背後を確保し、鎮守府を置く
眞城を奪還して六日が経過した。
この間に、リナムは陽慶より北と東の情報を集め、祝覧は西と南の情報を集めた。
ロキとキクズナは兵を統率して軍勢の再編を行い、靖破とシュラは周辺の索敵および排除に専念する。
そして今、ある程度まとまった情報をもとに軍議が開かれていた。
「それでは私から報告させていただきます。陽慶では圧倒的に人手が不足しておりまして、街の復興どころか、食料生産すら行えていないとか。ただ、日に日に敗残兵が集まっており、その数は千を超えたそうです」
「そうなると指導者が必要だな。無闇に兵士が増えても、逆に治安が下る事もある。……ここと陽慶の間にある萓乗の地も抑えておきたいところだ」
ロキの言う “萓乗” とは、陽慶の南で、眞の北に位置する土地である。
本来ならば王都陽慶の南東門とも言える要所であり(南西門は萓九)、ここを越えて眞を奪還する流れになる筈だが、少数精鋭で眞城に潜入した靖破達は萓乗を無視してロキと祝覧を救出した。
つまり解放された大虎軍残党は、現在眞城にて孤立している状況であり、陽慶や丘霜といった各拠点との線が途切れているのだ。
この線を繋ぎ合わせ、かつ兵や民を統率して陽慶を守備する指導者を配置する事が、これから北鑑軍と刃を交える上で最も重要な事であった。
「次に、私の治めるケトですが、隣國の榲に不穏な気配はなく、これといった心配はないようです」
榲國とルーベルズ家は非常事態における不可侵条約を結んでいる。
しかも榲國はルーベルズ家に助けられた過去があり、義に厚いと言われる國王が、恩義に反してケト侵攻を企む可能性は極めて低かった。
「そして最後に、丘霜城のバルチャー将軍および北部軍の動きについてですが、バルチャー将軍は軍の再編成を終え、南の青広奪還を目指しているとの事。北部軍は依然として軍力を保持していますが、北の楽羅国が戦の準備を整えているとの情報があり、おそらく私達の方へ回す戦力はないかと思われます」
「楽羅か……奴等は先の本戦にこそ参加しなかったが、元々油断ならない仮想敵国だ。父上や俺の耳にも、あまり良くない噂が入っていた。奴等ならいつ攻めてきてもおかしくない。……北部軍と言えばだが、祝覧殿の実家は確か北部軍所属だった筈。将兵を僅かに回してもらうなんて事はできないのか?」
「難しいな。既に先の本戦で三千の兵を借りた上で、半数以上を戦死させてしまっている。如何に親爺や兄貴でも、これ以上は送ってくれんだろう。寧ろ陽慶を捨てて北部に逃れて来いと言うかもしれん」
「なるほど。そういった事情なら援軍は無理そうだな。……だが北部撤退案は、それはそれで策の一つとして使えそうだ。北部一帯に戦力を溜め込み、集めるにも留まるにも向かない状態の陽慶に敵を引き込んだ後に喰らう……か」
「その場合だと、前進するバルチャー殿を見殺しにするか、説得して留まらせる必要がある。……どちらもあまり得策とは言えぬし、民の反発も考えられるぞ」
「……無理そうだな。他の手を講じるしかないか。それでも萓乗は最終防衛線として、抑えておいた方が良いと思う」
「うむ、その考えには俺も一致だ。その上で、俺の報告を聞いてもらいたい」
次は祝覧が集めた情報を報告する。リナムと違って実績ある将軍の彼は、情報収集の時点で幾つかの指標を立てていた。
「まずリナム殿が敵兵から聞いたという、李嶷残党軍が壊滅した件についてだが……どうやら本当のようだ。靖破殿に追い出された後、萓九の北部に駐屯していた彼等は何者かの襲撃を受けて四散し、生き残った者の多くは石岳城の方へ逃げたという」
「それでは……萓九に北鑑軍は居ないという事でしょうか?」
「城に僅かな守備兵が残っているだけで、有力な軍勢は居ない。尤も、我が方の軍勢も居ないので実質空白地のような状態だ」
「李嶷残党軍を追い散らしたという人物は、いったい誰なのでしょう? 靖破様と同じく、とても強い魔人の方でしょうか?」
「夜陰を突いて現れたという話で、詳しい容貌はわかっていない。だが俺の推測が正しければ、彼が帰ってきたのだろう。……と言っても、あくまでも俺の希望的観測に他ならず、過度に期待させるのは危うい為、正体は伏せておく」
「………………」
含むような言い方にリナムは首を傾げたが、靖破やロキ、キクズナといった上級・中級武官は何となく理解した。
特にロキに至っては顔色を変えるが、それは嫌なものではなく、寧ろ祝覧の推測が当たってほしいと思う喜の色だ。
「そして先の戦いで敗走した于雲夏軍も、同様の被害を受けたようだ。近隣に証言となる者が一人もいないゆえ、同一人物による襲撃と断定はできんが、凄まじい斬撃の跡と、北鑑兵の死体しかないという事から、まず間違いないだろう」
「……于雲夏軍はその後、どうなったんだ? 全滅した訳ではないだろ?」
「二、三千ほど殺られたが、上手く撒いたようだ。今は石岳城を包囲する姜純・奚范軍十二万と合流し、態勢を立て直していると聞く」
「そうなると……石岳城を包囲する北鑑軍は十五万ぐらいか。こっちは限界まで掻き集めても一万から二万しか揃わないだろうから、戦うなら石岳城の虎忙・傅磑軍と共闘するはやむ無しだな。……あの王弟殿が、素直にこっちの要請に従うかは別として」
「傅磑殿を通じれば、或いは可能かと思える。ただ、問題は完全に包囲された石岳城の中とどう連絡を取るかだ。斥候を何人も出したが、殆どが戻ってきていない。唯一生還した者も、北鑑軍は十重二十重に城を取り囲み、警戒の網は郊外遠方にまで及んでいる……という事しか掴めなかった。先程述べた兵数も、先の決戦で多少の損耗があった事を前提で出した概算に過ぎん。実数はもっと多いかもな」
「本軍の右軍参謀を務めて、実際に姜純・奚范軍とも対峙した祝覧殿の見立てなら間違いない。……南方に集まりつつある北鑑軍の後詰は、まだ出発していないんだろ?」
「うむ。そちらの大軍に関しては運の良い事に、集めるどころか他の戦場に回しているそうだ。何でも大陸南方の諸国が、不穏な空気を漂わせているらしい」
大虎最南端の国境地帯・礎鋲に、北鑑軍の後続が集結しつつあった(第五話「侵略された大虎は如何に」リナムの報告を参照)が、祝覧の調べでは当初の予定兵数に達しないどころか、減少しているという。
「差し当たって、北鑑南方の隣接国《閔》が危うい。先の決戦でも北鑑の出兵要請に従わず、今や一触即発の状態だそうだ」
「それはつまり……」
「俺達にとって動き刻という事だ。今なら多少派手に動いても、北鑑は後続を出す余裕がない。剣合国軍も中央に引き上げたばかりで、再度の出兵は厳しかろう」
大虎領内に侵攻した北鑑軍の第一陣だけでも、優に二十万は超えていた。今また二十万を新たに興そうとしても、そう簡単には集まらない。
祝覧はこの機に乗じて積極的に行動すべきと考えていた。
「俺達の手勢は九千ばかりだが、これは北鑑本国からしたら脅威の数ではない。俺達の存在が本当の脅威となるのは、姜純・奚范・于雲夏軍を撃破して石岳城を解放してからだ。故に、それまでにできるだけ要所を奪還し、背後を万全にしておくべきと具申する」
祝覧の提案を受け、皆の視線が靖破に集まる。本人にそのつもりはないかも知れないが、祝覧達にとって、靖破は指示を仰ぐべき大将なのだ。
「俺は構わんぞ。祝覧がそうすべきと言うなら、そうすべきだ」
「よし来た! それでは靖破殿、まずは萓乗攻めの下知を頂きたい。俺とキクズナが先陣を務め、あっという間に攻め落として来よう!」
「待つのだロキ殿。萓乗の兵数をご存知か? かの城には未だ三千の兵がおり、こちらとの戦力差を知れば必ず籠城するだろう。ここは攻城戦の経験がある俺が適任と心得る」
「敵が城に籠もろうと関係ない。俺が城壁一番乗りを果たして、内側から門を開けるまでだ。靖破殿も、俺が先陣を駆けるのが相応しいと思うだろ?」
「勢いで攻めるのは危険だ。この一戦こそ、後の基盤を整える大事な戦。兵の損失を如何に抑えるかで、後々の優位性が大きく変わるのだ。ロキ殿の勇気は買うが、それだけでは戦は上手くいかん」
「心配するな祝覧殿。たかが三千ごときの敵に遅れはとらん。あなたはこの眞城にて、今後の策を準備してくれ。戦場は俺、戦略は祝覧殿。いわゆる適材適所というやつだ」
「いや、“たかが三千” と甘く見ている時点で、ロキ殿に任せる事はできん。この城にも守備兵を残し、その上で敵城を攻めるのだ。実際の戦力比は六千対三千! 攻める側が城攻めに必要な数は敵の三倍と言われる中、俺達は二倍程度の兵で攻めるのだ。つまりは敵に反攻の余地を持たせる状況にある。勢い任せの指揮では思わぬ反撃に遭う恐れがある故、慎重な攻め方を知る俺が適任だ」
血気に逸る若武者のロキと、先輩かつジオンから兵法の手ほどきを受けた祝覧は、互いに先陣を譲らなかった。
二人は次第に、やや語句を荒らげて主張し始める。
その様子にキクズナが止めに入り、軍議に興味が無くて魔術書の作成をしていたシュラも、何だ何だと顔を向ける。無論、靖破は困った。
「…………リナム、俺はどうするべきだ?」
「兄様! 戦略図を練り、靖破様に進言したのは祝覧将軍が先です。先陣は将軍にお任せするのが、筋というものですよ」
「兄に味方してくれたら、靖破殿にお姫様抱っこしてもらえるように頼むつもりだが……どうだ?」
「なっ!? そっ……そん……それとこれとは……」
「リナム、悩むな。抱き上げるぐらい何度でもしてやる」
「兄様……やっぱり祝覧将軍に先陣をお譲りください」
「ちくしょーーぇいっ!!」
キクズナとリナムが止めに入った時点で、ロキに軍配は上がらなかった。自分の見せ場であると思っていただけに、彼は盛大に悔しがる。
が、ここで戦術とか作戦とか一切関係ない魔女が割って入る。
『あぁーその、悪ぃんだけど……間とってうちと靖破が先陣じゃダメなんかね』
「俺は構わんぞ。ではそれでいこう」
「「「……ええぇっ!?」」」
散々揉めといて、結局は面倒になったシュラの一言で決まる。
陣営内最強がシュラである手前、誰も言い返せず、一様にあんぐりとしたという。




