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大虎最強の武人

芍薬の月


「街道に化物……だと?」


「はい。最近この大虎領内で、夜な夜な恐ろしい化物が現れるそうなんです」


 軍務の休憩時間中、靖破とシュラはリナムの世間話を聞いていた。

というより、リナムの政務室でぼーっとしている靖破にシュラが暇を訴え出した為、リナムが気を利かして休憩をとったのだ。


『それうちらの事じゃねぇか? 夜襲とか結構してきたし』


「化物で言えばそうだが、街道らしいぞ。そんな所で戦った覚えはないな」


「その化物の顔は酷く怒ったように険しく、彫りが深いそうです。大きく開いた目は鬼のように恐ろしく、口には二本の牙が生え、赤い体毛を獣のように振り乱しながら……「強い奴はいねがぁ!」「強い奴はいねがぁ!」って叫ぶそうです!」


『はっはっはっは! そりゃ化物だな! よっし、いっちょ退治してやるか!』


「………………」


「戦うにも、相当気を付けないといけません。その化物はとっても大きな剣を軽々と肩に掛け、傍らには刀を持った小鬼も居るとか」


『ちょうど二対二か。靖破は小鬼の相手な。骨のありそうな親玉はうちの獲物だ』


「化物との戦いに気を取られた隙に、小鬼は攻撃するそうです。そして深手を負わされた人は、生きたまま内臓を食べられてしまうんだとか……!」


『いいねぇ。そこまで殺れる奴じゃねぇと相手になんねぇ。なっ、靖破!』


「………………」


『靖破?』「靖破様?」


 大きく手を広げて臨場感満載に語るリナムと、強敵との戦いに胸を踊らせるシュラ。

そんな二人を前にして、靖破はやけに冷めていた。


「……盛り上がっているところすまんが、その化物とやら、おそらく知り合いだ」


「えぇっ!? それはいったい……どういう事ですか?」


「小鬼の方は知らんが、化物の方は、この間の軍議で祝覧の言っていた予想が的中したようだな。今の話をロキと祝覧に話しても、二人とも俺と同じ事を言うだろう」


三将が化物と知り合いという事実に、リナムは驚きを隠せない。シュラも敵ではない可能性を感じて激しく落胆した。


「リナムお嬢様! あ、靖破様とシュラ様もここに居られましたか! 祝覧将軍が急ぎ、城門前までお越しいただきたいとの事です!」


「噂をすれば来たようだな。リナム、ついてきたまえ。化物の正体を紹介しよう」


 入室したルーベルズ兵の伝言を聴くなり、靖破は祝覧の要件を察した。

リナムは半信半疑で靖破に続き、暇つぶしが次々と消えて不貞腐れたシュラも面倒くさそうに歩く。尚、途中で歩くのが本当に面倒になり、靖破の肩に乗った。


 城門前には既に人集りが出来ており、やたらと子供の泣き声が聞こえる。

靖破とリナムはルーベルズ兵に先導され、人混みの中を割って入った。


「おぉ、お三方。お呼び立てして申し訳ない。今さっき……あ? 何処へ行かれた――」


「強い奴ァいねがァァ!!」


「きゃああぁぁぁーーー!?」


 祝覧の手が示す場所に化物は居らず、ヌッ! と人混みの中から突如現れた。

噂通りの化物面が大声をあげてコンニチハした為、リナムを始めとした女子供達は悲鳴を上げて逃げ惑い、リナムは靖破の後ろに避難する。半分泣いていた。


「ナマハハハ! すまんすまん。ついめんこくてな。悪戯してしまったわ!」


 皆を驚かせた化物面は、威圧感たっぷりの獅子面だった。豪快な笑い声とは真逆の憤怒を表し、赤く染められた熊毛の鬣は、一メートル以上の長さがあるだろう。


「……嶄條(ザンジョウ)殿。皆の心臓に悪いですから、悪ふざけはお控え下され」


「ナマハハハ! すまんな、程々にする。さぁて、強い奴ぁいねがぁ……ぁん?」


 大虎王と縁を持つ放浪の大剣豪 嶄條。彼は祝覧に釘を刺されて尚、今度は靖破の肩に乗るシュラを脅かそうとした。


 が、視線を改めたその時。遊び心だけで動いた先程には気付かなかったモノに気付き、じっと靖破を見つめる。


「…………お前さん、もしかして靖家の小倅か?」


「如何にも。今は皆に請われて、この軍の大将だ。久方ぶりだな嶄條」


「……ふぅむ。そして、そこには大虎の伝説に似た女人…………なるほどぉ。……いや言わずとも解る。ただ、広く世界を渡り歩いた儂から見ても、この事例は極めて稀だ。こんな事もあるものだな」


 靖破も中々に大柄だが、嶄條はそれよりも一回り大きい。二人が面と向かい合うと、祝覧すら小さく感じ、シュラやリナムはもっともっと小さかった。


「祝覧! 長旅で些か疲れた! 儂らを城へ案内してくれぃ!」


「そうですな。積もる話もある。腰を落ち着かせてゆっくりお話し致そう」


 どんな輩が聞き耳を立てているかわからない。靖破達は場所を移す事にした。


 嶄條が優に二メートル半を超えるであろう巨剣を簡単に担ぎ上げると、周囲はそれだけで大歓声をあげて彼の怪力を誉め称える。

その上で嶄條は、小鬼と噂された子供を小脇に抱え、のっしのっしと大股で歩く為、巨人だ何だとはしゃぐ他の子供達から羨望の眼差しを向けられていた。


「さて……靖家の小倅。蒼髪の魔女伝説には、まことしやかに囁かれておる別の伝説があるのを、お前さんは知っておるか?」


 城の客間に通されるや否や、嶄條の方から変わった話題が持ち掛けられる。

靖破は特に思う事がない為、そのままの気持ちを言い返す。


「興味ないな。魔女の過去がどんなものであろうと、俺は俺だ」


「そうか。なら敢えて話さずともよいか。……蒼髪の魔女、シュラ殿。そなたを訝しむように言ったが、儂も靖家の小倅と同じで、本当のそなたを暴こうとは思っておらん。敵意は無いからこれから宜しく頼む」


『…………あぁ、よろしくな。獅子面の爺さん』


 見識の多い嶄條なら、聞けば様々な俗説を教えてくれるだろうが、生憎と靖破はその手の話題に限らず興味なく、シュラもあまり楽しそうではない。

そうすれば自然と、祝覧とリナムも口を塞いだ。


「ナマハハハ。だいぶ手遅れだったと思ったが、まだお前さん等が生きていてよかったわ。聞けばジオンの小倅も居るのだろ? また後で呼んでくれ」


「ししょうししょうっ! 俺の言うとおり、こっち来てよかっただろ!」


「ナマハハ! 本当だな! 最初からわっぱに任せておけばよかったわ! ナマハハハ!」


 膝の上で手柄を主張する小鬼の頭を、嶄條は熊のようにゴツい拳で掻き撫でる。

その様子を観察する祝覧は、一人で勝手に納得する。小鬼の発言が、心の中でずっと疑問に思っていた内容の答えだったのだ。


「……なるほど。方向音痴の嶄條殿がこうも早くに戻れた事を、内心不思議に思っていたが……その子供のお陰だったか」


「ん? ああ、マドロトスな。とある国で糞みたいな傭兵団を潰した時の話だが……そこで養われていたというか虐待されとったわっぱだ。聞けば物心ついた時から傭兵団に居たそうで、本当の親とかは知らんらしい。“ハワシン” という姓も、今は亡き養母のものだとか」


「それで捨てる訳にもいかず連れてきたら、意外と有能だった……と」


「うむ。マドロトスな。此奴、中々と才能あるぞ。方向だけではない。色んな感覚が優れておるし、剣の道にも興味があるようでな、弟子にしてやったわい!」


「……相変わらず、方向音痴は治らぬようですか」


「ナマハハハ! 奉公恩顧? なんだそれは鎌倉源氏か! ここは中央(ジルセント)ではないぞ!」


「方・向・音・痴! ……と申しました」


 嶄條はなまじ世界を股にかける人物なだけあって、様々な勢力事情に詳しかった。

尚、中央(ジルセント)大陸に勢力を持つ鎌倉源氏のスローガンが「御恩と奉公」で、経清(ツネキヨ)の実家である奥州藤原氏とは仲が悪い事で有名だ。


「キェヤァァーー」


「あら、元気な子ね。切られてしまったわ」


「これこれマドロトス。女子供に老人は切ってはならん。それは剣士の恥だ」


 方や、命の恩人とも言える師匠から褒められたマドロトスは、嬉しさのあまり膝から飛び降りるや、リナムを相手に無邪気な戦ごっこを始めた。


 因みに彼は七歳。手に持つ得物は、嶄條が木を削って作った丸みを帯びた木剣。普通に見ても子供のおもちゃ用とわかる、小さな小さな剣だ。


『ホワチャー!』「キェヤァァーー」『ホワチャー!』「キェヤァァーー」『ホワチャー!』「キェヤァァーー」『ホワチャー!』「キェヤァァーー」


「うるさい。特に魔女」


 見どころのある童に対し、暇の限界に来たシュラが相手を買って出た。

が、とにかく騒々しいの一言に尽きた。特にシュラが。


「ナマハハハ! まぁ歓迎されておるようで何より! ……決まりだな、靖家の小倅。儂を上手く使ってみせろよ! 遠慮はいらん! 大将として、儂を一軍の将と見て采配するのだ。それと後で手合わせ致せ。どれだけ強くなったか刃をもって知りたい」


「了解した。何事も遠慮なくやらせてもらおう」


 ここに、靖破に匹敵しうる大剣豪が加わった。

于雲夏を始めとして北鑑の将軍達が恐れ、開戦前には大虎王も心の底から帰還を望んだ最上級の豪傑。彼を表現する時、“化物” という言葉はあながち間違いではない。

それでも正しく表現するなら、“化物の中の化物” だろう。








《間違えた》


「リナムお嬢様! 靖破様! 祝覧将軍が急ぎ、城門前まで以下省略!」


「噂をすれば来たようだな。リナム、ついてきたまえ。化物の正体を紹介しよう」


ザムザムザム……城門前に着いたよ。


「おぉ、お三方。お呼び立てして申し訳ない。この筋肉ムキムキな魚人が、我が軍への仕官を願い出ておりますぞ!」


魚魚魚(ウオウオウオ)!!(訳:事務作業には自信があります!!)」


靖「!!?」シュ『……へぇー』リ「まぁ……!」


 まっ赤なギョロ目が印象的な巨人ならぬ魚人。筋肉ムキムキ!! どこを見てもごっついなぁ!! 事務要員に最適な爽やか系女子だ!!


 何でも彼女は、ロキと祝覧のマッチョポーズが目印の募集広告を見て来たとか。早速効果が現れるとは、流石大虎の漢達。鍛え方が違う!!


『こいつが靖破の知り合いか。早速紹介してよ』


「知らん」魚魚魚(ウオウオウオ)!!


『向こうは何か言ってっけど?』


「聞こえんな」魚魚魚(ウオウオウオ)!!


『正直に言ったら忘れてやる』


「すまん間違えた」魚魚魚(ウオウオウオ)!!


(靖破様が困ってる。……事務補助が欲しいなぁ……とは言えませんね)




「…………なんて夢を見たんですが、魚人って本当に存在するんでしょうか兄様」


「さあなぁ……兄にもわからん。でも楽しそうな夢を見てれ良かったじゃないか」


「はいっ! ぐっすりです!」


 黒衣の曲者が襲撃に来た時、本物のリナムが見ていた夢であったとさ。


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