萓乗・萓九圧倒戦
芍薬の月
靖破率いる大虎軍は、六千の兵力で眞城を討って出た。
副将はロキと祝覧。それぞれが三千ずつの兵を従えている。
眞城の守りにはキクズナが残り、リナムは城内の統治や義勇兵の募集を任された。
「…………なぁ、祝覧のおっさん殿」
「おっさんではないと言っているだろう。……まぁ、何を言いたいかは解るぞロキ君」
萓乗城を視界に入れて尚、ロキと祝覧は揃って士気が上がらなかった。
「「我等が大将の……何と大胆不敵な事か」」
誇らしい物言いながら、自分達の見せ場をなくした物悲しさが、そこにはあった。
武人として誉れを大事にする大虎の将軍たる者、先陣を受け持つ事は己が存在の証明であると同時に、大将に示す忠義の表れである。
それがあろうことか大将に取られるとは……ロキと祝覧の背中は寒かった。
「とはいえ、いつまでも落ち込んでいては戦にならんぞ。靖破殿がどの様に先陣を切るのかは分からんが、俺達は続くだけだ」
「あぁ、その時こそ雁技のロキの出番。靖破殿の傍で武勇を示す!」
何だかんだと言っても二人は武人。戦が始まろうとすれば自ずから士気を上げる。
一方、籠城した北鑑軍の方も、隊長が部下達に檄を送る。
「来たか大虎の残党め。この城は渡さんぞ!
――皆っ! 心血を奮わせろぉぉ!! 声を上げて敵の気勢を削ぐのだ!!」
「「「おおおぉぉぉーーー!!!」」」
北鑑兵は敵に負けまいと、自分を鼓舞する形で喚声を上げる。
城の守り手として三千は不足な数だが、それを感じさせない威勢だった。
「ふむ……敵の将は籠城に一番大切なものを良く知っている。兵もまた、覚悟を決めているようだ。甘く見れば痛い目を見るのは間違いないだろう」
「靖破殿。どうやって攻める? 下知一つで、俺と祝覧殿はいつでも行けるぜ」
祝覧とロキは、軍の最先頭に構える靖破とシュラに馬を寄せる。準備は万端だった。
靖破はぼうっと城の方を見つめ、狙いを定めるや小さく呟く。
「……あの中央の望楼に居る男が、敵の大将だな」
「間違いないだろう。中々に凛々しい姿だ。あれを見れば兵も奮い立って……」
「探す手間が省けた。ロキ、祝覧。俺が駆けたら後に続け」
言うや否や、靖破は側仕えの騎兵から槍を取り、僅かに馬を進めた先で足を止め、右手を上げて投擲の構えをとる。
そして肩の筋肉を昂らせ、腕と槍に魔力を込めた後、思いっきり投げた。
「……ん? 何かが飛んで――ぼほっ!?」
「隊長? 何か言いまし――わあぁっ!? 隊長!? どうして! いつの間に!?」
靖破の飛槍を視界に収めてすぐの事。北鑑軍の隊長は上半身が吹き飛んで無くなり、傍に控える兵士達も盛大に動揺した。
靖破は馬を駆ける。後ろに立つシュラも、風を感じて小さく笑った。
「靖破殿に続け! ルーベルズ兵、突撃だっ!!」
「指揮官を失った今が好機! 祝覧隊、突撃せよ!!」
「「「ウオオオォォォーーー!!!」」」
大虎軍六千が、どっ! と鬨の声を上げて吶喊する。
兵士達にとって何の前触れもない開戦だが、熱を帯びた強軍に言葉は必要なかった。
「ハハッ! 祝覧殿! 勢い任せの戦は何とやらと言ってた気がするが、良いのか!」
「事前に城の周辺は索敵済みだ! 外に伏せられた兵はおらず、城壁に何らかの細工がある訳でもない! それでも心配なら、俺の後ろで待機してもよいぞ!」
「冗談ッ! 戦場を狩る鳳は、常に飛ぶものだ! 情報提供感謝するぞ!」
「……ふっ、上手いこと俺を利用した訳か。中々抜け目のない奴だ」
安全確認を祝覧に行わせ、ロキはひたすら駆ける。その速さは祝覧隊を優に超え、先陣を駆ける靖破に追いつこうとした。
「魔女よ、俺を蹴り飛ばせ。城壁に飛び移り、城を征す」
『りょーかいっ! んじゃ行くぞ……跳べぇ! 靖破号ッ!!』
馬上で馬の頭を越えるほどの跳躍を見せた靖破を、後ろからシュラが蹴り飛ばす。互いの足の裏が非現実的な音を出して反発し、靖破が吹き飛んでシュラが自動的に追随した。
「うわあぁーー!? 今度は人だぁぁーー!!」
槍の次は魔人が飛来する。槍で隊長を討てば、魔人は兵卒を皆殺すのだ。北鑑兵の混乱は更に悪化した。
「ハアァッ……!!」『ワチャァーー!!』
城壁に降り立った靖破とシュラの一薙ぎ一拳が、周囲の北鑑兵を血祭りにあげた。
派手に舞い上がった血肉を前に、靖破はほくそ笑む。動揺に心を占拠された北鑑兵には、その笑みが死神に見えた事だろう。
「あそこだ! 靖破殿が開いた場所に攻め登れェ!」
「一点集中で攻めよ! あまり戦列は広げるな! 半分はロキ隊の登城を援護し、残り半分は城門の前で突入の機を伺え!」
隊長のロキを始めとし、ロキ隊は一気呵成に攻城を開始する。
地上には祝覧隊が残り、味方の援護に専念しつつ、決め手の突撃に備えた。
どちらの部隊も共通して言える事は、靖破とシュラの快進撃を妨げないように、兵を広範囲に展開しなかった事だ。
寧ろその方が、兵同士の衝突面を減らし、軍としての損失を抑える事も可能だった。
「開門ーー!! 待たせたな祝覧殿! さぁ、攻められよ!!」
「ロキ殿が城門を開けた! 第二部隊、突撃!!」
落城はあっという間だった。靖破とシュラの破壊力に北鑑兵が終始圧倒される隙を突いて、ロキが城門の裏側まで切り進んだのだ。
「…………終わったようだな」
『まっ、うち等にかかればこんなもんよ。やや暴れたりねぇ気もするけどな』
萓乗城陥落!! 開戦して僅か数十分たらずの圧勝劇であった。
靖破は屍の山にて腰を落ち着かせ、方天戟を収める。シュラも長い蒼髪を手で梳いて、返り血を弾き落とした。
「靖破殿、こんな所にいたか。なんともまぁ……覇王らしい佇まいというか」
「……ロキか。城攻めご苦労。城内はどうだ?」
「残った北鑑兵は全員が投降したぜ。その数、六百というところか。……彼等の処遇はどうするつもりで?」
「生かすも殺すも詮無き事だが、ロキはどうしたい」
「……靖破殿の、御心のままに」
「……ならば生かしてやれ。無闇に殺しても、リナムが気を病むだろう」
ロキは静かに、それでいて力強く頷いた。続けて祝覧がやってくる。
「靖破殿! 見事な武者ぶりでしたな! 我が軍の兵も、靖破殿の武勇に感服するばかり!」
「祝覧も見事な用兵術だった。流石は俺達の先輩だ」
『先輩と書いておっさんと読む。年の功は伊達じゃねえな!』
「むぅ……嬉しいような、悲しいような褒め言葉だ」
「勝ち戦だ。素直に喜んでいいのではないか? 祝覧のおっさん殿」
「血気に逸るロキ君は黙っていたまえ。……それよりも靖破殿。この後はどうなされる。兵の損失はこの上なく軽微にて、高まった士気のまま萓九を攻めれば、かの城も呆気なく落とせると思うが」
「……よかろう。五百の兵と負傷者をこの城に残し、萓九へ向かう」
「ははっ! 早速準備に取り掛かる。ロキ殿も自分の部隊から……」
「あぁ、幾らか残していく者達を決めねばな。……それでは靖破殿。出撃の準備が整うまで暫く待ってくれ」
ロキと祝覧は迅速に部隊の再編成を整える。
数時間もしないうちに大虎軍は再び進軍し、勢いを保持したまま萓九に侵入した。
城を攻めたのは翌日である。萓九の城に僅かに残った北鑑兵達も、先頭を切り進む靖破の武力で圧倒され全滅。瞬く間に大虎の旗が翻る結果となった。
この両城奪還により、陽慶南方の安全は確保された。リナム、キクズナの眞城駐屯軍も兵站が繋がった事で、不測の事態に陥った際の退路が確保されたのだ。




