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敵陣営の不和こそ、我等にとって蜜の味

「それではバラガス殿。罪な役回りになって申し訳ないが、宜しく頼む」


「……うむ。それでは石岳城で、先に待っておる」


 深夜未明。祝覧はバラガスと百名の北鑑兵を、西門から密かに見送った。

石岳城を包囲する姜純(キョウジュン)奚范(ケイハン)・于雲夏軍に間者として潜り込み、頃合いを見て内応させる為だ。


「…………さて、どう動くか見物だな」


「……靖破殿。それに魔女殿も。いつの間に」


 屋根の上に佇む靖破とシュラ。周囲には充分注意した筈が、いつからそこに居たのか。そしてこの二人は、いつ眠っているのか、祝覧は気になった。


 人の感情に聡いシュラは、そんな祝覧の気持ちを静かに察し、僅かに微笑む。


『気にすんなおっさん。おっさんの手配は完璧だったぜ。周りにゃ気付かれてねぇ。まっ、うちには無駄だけどな!』


「……リナム殿を襲撃した刺客の件といい、貴女は近くの異変をどれぐらい感じ取れるのですか?」


『うちの魔力が及ぶ範囲……かな。小さな城一つぐらいなら余裕よ!』


「本当に、敵に回したくない御方だな」


『チカッ!』


 綺麗な歯を見せてピースサインを返すシュラ。素振りは可愛らしいが、肝心の表情は若干邪悪な色が混ざっていた。そこら辺は魔女である。


「祝覧。兵に招集をかけよ。逃げ出した捕虜を追うように、さも慌ただしくな」


「はっ! 承知致した。我が軍にも、敵の密偵が潜入しておるゆえ、奴等を利用して情報を流してもらおう」


 バラガスが本心から靖破達の味方になった場合、彼は大虎軍の来襲に応じて北鑑軍を内側から撹乱する。その場合のバラガスは、当然ながら祝覧の策を敵に漏らさない。

石岳城包囲軍の将軍達も、「バラガスに逃げられた事で大虎軍が大いに焦り、急ぎ出陣の準備をしている」という密偵の報告を受ければ、少なからず抱くであろう猜疑心を薄めて、バラガスを信用する筈だ。


次にバラガスが偽りの帰順をしていた場合。彼は石岳城包囲軍の将軍達に、祝覧の策を必ず漏らす。そして密偵の報告を受ければ、靖破達がバラガスの内応を前提として出陣するという裏付けになる。


後は戦場にて、祝覧が全軍の指揮を執り、靖破や嶄條やロキといった一級の武人達が奮戦して勝ちを掴むだけだ。




 萓九(ギク)を出たバラガスは、西隣の萓宣(ギセン)を経由して石岳に向かった。


 各要害の位置関係は以下の通りである。

二都市ぶんの広さを誇る陽慶を中心にして、西に石岳、南西に萓宣、南に萓九と萓乗。萓九が西側、萓乗は東側である。


また、南東に青広(セイコウ)(バルチャーが奪還を狙っている土地)、東に丘霜、北東にケト、北に扶美(フビ)扶羽(フワ)、北西に陽堅(ヨウケン)。扶羽が西側、扶美は東側である。


【陽堅】【扶美】【扶羽】【ケト】

【石岳】【 陽  慶 】【丘霜】

【萓宣】【萓九】【萓乗】【青広】

        【 眞 】



 話を戻して石岳には、第一次侵攻軍最後の主力が駐屯していた。

その数は祝覧の推測より少し多く、姜純(キョウジュン)軍七万、奚范(ケイハン)軍六万四千、于雲夏軍二万六千の合計十六万の大軍だった。


 靖破軍の限界動員数が二万五千、籠城している虎忙・傅磑(フガイ)軍が三万。彼我の戦力差は火を見るより明らかである。


「……これほどの兵力差があって、未だに城が落ちぬ事が不思議だ」


 真っ先に出迎えた于雲夏と馬を並べながら、バラガスは呟いた。


「儂もバラガス殿に同感だった。敗走した軍を連れてここまで来たとき、儂や李嶷殿の軍よりも、明らかに軍容の勝る姜純・奚范軍が何故こうも時間がかかるのだ……とな」


「あの姜純が数の暴力で押し潰す専売戦法を行わないとすると……策士気取りの奚范が、王弟の虎忙と交渉でもしているのですかな?」


「その通り。虎忙に重用されている佞臣がおり、その男を通じて降伏を呼び掛けているそうだ。しかし、城兵の大半を指揮する傅磑が頑なに徹底抗戦を主張する為、話が上手く纏まらないまま、今日まで至っている」


「道理で城攻めの準備が中途半端な訳です。……不格好な」


「優柔不断な城攻めは敵に付け入る隙を与えると説いても、奴等は聞く耳を持たぬ。……先の決戦で儂がルーベルズ家の将兵に情けをかけた為、儂を軽んじているせいでもあるが……。傅磑が好機だと勘違いして出撃するようなら、そこを逆手にとって殲滅すれば良いと言いよる」


「誘い出しか……一理あるようにも思えます。傅磑さえいなければ城は落ちたも同じであれば、彼を討つことに意味がある」


「傅磑もそれを知っておる。易々と出撃せぬだろう。出たら最後、虎忙の佞臣が城内を仕切り、二度と帰らせぬだろうからな」


「成る程。内憂外患が転じて、今日まで耐えられた訳ですか」


「だが、儂の心配はそれよりもっと規模の大きな話だ。考える時間を与えられた傅磑が、何らかの方法で外部の味方と連携をとった場合、起死回生の一手を打つ可能性がある。近いうちに向かってくるだろう “大虎の牙” がそれだ。奴がここに来れば、必ず城内の虎忙軍と連合する筈。そして野戦となれば、あの武力に抗う事は至難を極める。

――姜純と奚范は迎撃準備を進めておるが、それより先に城を攻め落とし、足場を固めた上で “大虎の牙” を待ち受けるべきだ。奴と交戦し、一騎軍壊の武力を思い知らされた故にわかる。野戦では奴には勝てぬ。数倍の兵力を持ったまま籠城し、敵の兵糧尽きるを待つのだ。そうして初めて、儂等はあの暴力と互角に渡り合えるだろう」


「……流石は于雲夏殿です。我も大虎の牙と殺りあったが、そこまで考えが及ばなんだ。……確かに奴と正面きって当たるなら、今夜にでも総攻撃をかけて城を陥落させるべきかもしれぬ。問題はこの大軍を率いるあの二人か……」


 石岳攻めを任された姜純と奚范は、大虎王家最後の生き残りである虎忙を確実に捕えるべく、時間をかけて慎重に調略していた。

ここで時間を費やしても、大虎王家で最後に生き残った虎忙さえ捕虜にできれば、後は簡単に事が進むと考えていたからだ。


 しかし今においては、それが大虎軍に反撃の時間を与える要因となってしまった。

尤も、北鑑連合軍の総攻撃によって陽慶が壊滅した時点で、靖破の覚醒から続く大虎軍残党の逆襲など、誰も想像できなかっただろうが。


「大虎の牙が少ない兵しか持てない今が好機。こちらも総力を結集して、奴とその一党を討たねばならん。そう思っておる時にバラガス殿が戻られた。強い味方は大歓迎だと皆が申しておる。改めて、よく戻られた」


「それに関して、姜純殿と奚范殿にも伝えておきたい事がある。ここでは誰が聞き耳を立てているかわからぬので、本陣にて話したい」


「…………都合が良すぎると思っていたが、やはり何かを携えて参ったか。……うむ。これから軽く食事でもと思ったが、先に本陣へ向かうとしよう」


 于雲夏に連れられて本陣に着いたバラガスは、万人の予想通り敵方に還った。

彼は祝覧の作戦を全て漏らし、バラガスが多くの兵を率いて靖破軍に内応する事態を、靖破達が強く望んでいる事も告げた。


「……フン、同じ武人として高く評価していただけに、降参したら喜びのあまり完全に信用した訳か。笑えるな」


「……敗軍の将が、えらく高値で買ってもらえましたね。……ねぇ、バラガス殿?」


 確かな実力を持ちつつも、姜純と奚范は性格に難のあるコンビとして有名だった。

そんな二人が于雲夏やバラガス、李嶷以上に兵力を持つのも、その実力を北鑑軍総司令官 フルバスディに買われているからだ。


「……ご両人。言葉に毒があるぞ。バラガス殿は忠義に厚き漢。それを貶せる程、お二人は将として誇れる者でもなかろう」


「フッ、敗者だから敗者を庇うのか? それとも老将ゆえの小言か?」


「どちらでも構わん。とにかくお二人には、将である以上に人としての――」


「于雲夏殿、お気遣い感謝致す。……姜純殿、奚范殿。我をつつくのは後にしてもらえぬか。今は士気旺盛に迫る靖破軍を、如何にして返り討ちにするかという時。奴等が来れば城内の傅磑も、反撃に転じて出撃してくるだろう。一軍とは言わぬが、我に兵を回してもらいたい。必ずや貴殿らの力となり、汚名を返上してみせよう」


「ん、わかりました。私の兵か姜純殿の兵、どちらから回すかを協議しておきます。それで、他には?」


「大虎の牙の武力は侮り難し。我が軽い一手で組み伏せられた程だ。故に大軍を分散させて勝てる相手ではない。于雲夏殿も先に申した筈だが、我からも提案する。すぐに城を攻め落とし、万全の態勢を整えて靖破軍を迎え撃つべきである」


「はいはい。それも一緒に考えておきますね。……で、他にまだあります?」


「……それだけだ。伝えるべきものは伝えたぞ」


「はいはい。それでは追って使いをだしますから、下がって休んでください」


 よほど自分に自信があるのか、奚范は目に見えてバラガスを軽んじていた。

バラガスも于雲夏も、これ以上この場に居る事を嫌がり、奚范の言葉に従うのは癪だが本陣を後にした。


「…………で、どうする奚范。バラガスは本当に俺達の力になると思うか?」


「まぁ……敵に寝返るような男ではありませんから、兵の手配はしても問題ないと思います。今回、姜純殿の下にあの小煩い于雲夏の息子が従軍していたでしょう」


「于雲鮮か。あいつも確かに煩い。……フッ、厄介払いには丁度良いかもな。いいだろう。俺の軍から兵を一万回す。それで靖破軍の側面でも攻めてもらうか」


「布陣については、各所に派遣した間者の報告を聞いてから考えます。……さすがに、奴等がバラガスを信じ切っているとは思えませんからね」


「何か別の秘策がある……か。確かにそうでもせんと、一将軍の寝返りだけで覆せる戦力差ではないしな。それにも備えておくか」


「……差し当たって今、最も気になるのが大虎北部軍の動きです。楽羅が兵を集めるのに手間取っているので、それに付き合うように軍を留めていますが、何かするとしたら今の内。一軍とは言わずとも、大虎の牙に同調する可能性があるんですよねぇ」


「フン……楽羅はまだ出陣すらしてないのか。何をチンタラしている」


「火事場泥棒を狙っているんですよ。北部一帯のみならず、大虎全土を欲している」


 大虎の隣国 楽羅。かの国は先の決戦に参じていない。

理由は東から攻める筈の榲國が、ルーベルズ家との誼を重んじて日和見を演じた為、楽羅一国で精強な北部軍を相手せざるを得なかったからだ。


 そして北鑑軍が大虎全土の掌握に苦戦していると知るや、急に大軍を編成し始めた。

この理由は奚范が言うとおり、北鑑と大虎が争った後の漁夫の利に他ならない。奚范から言わせると、「楽羅はその為にわざと遅れている」だ。

そして彼が危惧するのは、楽羅の遅延を北部軍に突かれる事だった。


「大虎の牙が萓乗を奪還してからというもの、彼の軍に敗残兵や豪族の私兵や義勇兵が集まり、大きな戦力になったと聞いてます。……その中には、北部軍からの援兵も幾らか混じっているとか」


「北部一帯は侵略戦争の被害に遭っていない無傷の都市だらけだ。楽羅が攻めてくる前に兵を増強して、その一部を送っているとしても不思議ではないか」


「……その場合、集結するのは王都陽慶でしょう。奴等は必ず、萓九を北上して陽慶に立ち寄り、そこで北部兵を戦力に加える筈」


「実際にどれだけの北部兵が派遣されている?」


「敗残兵・豪族兵・義勇兵が入り乱れているせいで、確かな数は把握できていませんが、現地の兵の噂では二千とか三千とか」


「……二千から三千程度か。まぁそんなものだな」


「北部軍にはまだ余力がありますからね。この他にも兵がいるかもしれませんよ」


「……いや、それが精一杯だ。北部軍はただでさえ広い範囲を八万の精鋭で無駄なく守っている。急遽兵を増強したとしても、アダオウが役に立たん新兵を頼りにする事はあるまい。他所に回せる兵は多くても三千で間違いない」


 まだ戦火に曝されていない北部一帯は都市機能が充実しており、警戒も厳重だ。

奚范が放っている間者も北部軍に関しての情報は少なく、かの軍の状態は周辺状況に左右されると見て自己判断するしかない。

故に姜純は、派遣されている北部兵の実数を陽慶にいる大虎兵の噂通りだと判断した。


「それでも数は少ないが、大虎の牙の軍が戦力を増すのは少々鬱陶しいな。……まぁなんにせよ、備えておくに越した事はない。細かな指揮はお前に任せるぞ、奚范」


「えぇ、承知していますよ。奴等が頑張って集めた兵を、無惨にも散り散りにさせてやりましょう」


 性格の悪い者同士、二人だけの軍議は嘘みたいにスムーズに進む。

なにはともあれ、北鑑軍も靖破軍も、合戦前の準備に全力を尽くした。








《北鑑の寄生虫コンビ 姜純と奚范》

 大兵力を有する北鑑の悪たれ将軍達。個別で動く際にも五万以上の兵力を動員する為、二人揃うと最早イナゴの大群である。

さすがにそれだけの数のイナゴを二人で指揮する事はなく、彼等の下には戦のたびに若手の将軍が何名か付けられ、それらを統括して大規模な戦場を転戦とする。于雲夏の息子である于雲鮮も、今戦では姜純の指揮下に組み込まれたようだ。


軍総司令官 フルバスディに取り入っている事から、これほどの権限を持っていると思われがちだが、人間不信のフルバスディに限って姜純と奚范を気に入っているとは考えずらく、過去の実績や才能を鑑みての任用だと思われる。もしくは、体の良い駒として利用する為か……。


二人とも手練れの魔人であり、魔力込みの武力で言えば、策士肌の奚范ですら李嶷に匹敵し、姜純はそれに勝ると言われる。

また、これも実際に刃を交えていないから判らないが、姜純はバラガス以上の使い手という噂もある。真偽は定かでないにしろ、二人が往々にして驕るような言動を見せるのは、上記の実力が関係しているからだろう。


階級は二人とも四品官。自分の領地と城を持ち、生産力以上の兵を雇っていた。その為、財政にゆとりは少なく、反乱が起きれば敵地となった場所で略奪行為を働くという。


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