝覧・嶄條隊。果ては靖破・リナム隊にまで届く。
「ナマハハハハ! 祝覧よ、若造どもがやる気に満ちておるぞ! どうだ、儂らもやるか?」
「士気が高いのは上々だが……俺まで年配者扱いは心外だ。俺はまだお兄さんで……」
「ムリムリ。格闘魔女っ娘が言っておったように、お前さんはもうおっさんだ。諦めろ」
「……うおおぉぉぉーーー!!」
「「「!? 祝覧将軍っ! うおおぉぉーー!!」」」
「ナマハハハ! 勢いで誤魔化しよった、こやつめ」
圧倒的な兵力差があると知りつつも、靖破軍の士気は旺盛だ。
靖破やシュラや嶄條といった規格外の強者がいる事に加え、ロキや祝覧の檄が兵達の心の支えとなっているのだ。
この高い士気は、陽慶を超えても持続された。寧ろ破壊され尽くした陽慶を見た事で、多くの兵士が怒りを覚え、戦への恐怖を打ち消したほど。
祝覧の言葉を借りるなら、正に上々といえる軍の姿だった。
石岳 北鑑軍陣地
「奚范将軍に報告! 靖破率いる大虎軍は陽慶で兵を増やした後、城を経って間もなく汗沌平野に入る頃です!」
「ん、ご苦労様。……ではそろそろ私の方も……」
机に広げた地図を眺めていた北鑑の将軍 奚范は、報告を聞くなり剣を手に取る。
靖破軍の進軍ルートは奚范の予測した通りであり、迎撃の準備は出来ていた。
「出陣しますか。張侍、小手調べに行きますよ」
「御意。お前ら、出るぞっ!!」
その上で彼は、実際に相手の力量を推し量るべく出陣する。
部下の将軍 張侍もまた、奚范に従って石岳を経った。
兵数は親衛隊二千騎のみ。合戦をするには少ない数だが、あくまでも斥候である。そう考えると、寧ろ多いぐらいだ。
しかも、一騎ずつが将軍の矛と盾になりうる精鋭であり、並の将軍が指揮する部隊なら余裕で蹴散らせる実力を持っていた。
場面は再び、進軍中の靖破軍に戻る。
靖破軍は現在、陽慶の西に広がる汗沌平野を超え、草木が生い茂る丘陵地帯に差し掛かっていた。右上には森が、左下には林があるような場所だ。
まだここは陽慶の領内であり、それ故にロキも、僅かに安心していた。
「……物見を増やせ。この地形は妙に匂う。ロキ殿にも警戒するように伝えろ」
そんな中、真っ先に気を引き締めたのは祝覧だった。事前に下調べして、伏兵が潜んでいない事は知っているが、現地について危険意識を増したのだ。
「ロキ隊長。祝覧将軍より伝令です。伏兵に充分注意して進めと」
「……確かに、天翔ける鳥の目を以てしても、森の中は見通せない事がある。
――警告承知した。浮かれている者の頬をつねって進ませろ」
ロキとキクズナは素直に従い、進軍の足を緩ませた。
そして部下達には臨戦態勢を整えさせ、敵襲に備えるよう伝達する。
「……むっ!? …………」
「隊長、どうかしましたか?」
指示が行き届いた頃、突如ロキの目が鋭くなり、彼は鞘に収まっている剣に手を伸ばす。
更に言えば、最後尾のリナム隊に属するシュラにも、先頭の気配は感じ取れていた。
『ん? ……んんー…………んっ!?』
「シュラ様? どうかなさい――」
『ロキィィッ!! 敵襲だァァーー!!』
「承知の上!!」
後方より飛んだシュラの聲と時を同じくして、ロキ隊の頭上に無数の槍が投げられた。
ロキは瞬時に双剣を抜き切り、旋風を纏う斬撃で向けられる槍を粉砕する。
だが次の瞬間には、動転するロキ配下を他所に、丘上から騎馬隊が姿を現した。
「張侍、あれが敵将です。二対一で首を取りますよ」
「オオッ!! 退けェ雑魚ども!!」
北鑑の騎馬隊は奚范と張侍を先頭に逆落としを掛ける。ロキの首級一点狙いの突撃だ。
一方のロキ隊は、態勢が整うよりも早くに奇襲を受けた為、まとまった行動を取れないでいた。ここで敵の突撃をもろに受ければ、甚大な被害は免れない。
「俺が敵の勢いを殺す! キクズナは歩兵を指揮して鶴翼を成せ! 盾持ちを連れてこい!」
故にロキは、敵の誘いである事を承知で迎撃の先頭に出る。
上から来る騎馬が明らかに有利。その場に留まる騎馬は不利である事を知る為、歩兵による迎撃の時間稼ぎを行おうとしたのだ。
「フウィィ……!」「ウオオォッ!」
「せやあぁぁっ!!」
同時に繰り出される奚范と張侍の攻撃を、ロキは巧みな剣技と馬術でいなして見せる。
二対一という不利を得物の数で打ち消し、人馬一体の技で上手く立ち回ったのだ。
この技量に関して言えば、下手に都会かぶれな北鑑の将軍よりも、辺境を守備して絶えず武芸に励んでいるロキの方に、一日の長があると言えた。
その僅か数秒後に、後続の騎兵同士も派手に衝突する。こちらの戦いも、高所の利を活かした北鑑騎兵の突撃に対して、ルーベルズ騎兵の踏ん張りが目立った。
「奇を突かれても防ぎ止めるとは、やりますねぇ……!」
「ルーベルズ家の力を見くびるなよ! お前らごときに踏み倒される俺達ではない!!
――皆、いつも通りだ! 敵を喰い破れェェ!!」
ロキの激励を直に浴びて、ルーベルズ騎兵は一層奮起した。
速さを力に変えた勢いは北鑑騎兵が勝るものの、歯を食いしばって苦境に耐えるタフな根性は、ルーベルズ騎兵が上回っている。
その為か、あわや危機と思われた状況でありながら、ロキ隊が僅かに押されて被害を出しただけで、両騎馬隊の力は拮抗した。
奚范は剣を、張侍は矛を繰り出して猛然とロキを攻め続けるが、ロキは固く防御に徹して隙らしい隙を一切見せない。
その様子を前に、突撃したまま素通りしたかった奚范は早くも焦れてきた。
「数合も刃を交えずに首を取って去るつもりが……まぁまぁ耐えられると面倒です」
「この上は将軍、一度切り抜けてやりましょう!」
「そうしましょうかねぇ。……では解散!」
キクズナの歩兵隊が包囲陣を形成する前、或いは後方の祝覧・嶄條隊が駆け付ける前にロキを討てれば尚良しだが、討てないなら討てないで、奚范達は数に劣る消耗戦をするつもりはなかった。
奚范と張侍は事前に打ち合わせた通り、ロキを無視して彼の左右に切り込んだ。
それにロキが戸惑っていると、奚范の親衛隊は奚范の後を、張侍の親衛隊は張侍の後を追い、瞬く間に血路を切り開く上官に続いて戦場を離脱し始める。
ロキ隊は奇襲される以前が縦に細長い隊形で進軍していた事もあり、隊列に厚みがなく、魔人の強攻撃に押されて容易に道を譲ってしまったのだ。
「ちっ! 逃げられたか……。隊長、申し訳ありません。隊長が危険を冒してまで、時間を稼いでくれたというのに……」
「気にするなキクズナ。俺も奴等の転進の早さに面食らっているうちに逃げられた。気勢を削ぐ為の奇襲といい、先頭を駆ける度胸といい……奴等、中々できるぞ」
二対一で互角に戦いつつも、ロキは奚范と張侍を良く評価した。優れているものは敵であっても優れていると言えるのが、彼の良いところである。
「ロキ殿っ! 遅れてすまん! 大事ないか!?」
「祝覧殿。敵は林を駆け下って南に逃げていった。……どうする? 追うべきか? それとも無視しても構わないものか?」
「……こちらの被害と、敵の大まかな兵数や練度を知りたい。それによっては放置できぬ存在になるからな」
「こっちの被害は…………ざっと見て二百から三百が死傷した。敵の数は俺達と同等の被害を出して……まぁ二千以下ってところかな。戦った感じ、全員が手練れだ」
「ふむ……二千騎の精鋭部隊か。その十倍程度の俺達にとっては、背後の脅威になりうる存在だ。……陽慶や萓九に向かわれても困る。ここで戦力を割くのは得策ではないが、完全に行方をくらます前に追撃した方がいいだろう」
「……問題は誰が追うかだ。馬を追うなら馬でないといけないし、魔人の将が二人もいるからこっちも魔人に限る。消去法でいけば俺か嶄條殿だが、俺は先鋒で……」
「嶄條殿は方向音痴だからなぁ……本人の前では言えんが、部隊ごと行方不明になって連絡すら途絶えてしまいそうでな……」
「ナマハハハハハ! 本人はしっかり後ろにおるぞぉ?」
わざとか、それとも本当に気付かなかったのかはさて置き、祝覧は後ろに視線を回すことなく決断を急ごうとした。こうしているうちにも敵は離れていき、追跡も対応も後手に回っていくからだ。
『お前らは軍を進めな。尻拭いはうちと靖破がやる』
そんな時、鶴の一声がリナムを連れて現れた。
誰が聞いても総大将の役目でないのは確かだが、靖破とシュラほどの適任はいない。
祝覧達はその申し出でを了承し、ロキ隊の態勢が整ってから進軍する事に決めた。




