ルーベルズ家の行く末
靖破とロキの率いる大虎軍残党が、一夜にして眞城を解放した翌日の早朝。
キクズナが主となって城内を整理して廻り、戦後間もない眞城の治安回復に努める一方、ロキは改めて靖破と言葉を交わしていた。
「靖破様。救助と加勢、何から何までお助けいただき、真に感謝いたす。ルーベルズ・ロキ、この御恩は一生忘れません」
「……礼ならリナムに言いたまえ。彼女の存在が俺を導いたまでだ」
『うちも忘れんなよな! 靖破の尻を蹴って回ったのはうちだからな!』
「はい。伝説に名高い蒼髪の魔女様。お会いできて光栄です! 貴女様のお陰で、俺は本当に救われました! 感謝してもしきれません!」
『フヘヘヘへ……! くるしゅーない、くるしゅーない。リナムよリナム、褒美はちゃんと用意してあるのであろうな?』
「はい。ここに――わっ!?」
準備万端のリナム嬢は、既にアサギの山を築かせていた。そこにシュラが飛び込み、周囲の者を驚かせるまでが当然の流れである。
「…………ところで兄様。一つ相談したい事が……」
「あぁ。俺達ルーベルズ家が、今後どう動くかだろ?」
「はい。私は靖破様に従い、大虎王家とは別の動きを見せるべきだと感じて、靖破様に忠誠を誓いました。大事なのは北鑑および剣合国の無道から民を守る事であり、御隠れあそばれた大虎王の後を継ぐ王弟様には、その様な勇気ある道を貫けるとは思えないと判断したんです。……馳せ参じるべき王家が残っていながら、民の守護を目的とする私の考えは、間違っていますでしょうか?」
存命である事を知らぬとは言え、勝手に当主となったリナムは、半ば彼女の独断でルーベルズ家の道を決めていた。
それだけに、もしロキがバルチャーのような考え方で「王弟の虎忙を主に仰ぐ」と言い出したらどうすれば良いか、リナムは不安で仕方なかったのだ。
ロキは肩をすぼめる妹の様子から、上記の思いを感じ取り、僅かに黙考した。
そして暫くしてから、真剣な眼差しを以て己が心情を語る。
「…………ルーベルズ家は元より、大虎王家にお仕えする貴族だ。王家の血筋が存命であり、かの存在を御守りする将兵がまだ戦っている限り、我々も馳せ参じるべきだろう。それこそ臣下の務めであり、累代の君恩に報いる時でもある。
――だが、時代は変わった。世の動乱を鎮める『覇者』たる役目の剣合国が暴虐に染まった今、我々も忠義だけで動くわけにはいかないだろう」
続いて、ロキは爽やかな笑みを浮かべて見せる。迷いの色は一切なかった。
「これからのルーベルズ家は、新当主リナムの好きにすればいい。心配せずとも、兄は常にお前の味方だ。ケトの領民達も理解しているに違いない」
「兄様……!! ありがとうございます! ありがとうございます兄様……!!」
「泣いたり笑ったり、相変わらず忙しいなリナムは」
妹の成長と安堵に、ロキもつい目頭が熱くなる。
それでも彼は、兄として頼もしい姿を示したまま、身を寄せて泣くリナムの頭を優しく撫でてやった。
「……いいのかロキ。俺の進む道こそ無道だぞ。そんな人外れた道に、兄妹揃って付き合う必要はない。榲國にでも属せば、かの國はお前達兄妹を厚く遇すると思うが」
「國を変えるつもりはありません。私は大虎の民を守る騎士ですから。それに北鑑の脅威から皆を解放する靖破様に従えば、良いか悪いかは人の笑顔が決めてくれます。……なに、大丈夫ですよ。無道だ何だと靖破様が仰っても、リナムの眼鏡に適った時点でその心配は杞憂です」
「そうか……感謝する。……ところで一つだけ、頼みがあるのだが」
「はっ。何でしょうか」
「様付けはやめてくれ。敬語も必要ない。言われる度に……なぜだが背中が痒い」
リナムから言われたら不思議と落ち着くが、ロキから言われたら痒いという不思議。
かつての同期という間柄がそうさせるのか、靖破本人にもよく解らないものの、彼はとにかく対等を望んだ。
「……承知いたしました。リナム! 靖破 “様” の背中を掻いてさしあげろ」
「はい! お任せください兄様!」
「……やめたまえ。わざとだろう君たち」
上手い事解決したようでいて、何の解決にもなっていない。
靖破は爆笑するシュラを無視しつつ、瞼を閉じて兄妹の悪ふざけを現実逃避した。
「って……あれ……?」
「むっ。……大丈夫か、リナム?」
笑みを浮かべながら靖破に近寄った矢先、急に脱力して倒れそうになったリナムを、靖破はすかさず受け止めた。
ロキもシュラも笑うのを途端に止め、サッとリナムのもとへ駆け寄る。
「ぁ……靖破様。ありがとうございます。……すみません……すぐにどきますから…………え、なんで? 体が思うように……動きません」
『……靖破、そのまま受け止めてろ。大丈夫だリナム。ただ単に、お前を縛ってた緊張の糸が解れただけだ。何らおかしい事じゃねぇよ』
シュラがリナムの体を優しく擦り、癒しの魔法を唱えてゆっくりと回復させる。
リナムは脱力感の次に急な眠気を覚え、意識を安らかに落としていった。
『……気力が尽きて身を崩すのも無理ないぜ。親父や兄貴を始め、多くの家来を失ったと知って悲しみに暮れる間もなく、戦場に立ったんだ。気丈に振る舞ってはいても、精神的負荷がすっげぇかかってたのは間違いねぇ。……もう大丈夫だから、ゆっくり寝てな』
靖破に身を預けたリナムは、シュラに促されるまま深い眠りについた。
その寝顔には、未だに憂いの色が僅かに残ってはいるが、大部分は歳相応の少女が見せる純然とした可憐さが占めていた。
「……ベットで寝かせてやろう。ロキも休むといい。怪我を負った体で戦うのは、想定より随分厳しかった筈だ」
「承知。靖破殿、魔女様。リナムの事を頼みます」
『お前も一緒に来るんだよ。兄貴が近くに居た方がリナムも安心するだろが』
「……そうですね。そうさせてもらいます」
流石にロキは頑丈だが、彼もつられる形で休みを欲した。
一行は安全な宿舎を見つけ、そこに仮の本陣を設置して休息を取ることにする。
だが、ここで一つ問題が発生する。リナムをベットに寝かせたまでは良かったが、彼女の手が靖破から離れなかったのだ。
『ま、どーせお前やる事ねぇだろ。しばらくリナムの枕になってやんな』
「わかった。……ロキはどうする。俺の膝枕はもう片方空いているぞ」
「は、はははっ……。それはまぁ……遠慮する」
「そうか。欲しくなったら遠慮するな。俺は起きているから自由に使え」
(自由に使えって言ったって……色んな意味で遠慮するぜ)
リナムだからこそ許されるような光景である。ロキは男の膝枕で男がぐっすり眠れるとはどうやっても思えず、大人しく簡易寝台を開いてそこで横になった。
一方のリナムは、靖破の手を握ったまま安らかに眠っていたという。
この日、戦勝と失地奪還に喜ぶ大虎軍残党は、次の戦に備えて盛大に鋭気を養った。
解放された捕虜は八千を数え、その中には有力な中級指揮官が幾人もおり、ロキの他に万を指揮できる実績ある将軍も一人いた。
軍を立て直すには充分すぎる陣容を、靖破は一夜にして手に入れたのだ。
本日の投稿はここまでにします。続きは後日、まとめて投稿する予定です。




