殺り返せ。気のゆくまま、心のゆくままに
『アタッチャァーーー!!!』
「「「 !!? 」」」
夢を見るカンフー少女のような雄叫びが、都中に轟くと同時。
とどめを刺して立ち去ろうとした李嶷達の背後で、未だかつて感じたことのない凄まじい魔力放出が起こり、周囲の光景を灰燼に帰した。
「り、李嶷様……あれはいったい……!?」
「…………ちっ、化けたか。もう一度隊形を整えろ。今度こそ仕留めるぞ」
流石は大国北鑑の将軍 李嶷である。
動揺する部下達に反し、災害級の事態が発生して尚、冷静を保っていた。
彼等の視線先には、手足の関節を使わずにゆっくりと体を浮上させ、再び大地に足をつけた靖破の姿があった。
「…………フゥゥゥ。……ここは世か? 夜か昼か? ……まぁ、なんでも構わん。殺るだけだ」
だが、その風貌はだいぶ違っていた。
赤く若々しかった髪は白髪に染まり、鋭い睨みを利かす瞳の奥に生気は感じられない。
反面、魔力を纏った体は傷が癒えて元通りになったばかりか、「剥き出しの威圧感」という言葉が相応しいほどに逞しくなっている。
そして右手には、砕けた得物の代わりとなるべき武器が握られていた。
普段使いの得物より更に鋭く、更に長く、更に禍々しく、更に軽く、蒼い魔力で生成された蒼月の方天戟。靖破が最も得手とする武器の種類であり、彼の意思と魔女の力によって生み出された決戦兵器だ。
『よっし! 結合成功! んじゃ、後は好きなだけ殺りまくれっ!!』
「……言われるまでもない。大虎の牙 靖破。いざ参る」
何処からともなく聞こえる聲に従い、靖破は地面を蹴り飛ばした。
靖破の体が瞬速で移動すると同時に、大地は地震が発生したように揺れ、李嶷の部下達は一様に姿勢を崩す。
次の瞬間には、李嶷の右方で隊形を組もうとしていた兵士二百名ほどが両断され、一瞬遅れて得物から放たれた蒼い真空刃が、左方に展開しようとした者らも切り捨てる。
李嶷は一瞬で両翼を失ったのだ。これには彼も驚きのあまり目を見開く。
(な……なんだ……なんだというのだ。こいつ、本当にさっきまでの若武者か!?)
「――う、うおぅっ!?」
動きも速さも威力も、先程までの靖破とはまるで違う。亀を斬ったと思えば月になり、その月が全面を狂気と化して襲い掛かってきたような事態だ。
李嶷は目前に迫った蒼月の刃を辛うじて防ぎつつも、薙ぐように振り下ろされた一太刀を止めるだけで精一杯だった。
(まずい……押し返せねぇ! このままだと、十秒も持たずに押し切られる!!)
彼は列国に名の知れた強者だけに、刃を交えただけで力量の違いを理解できた。
理解できたからこそ、突如として覚醒した圧倒的武力の前に、自分が斬殺される未来を容易に想像できたのだ。
「待て! 待ってくれ! 降参だ。大虎の王になれるように取り計らうから、見逃してくれ!」
「……王位に興味はない。俺が聞いているのは、お前が妹に手を掛けたかどうかだ」
「ち、違う! 俺は立場上、作戦の指示を出しただけだ! 品のない殺り方をしたのは全部、俺の部下達だぁ! だから刃を収めてく――」
靖破の右手に血管が浮き、力の入った方天戟は助命嘆願の言葉ごと李嶷を両断する。
その流れるような動作と綺麗な切断面は、無抵抗な魚を腕の立つ料理人が捌いたかの様であった。
「部下が部下なら将も将だ。お前らごときに、俺の全てを皆殺しにされたかと思うと虫唾が走る。最期はせめて、腐肉となりて鳥獣の餌となれ」
物言わぬ肉塊となった北鑑の将軍を、靖破は更に細切れにしてから叩き落とした。
しかし、復讐を果たした筈の彼の心に、舞い込んでくる感情はなかった。
ただ一つ思ったことは、「人は存外簡単に死ぬ」という事実だけだ。
『気は済んだか? うちとしては全然暴れ足りねぇなぁ……』
「……お前が蒼髪の魔女――!?」
ひとりでに蒼月の方天戟が解かれたと思ったら、背後から確かな気配と聲が聞こえてきた。靖破は聲の在処へ向き直る。
そこで漸く、彼の心に一抹の感情が飛び込んだ。それは純粋な「驚き」だった。
『よっ! うちが蒼髪の魔女だ。つっても、形を成したのは数百年ぶりだから、うちもこんなんだっけかって困惑してる。もうちょっと肉付き良かった気がするんだよなー。封印されてる間に落ちたか? まっ、そこんとこどーでもいーけどな!』
白い旗袍で顕現し、切れ目から生足を覗かせる蒼髪の魔女。それが服装や髪の色や言葉遣いこそ違えど、虐殺された妹にそっくりだったのだ。
腰辺りまで流れる清らかな髪に、やや吊り上がった琥珀色の瞳。貧相という表現とは無縁ながら、豊満とまではいかない体つき。
そして何より、笑った時に見せる頬の上がり具合まで似ていた。
靖破は思わず絶句し、つい左手を伸ばそうとしてしまう。
だが、その様子から靖破の機微を察した魔女が、残酷にも機先を制す。
『……なんだよ。うちの姿が、失った大事な存在に重なって見えたのか? 確かにお前の殆どを依代にして、うちは復活を遂げた。だから本来お前が持つべきもんを糧にしたうちの姿には、お前の持っていた意識がある程度反映されてるかもだ。
――でも、慰めの言葉なんかかけねぇぞ。妙に気休めさせてお前を正常に戻したら、うちは存在できなくなるんだ。……お前はこれからずっっっと、うちの為に狂って生きるんだよ。浮気や変心はぜってぇ許さねぇから、覚悟しとけよ!』
「…………そうか。……そうだな。あの子は…………死んだのだったな」
『…………間違っても後追うんじゃねぇぞ。依代が死んだ時はうちも消えるんだ。今のお前はただの器で、うちの私物と言ってもいい。物が変な感情を持つのはやめろよ』
「……安心しろ。生きるも死ぬも同じだ。いまさら何の意味も持ちはしない」
『その理屈じゃ安心できるか! それだとお前、明日には「生きるのも暇だ死のう」っつって、いい加減に生きるように死にそうじゃねぇか。少しでいいから目には生気灯せ。魚の死んだような目じゃ、うちの気が殺られるわ!』
「……正常に戻られると、困るのではないのか?」
『狂うにも限度があらぁ。うちも剣合国の世界統一軍を相手に暴れまわった気違いの一人だけどよ、世界を敵にしてなお余裕を見せる「四大寇魔」なみの狂気を契約者に求めねぇよ』
「……伝説と違い、よく喋る魔女だ。……取り敢えず、善処しよう」
『よっ……しじゃねぇけど……一先ずはそれでいいや。
――じゃあ改めてヨロシクな! うちは蒼髪の魔女 リシュターブ・シュラ・ノウエ様だ。けど長いしあんまり好きじゃねぇから “シュラ” って呼べ。お前の名前はなんだ? そういやまだ聞いてなかったな、お前の名前』
「戦いの前に名乗った筈だが……もう一度名乗ろうか。俺は――ん?」
そこで、靖破も魔女も、同時に大勢の気配を感じ取る。
だが大した気配ではない。雑兵の群れだ。
「李嶷将軍!! 何事ですかっ! ……李嶷将軍!? そのお姿はいったい……!?」
「な、何者だ貴様!? 貴様も大虎の残党か!?」
「いや聞くまでもない! 李嶷将軍の仇だ! 殺せぇ!!」
やがて姿を現した北鑑兵は、上官の斬殺死体を見るなり靖破とシュラを敵と捉え、問答無用で襲い掛かった。
『おーおー、湧いて出てきた出てきた。雑魚どもが。……お前の名前はこいつ等全員を掃除してから、ゆっくり聴いてやる! 殺るぞぉーー!』
「ハッ……よかろう。秒で終わらせてくれる……!」
拳を鳴らす魔女につられ、代わりの得物を構えた靖破は邪悪な笑みを浮かべる。
二人の実力を知らない北鑑兵達は勇猛果敢に挑んだが、身の程違いも甚だしい蛮勇である事を理解するのに、多くの時は要さなかった。
この日、陽慶の都に駐屯していた北鑑兵二万のうち、四分の一に近い数が、母国の土を踏むことができなくなったという。
《北方大陸の覇者 北鑑》
北方随一の大国。初代北鑑王は剣合国二十七将軍の一人『第六鎮烈忠将 ザグー』。武の大虎・智の白眉に支えられる形で北方諸国の統括を担う。
歴史を辿れば大陸の守護を任されたザグーの補佐に、初代大虎王の虎沖が配置された経緯があり、大虎の地位や実力は北鑑に次ぐものとされていた。
現在は十年前に起きた北鑑最大の内乱 “九死の変” にて国力が大きく衰えており、国内は武弾派と文血派の二派に分かれている。
武弾派の筆頭は北鑑軍総司令官のフルバスディ。政変で生き残った最後の王族(現北鑑王)を主君とし、精強な軍力を保持している。
文血派の筆頭は “鉄拳宰相” ガレオーダ。政変で全滅したと思われた王族に代わり、北鑑を統治しようとした。北鑑の約六割強を手中に収め、絶大な財力をもとに権勢を張る。




