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参謀の智を活かす

 嶄條が加入を表明した後。一行はそのまま軍議に入っていた。

横ではマドロトスと遊ぶシュラがやたらと煩いが、そこは無視しておく。


「ほぉう……今はそんな状況だったか。概ね把握したぞ。……それで、ここからどう動くつもりだ、祝覧」


「何とか石岳城の包囲を解き、王弟軍を助け出そうと考えています」


「王弟の虎忙は嫌いだ。あやつは自分勝手が過ぎる愚か者。どうなっても構わん。……だが大虎王の仇を討ち、傅磑(フガイ)や他の将兵を救う事に異論はない。特に傅磑とは、よく食事に誘われた仲だ。見殺しにはできんなぁ」


「ですが兵を指揮する将が不足している……そういう状況でしたので、嶄條殿が戻られたのは正に天佑。世界各国で奮った手腕を是非とも発揮していただきたい!」


「ナマハハハ! がってん承知の助! 儂も大規模な戦は久々だ。血が滾るわ!」


 剣豪とは又の名を兵法家とも言う。特に伝統的な武芸文化に重きを置く大虎にとって、嶄條は単なる剣術総師範ではなく、戦に関する助言もする参謀を意味した。


 当然、各国を渡り歩く彼は、行く先々の風土・文化・軍事・政治に精通し、様々な戦術や兵装を熟知している。請われれば戦闘行為に手を貸す事もあるし、小隊から大隊まで、兵を指揮する事もある。


「つまらぬ話だがな、最近は個人の武術を極めたいと思う国が少ない。どこの国も来たるべき戦乱に備えて、秘密裏に軍備の拡張を行っているのだ」


「世を治める覇者・剣合国が頼れぬからですか」


「そうだ。頼れぬ上に酷い。儂は今回の旅で、剣合国の本拠がある中央(ジルセント)を越えて南方(アスベル)まで渡ったが……酷くない国を探す方が大変だったわ。特に軍事大国の惰唖(ダア)と来たら……まぁ色々と酷い。隣国に味方して色々と派手に懲らしめてやったから、あれで少しは落ち着けば良いのだがな」


「その色々を詳しく聞きたいところだが……そうですか。南方(アスベル)大陸でも戦争に発展している国が出てきているとは……」


「いや、本格的な対外戦争は大虎が初めてじゃろう。……だが、そこかしこの国々で小競り合いに似た武力衝突が起きているのは事実。世界各国の紛争を解決すべき剣合国が横着しておるからな。世が乱れて当然だ」


 《覇者》とは、武力を以て世界に安寧をもたらす者である。

その始まりは、剣合国の世界統一よりも前の前の時代。仁徳で世界を治めた(これを《王者》と呼ぶ)《周王朝》が衰退した時、かの王朝に代わって世の動乱を鎮めた諸侯に送られる称号だった。


 それが後の時代では、剣合国の英雄王 ジオ・ゼアイ・アールアが自称し、剣合国およびアールアの末裔に対する呼び名となったのだ。


「……嶄條様は、今回の大虎挙兵が不義だと思われますか?」


 不意にリナムが問う。彼女は戦術や戦略に関しては素人で、世界状勢の把握も祝覧に及ばないながら、義を語る上ではこの軍の中心的人物だった。


 靖破が大看板を担い、リナムが彼の存在を後押しする。二人の関係性を理解する嶄條は、獅子面の上からでもわかるような穏やかな気配を纏って答えた。


「覇者が覇者足らぬ今、従う者が従わぬは道理。大虎の挙兵は必然にして、世を憂う者の代弁者だ。よって、儂にはお前さんらが悪者には感じんな。正しいと思う道を歩み、敵から何と言われても胸を張れ。正義なんて気にせんでも、勝つべくして勝った後にくっついてくるもんだ」


「俺も嶄條と同じだ。勝てば官軍、敗ければ賊軍。剣合国の狗がどんな主張をしようが、一切気に掛ける必要はない。それに心配せずとも、文句を言う敵は全て討つ。だからリナムは自信を持ちたまえ」


「……はい! 嶄條様も靖破様も、ありがとうございます」


 靖破と嶄條は、リナムの少女的不安を理解している。だからこそ、根拠をもとにした強い後押しをしてやるのが、大人の漢の役目であった。


 リナムは晴れやかな表情を浮かべ、大きく頷いた。

これを上々と感じた祝覧は、流れに乗って嶄條の力を早くも借りようとする。


「ところで嶄條殿。先程将軍が足らぬと言ったと思いますが、その事で一つ策がある。実は北鑑の将軍 バラガスを捕虜としているのだが、彼を登用できないかと」


「ほぅ、戦斧使いのバラガスか。一応面識はあるな。……察するに、儂にあやつの説得を任せたいというところか?」


「その通りです。各国の王が欲してやまぬ嶄條殿が大虎に味方した……大衆はそれを聞けば、北鑑の不利を悟る。バラガスも剣合国の専横には不信を抱いているゆえ、北鑑に与する意味を考え直すでしょう」


「……ふん、変に煽てるな。背筋が痒いわ。……だが、北鑑国内にしか視野のなさそうなバラガスを説得するなら、大虎とは縁で繋がっているだけの部外者の方が、まだマシか。お前さんらでは聞く耳すら持たんだろうしなぁ」


「広く世界を知る嶄條殿の言葉が、一番説得力があるのです」


「世の流れとやらを、上手く話してやるか。……それでもバラガスが、心の底から大虎の将軍になるとは限らんぞ。最悪の場合、表面では登用に応じても、裏で北鑑軍と内通するかもしれん。儂はどちらかと言うと、後者の可能性が高いと見る」


「承知の上です。バラガスが俺達の情報を流す事を前提で、石岳城解放の策を練りました。無論、バラガスが本当に忠誠を誓った場合にも、問題のないように」


「あやつが登用に応じるのは絶対条件か。それは気合を入れねばな!」


 事前の調略も戦のうちに入る。ここが疎かになると実戦で敗け、確かな成果を残せば勝利の鍵となる。言うなれば、石岳城解放戦は既に始まっているのだ。


 嶄條はこれも戦いだとやる気を見せ、バラガスの説得に赴いた。


 彼はまず、実体験を交えた世界の大局を話した。剣合国の王 ゲンガは暴君で、幾つもの国が我慢の限界にきていると。大虎はその先陣を司っただけで、遅かれ早かれ世界各国が剣合国に反旗を翻すだろうと。


次に、武将である以前に男として、刃を振るう意義を問い掛ける。訳もなく武力を用いる者は、蛮勇の士と呼ばれる。意義を持って力を奮う者は、真の強者と言う。お前さんは今、そのどちらに該当するであろうか……と。


そして最後に、大衆が求める英雄像の何たるかを説き、理路整然とした話し方で大虎への帰順を勧める。


 懇々と説かれたバラガスは遂には折れ、嶄條の説得に応じて大虎軍に帰順した。


「……嶄條は上手く話をまとめたようだ。次はどうする、祝覧」


「まずはこの事を秘密にし、バラガスがまだ北鑑の将軍であると皆に思わせておく。そしてバラガスの下に、投降した北鑑兵を密かに付け、石岳城に向けて逃がすのだ」


「バラガスには、檻を破って逃げてきた、とでも言ってもらおう」


「北鑑軍の大半はおそらく信じるだろう。信じなかったにしても、軍内には留めておく筈。その上で兵を分け与えて、彼の部隊を作ってくれれば上々だ。俺達が出陣して野戦になった時、内応して挟撃できる」


「だが、それはバラガスが完全に味方になった場合だ。嶄條から聞いたが、暗雲から抜け出した様には見えなかった、と言っていたぞ」


「それならそれで、戦場に北鑑軍の屍が増えるだけでしょうな。バラガスがどう動こうと、俺達の勝利が揺るがないよう策を練った。……彼等も今回の作戦を了承し、返書とともに動き出している」


「そうか。ならバラガスを逃がした後は……」


「少し間を開けてからの出陣になるだろう。その頃には萓九と陽慶に二万五千の兵が集結して、何時でも出られるようになっていると、ロキ殿からも返事が来ている」


 祝覧の策は、着々と準備が整いつつあった。

靖破は報復の時近しと嗤い、シュラも予想される大戦に心を弾ませた。








《一振りで巨人の爪痕を残す男 嶄條》

 世界を股にかける大剣豪もとい「化物の中の化物」。方向音痴が災いして、本人の意思とは別に長旅になる事が殆どである。獅子面の代わりにコンパスを持て。


得物は長さ2m70cmもある巨剣。それを軽々と振り回し、敵を一刀両断する。「その手にかかれば斬れぬもの無し!」と恐れられ、「刃神」の異名を持つ。

常日頃から、赤く染められた熊毛の獅子面を付けており、食事以外でそれを外す事はない。顔にコンプレックスがあるとかいう訳ではなく、彼個人の誓いによるものだ。


大虎王とは若い頃からの付き合いで、嶄條は何度か国賓として扱われる事もあった。

しかし、嶄條自身がそれを嫌った為、剣術総師範という形で國に逗留し、多くの武人達に稽古をつけて回ったのだ。靖破もロキも祝覧も、それで面識を持っており、徹底的に打ちのめされた苦い経験を持つ。


流浪の大剣豪なので階級は無いが、客将として各国に滞在する時は、だいたい四品官並の待遇を受ける事が多い。

尚、大虎の場合は大虎王の旧友という事もあって三品官級の国賓として招かれていた。嶄條本人がその厚遇に胡座をかくことは一度もなかったが、礼儀作法の教育という観点から敬われる立場を演じる事も多々あった模様。


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