出来立て食卓軍議
萓九城 軍議の間
破竹の勢いで城を攻め落としてから二日後。城内に駐屯する靖破達の許へ、眞城からはリナムが参上していた。
「靖破様。まずは戦勝おめでとうございます。リナムは、靖破様が必ず勝つと信じておりました」
「当然だ。俺が北鑑の雑兵どもに負けるわけ――」
『よっしゃぁぁ!! よく来たなリナム! それじゃあ早速宴会だ! うちの活躍に見合った御馳走を作ってくれ! 肉は当然、山盛りで!』
「ふふっ。かしこまりました」
「……ロキ。俺が北鑑の雑兵どもに負けるわけはない。そうだろう?」
「当然。俺も負けない。……リナムーー、俺も飯大盛りで」
靖破は軍用の携帯糧食で済ませる。シュラは料理なんてしない。ロキは領内に隠れていた敗残兵の召集に忙しいし料理は抑々できない。祝覧も作戦立案と軍の再構築に大忙しで手の込んだ料理を作る暇がない(時間さえあればまぁまぁレベルの高いものは作れる)。
こんな状況下では、美味な料理を作れるリナムに、シュラが抱き付くのも無理はない。
少なくとも靖破は、自分の活躍を誇る間もなくリナムの意識を魔女に奪われたせいで、理解せざるを得なかった。
リナムが料理を作っている間、思案を終えた祝覧が姿を見せる。手には報告書の山や、大虎領内の地形を詳しく描いた地図を抱えていた。
「……何やら良い匂いがすると思ったら……ここで調理するか、リナム殿」
『おっさん! 策は出来たのか! 先に言っとくがうちは聞く耳ねぇぞ!』
「……あぁ〜、少しぐらいは興味を持ってほしいものだが……。まぁ軍人ではありませんしな。靖破殿にお伝え致す」
『おぅ! そうしてくれ! うちは食うのに忙しい!』
「蒼髪の魔女様に同じく。雁技のロキ、喰らうて参る!」
「お前は聞け! 策を失敗して敗けても知らんぞ!」
今まさに、食卓を囲んで軍議が開かれようとしていた。
こういう時だけは、食に関しての興味を無くしたぶん真面目に話を聞く靖破の存在が、祝覧にとってはありがたいと思えただろう。
祝覧は改めて議席に向かい合うと、状況の確認から始める。
「……まず我が軍の戦力についてだが、萓乗・萓九を奪還した事で各地に潜伏していた敗残兵が大量に集まってきた。今現在、戦える者は眞城と陽慶の兵も合わせて、二万ほどにまで膨れ上がっている。これから回復して、戦列に復帰する負傷兵も入れれば、まだまだ増えるぞ」
「そんなに集まったのか。やるな祝覧殿」
「とぼけるな。集めたのはロキ殿だろう。貴殿の勇ましい声と若さに、兵達は勇気付けられたのだ。……悔しいが、俺には出来ぬ芸当だ」
「……フッ、そう言うが祝覧殿。あなたも中々のやり手じゃないか。北鑑に靡いて降伏した各地の中規模豪族達を説得し、三千から四千ばかりの兵を得たと聞くぞ。戦をしながらそっちの手回しもしていたとは、全く恐ろしい。手に持つ報告書の山も、幾らかその内容なんだろ?」
靖破に倣って椅子にふんぞり返るロキ。祝覧を軽んじている訳では無いが、おっさん呼びを始めてからの彼は少しずつ馴れ馴れしくなっていた。
祝覧も祝覧で、ずっとそういう者達の面倒を見てきた事もあり、目くじら立てる様子はなかった。
「ほぅ、既に知っていたか。……うむ、合計で三千七百ほどの兵を借り受けた。彼等の働き次第で、兵ともども領地の加増も夢ではないと謳ってな」
「有力な豪族や、広大な領地を治める将軍達もこぞって戦死したしな……。領主不在となった土地は確かに余っている。いいんじゃないか?」
「勿論、靖破殿には事前に許可を得ている。……些か興味なさげな返答だったが」
「……ん? あぁ、そう言えばそんな話をしたな。……いいんじゃないか。それで祝覧の戦略が広がるのであれば、空いた土地などくれてやれ」
「……という事だ」
「俺が言うのも何だけど……中々にいい加減だな」
仮に本来の領主に近い者が生き残っていたとして、北鑑軍を撃退した後に領土問題とかが起こりそうなものだが、今はとにかく軍力を立て直す事が最優先。
祝覧は多少の問題は問題とせず、大事をとったのだ。
「それと、リナム殿とキクズナの募兵も功を奏している。義勇兵の数は眞城だけでも五千はくだらないそうだ」
「靖破様の武勇あってこその成果です。皆様が一様に、靖破様を解放者として慕っております」
リナムの褒め言葉に関して、靖破と祝覧は別の要因もあると考える。
北鑑軍の暴虐的な統治に反して、リナムの丁寧な戦後処理が光ったのだと。
(それを言っても、リナム殿は謙遜するだろうな)
靖破は柄でもなく、祝覧は敢えて言わないでおいたが、間違いなくリナムの手柄だろう。勿論、それを支え、かつ治安維持に努めたキクズナの働きも忘れてはいけない。
「……単純な数では、ざっと三万ってところか。物資も敵から奪った戦利品が大量にあるし、軍としての体裁はだいぶ持ち直したんじゃないか?」
「だが一つだけ欠点がある。指揮官および指導者の不足だ。陽慶・萓乗・萓九・眞を奪還して兵は集まったが、実力のある将は先の決戦で皆、討ち死にした」
「…………これだけは今すぐ解決できる問題じゃあないな。家の兵団も殆どが戦死したし、ケトに残っている部隊長は実戦経験に疎い者ばかり。一応、退役した将校を守備総長に据えて残してはきたが、留守を考えるなら動かす訳にはいかない」
「そこで俺から提案なのだが……北鑑の将軍 バラガスを味方に引き入れてはどうだ?」
「……なに?」「……!」
ロキが露骨に怪訝な表情を浮かべ、リナムがピクリと眉を動かす。
バラガスは丘霜の戦いで捕虜となった際、リナムの計らいで命を保たれていた。
しかし、その後も何度か投降を勧めてはきたが、良い返事は返ってこない。
祝覧はさも簡単に説き伏せられるように言ったが、ロキはその根拠を知りたかった。
「というのもな……投降した北鑑兵の中からも兵を募ろうと考え、彼等に声をかけたところ、命を助けてくれるなら戦列に加わってもいいと言う者が僅かにいた」
「……物好きな奴もいたもんだな。因みにどれぐらいいるんだ?」
「たった百人にも満たん。本当に僅かだ。しかしその僅かな人数でも、バラガスに対して考えを変えさせる材料にはなる筈だ」
「……そうだとしても、あの男が素直に従うとは思えないぜ。何せ規律と忠義に煩い鬼軍曹だ。仮に軍門に下ったとしても、必ず敵と内通する」
「わかっている。半分博打のようなものだ。だが、内通者がいるとわかっていれば、却って敵を欺く事もできるだろう」
「……偽の情報をわざと流して、敵を撹乱させる……か」
「石岳城の友軍を助け、十万超えの包囲軍を撃退できる一筋の光明がそれだ」
祝覧も本当の味方として頼るつもりはない。臨時的な頭数を揃える為に登用し、策に利用できるなら利用するまでだ。
「……靖破殿はどう考える? 一度は敗れ、切られる寸前までいった敵将が大人しく俺達に従うか……という事についてなんだが」
「俺はどう転ぼうと構わんが、あの男はリナムが認めた将だ。従わんにしても、何かしらの役には立つだろう。それにいざとなったら、俺が斬り伏せてやる」
「……そういう事なら、俺に反対はない。祝覧殿の策の一助になる事を願うぞ」
(それにしても……靖破殿はえらくリナムを気に入ってるな。兄からしても自慢の妹だが……はてさて、これは何の感情かな)
見て聴いて感じる限り、シュラと契約した靖破は感情に疎すぎる。
しかし、リナムが絡むとどういう訳か、愛情らしき片鱗を垣間見せる。
ロキにはそれが、何となく不思議に感じた。
「魔女もいいか? もう少しだけバラガスの魔力を封じてもらいたいのだが」
『別に構わねぇよ。んな苦になる事でもねぇし』
「では決まりだ。祝覧、やり方はお前に任せる。バラガスを登用し、奴の下に投降した北鑑兵をつけてやれ」
「うむっ! それでは後程、説き伏せて参る」
「お? 今すぐじゃないのか? ……ははーん、さては祝覧殿も飯か?」
「一緒にするな。俺はただ、この軍の首脳陣が集まっている今のうちに、今後の策について説明しようと来たのだ。……まぁ、終わったらご相伴にあずかりたいというのも、嘘ではないがな」
ここで漸く、祝覧は持参した地図を広げて見せた。
靖破はどことなくぼうっと見つめ、ロキは山盛りの飯を片手にじっと見つめる。リナムは今しがた出来た料理を盛り付けながら片手間に把握し、シュラは盛り付けられたものから片っ端に食べ始める。
「……魔女よ、祝覧の分も残しておけよ」
『ん? おっさんの分? おっさん地図食うから平気じゃねぇのか?』
「いや……さすがにそれは無いな……。俺の分も残してくれると嬉しいのだが……」
『食いさしでよけりゃ、ほれ! 骨付き肉の骨だ!』
「もう食べられる部分が無いのだが……。本当に何かしら残してくだされよ」
『おぅ、食う事に関しては心配するな。うちはそれも一流だ』
心配しかない。祝覧は手短かつ端的に説明し、食事にありつこうとした。
……が、結局彼が説明を終えた頃には、シュラとロキが殆ど平らげていた。
ぐぬぬ……! と唸る祝覧に対して、椅子にふんぞり返ってドヤるロキと、わざとらしくスリムなお腹を擦って満腹アピールするシュラ。
いじり甲斐のある先輩を玩具にする、悪友二人の図であった。




