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生き残った大虎の名将

 眞城から撤退した于雲夏軍は、敗走した軍とは思えぬ程に規律良い進軍を見せていた。

通常、敗軍というのは規律が乱れ、一人一人の兵士が物資不足から略奪に走るものだが、この軍にはそれが全くない。

撤退時に一定量の軍需物資を持ち出した于雲夏の手腕の良さもあるが、やはり于雲夏の名に泥を塗るまいと我慢する、部下達の気概によるところが大きいと言えた。


「どうだ経清殿。具合は良くなったか?」


 医療馬車を看て廻る于雲夏は、当然ながら経清の見舞いにも現れた。

彼は男連中を見舞った後ゆえに、その癖で馬車を覆う布を躊躇わずに捲ってしまう。


「于雲夏殿!? い、今は……!」「待ってください将軍――あぁっ!?」


「……おっと、これは失礼致した。良いものを見せてもらい、感謝しますぞ」


「…………いえ、お気になさらず。どうぞそのままで」「……信じられません将軍」


 全身打撲の経清は体中に包帯や湿布を巻いており、言わば半分裸のような状態だった。

その上、運悪く女性の衛生兵に包帯を替えてもらっている最中だった為、于雲夏の視界にはほぼ裸の経清が数秒間映ったという訳である。やったね爺ちゃん。衛生兵からは盛大に睨まれているけど、そこは将軍権限で無かった事にしてあげて。


「……于雲夏殿。眞城では我が力及ばず、申し訳ありません。私の体でしたら、もう二、三日で動けるようになりますので、この汚名はすぐに晴らす所存」


「気を病まずともよい。貴女は我が軍の為によく戦ってくれた。今回の敗戦は、“大虎の牙” を甘く見た儂に責任がある。……何も考えず、今はゆっくりと療養されよ」


「于雲夏殿……かたじけのうございます」


「はっはっ! やけに古風だのう。そう固くならずとも良いと言うのに」


「これは……我が父の、教育の賜物ですっ」


 意気消沈しているが、声音には元気が宿っている。

于雲夏は経清の負傷が、外的なものだけで済んで良かったと思った。


「はっはっ! 良し良し。それでは他の者も見舞ってくると……」


「将軍ーー!! 敵襲です! 我が軍後方に魔人が切り込んで来ました!」


「何だと!? 大虎の牙め、執拗に追い掛けよって!」


「いえ、魔人は大虎の牙ではありません! 赤毛の面を付けた大男で、巨木の如き大剣を軽々と扱って我が兵を蹴散らしております!!」


「赤毛の面に、巨木の如き大剣を扱う大男だと? ……まさか、奴が帰ってきたのか!? いかんっ! 今すぐ兵を下げよ! その魔人は無視して、全力で西へと駆けるのだ!!」


「于雲夏殿、いったいどうしたのですか!?」


「予定よりも早くに、恐ろしい男が帰ってきてしまった。大虎王と深い友誼を持ち、かの国で剣術師範を務めた事もある大剣豪。奴に国家間の主義主張は関係なく、己が心情に則って剣を振るう。奴に言葉は通用せぬ! 経清殿も急ぎ、この場を去られるのだ! 儂は後方に赴いて陣頭指揮を執る!」


 顔色を変えた于雲夏は、軍の後方へ向かって直ちに駆けた。

負傷して馬にも乗れない経清は、その後ろ姿を見守るしかできなかった。




 場所は変わって眞城では、ロキと共に救出されたもう一人の将軍 祝覧(シュクラン)が靖破達と面会していた。リナムが横になっている寝室で。


「靖家若頭の靖破殿。北鑑の檻から助けいただき感謝する! これより我が知勇は、大恩ある貴殿の為に使うと誓おう!」


「頼むぞ祝覧。ルーベルズ家以外の兵士はお前に預ける。好きなように采配するといい」


「おぉ、腕が鳴るとは正にこれ! 期待に応えてみせよう!」


『……それはいいが……なんで皆して集まってんだ?』


「リナムを無理にでも休ませると、お前が言ったのだ魔女よ」


『確かに言ったけどよ……これじゃ休むに休めねぇよ』


 一連の流れを軽く説明すると、目を覚ましたリナムが戦後処理を行おうとする→安静にしていろと、シュラがそれを止める→靖破はもとから動こうとしない=シュラも部屋に留まる→ロキとキクズナが休憩を兼ねて祝覧を連れて来る→現在に至る。


『つーか、狭ぇんだよお前ら。うちと靖破はともかく、ロキとキクズナまで居たら暑苦しくてしょうがねぇよ。はよ出てけ』


「えっ、ダメですか? なんかここ居心地良くて……なぁキクズナ」


『単にリナムがいるからだろ。ぜってぇ渡さねぇぞ』


「はい。皆が一堂に会していると、決起集会みたいで燃えてきますね、隊長!」


『その考え方が暑いってんだよ……まったく』


「そう突っ掛かるな魔女よ。何百歳の婆殿には、丁度良い温度の筈だ」


『あ゛ぁ゛? なんか言ったかてめぇ靖破この野郎』


 苦笑するリナムの目前で、シュラが三人の男達にからかわれる図。

シュラの外見がリナムより少しだけ上の少女に見える事から、事情を知らない第三者から見れば微笑ましいものだが、その実、この中で最強はシュラという物騒な話である。


 そんな表裏に激しい状況を仲裁する者は、祝覧をおいて他にいない。彼は戦略的な話に切り替える事で、状況の改善を図った。


「ま……まぁまぁ、魔女殿。一時の戯れと思って流してくだされ。……一先ず情勢を確認したいのだが、靖破殿を旗頭とする我等がこの城に居るとして、陽慶の守りは大丈夫なのか? 誰か今の陽慶の状態に詳しい者は?」


壊滅的(ボロボロ)だ」『壊滅的(ボロボロ)だぜ』「壊滅的(ボロボロ)ですね」


「むぅ……旗揚げ時のお三方が満場一致か。それでは陽慶は使い物にならぬな」


「あぁ。バルチャーにも言っておいたが、あそこはもう価値がない。城としても都としても、破壊され尽くして何の機能すら果たせはせん」


「バルチャー殿は健在か。それは良かった。……して、彼は何と言われた?」


「王弟の虎忙が王位を継ぎ、北鑑軍が退いた時になってまだ、俺達が陽慶に居たならば、それを力づくで追い出す事になるだろうと」


「そうか……バルチャー殿は王家に殉じるつもりか。虎忙殿には北鑑軍を撃退する才能どころか、諫言に耳を貸す器量すらないだろうに。……敢えて苦しい道を進むとはな」


「私も、祝覧将軍と同じ考えです。大虎王が御隠れあそばれた今、民衆を守る事ができるのは靖破様であると思っています」


「リナム嬢……いや、ルーベルズ家当主のリナム殿。ジオン殿より薫陶を得た貴女と考えが同じこと、心から頼もしく思う!」


 ベットに座っているリナムに向けて、祝覧は拳を重ねた勇ましい謝意を送る。

ジオンの後輩もとい弟子だった祝覧は、彼を尊敬していた。その娘であるリナムと考えが同じという事が、また一歩ジオンに近づけたと思えたのだろう。


 リナムの方も、栄えある将軍に誉められて嬉しそうだ。


『んじゃ、これからよろしくな! 祝覧のおっさん!』


 しかしシュラの一言に、祝覧は傷付いて言葉に詰まった。

彼は今年で三十四歳。微妙といえば微妙なところである。


「おっさ…………いや、確かに皆と比べたら年長者だが……俺はまだお兄さんだ」


「祝覧、それは無理だ」


「靖破殿に同じく。キクズナぐらいならお兄さんでもわかる」


『おっさんはおっさんだぜ。おっさんだからおっさんなんだよ』


「…………くそぉっ! 満場一致かぁっ!」


 結局、この場で決まったのは祝覧のあだ名だけであり、次の動きは決まらなかった。

陽慶に向けて全兵力で後退するか、比較的損耗の少ない眞城を新たな本拠として軍を展開するか、于雲夏軍の後を追って虎忙を救いにいくか。


 眞の地が虎北戦線の中央に位置するだけに、様々な手が打てるのだ。

それを理解する知恵袋の祝覧は、まずは情報集めから始め、正確な状況を把握した上で、的確な戦略図を描く必要があると言う。


 もはや単独で動ける規模を超えたと理解する靖破も、祝覧の考えに賛同。リナムも丘霜から眞にかけて連戦に付き従い、情報を集める暇もなかった為、ここで一旦腰を落ち着かせるという考えを示した。








《若虎達の抑え役 祝覧》

 ケトの西隣に位置する、扶美(フビ)を治める祝家の次男。尚、四人兄妹である。


祝家は北部地区の一城を司っており、本来なら祝覧も北部軍所属となる筈だったが、父である祝敖(シュクゴウ)が十年前に大虎本軍に仕官させた為、祝覧は中央軍所属となった。

中央に出した理由だが、祝覧の兄は政務に長け、弟と末の妹は武勇に特出しており、その中間の祝覧は三人の才能をバランス良く取ったように成長した為、地方よりも中央に仕えた方が才能を活かせるだろうと見込んでの事だった。


事実祝覧は、隣領の誼からジオンと交流を持ち、彼から軍略・兵法などを学んで、祝敖の期待した通り知勇兼備の将軍として出世する。

ただし器用貧乏な人間の宿命か、祝覧は周りから頼られる事が多く、それゆえに気苦労も多い為、実年齢より老けて見えるのだ。


北鑑連合軍との本戦では、大虎軍右軍の参謀を務めた。崩れ行く味方を助ける為に、狭路で敵の追撃を防いでいたが、背後に回られた事で彼の部隊も崩壊した。

しかし、次に控える大虎北部軍との戦いに人質としての利用価値がある為、捕虜として生かされたようだ。


階級は五品官。九品制の中間に位置するこの官位は、将軍として一人前になった証。

特に知勇兼備で知られる祝覧は、上将軍の参謀として替えの利かない働きをしていた。


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