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雁技が見舞う血飛沫こそ、反撃の狼煙なり

『靖破っ! そいつ等で最後だ! ぶっ飛ばせ!!』


「ハァッ……!」


 魔力込められし一閃が、数十人の北鑑兵を容易く斬り伏せる。

靖破とシュラの活躍により、ロキは瞬く間に救出された。


「私ども兄妹をお助けいただき、心より感謝します。ルーベルズ・ロキ、この御恩は一生忘れません。それで……えっと、靖家次期当主の靖破殿で、間違いないですか?」


「あぁ、そうだ。先の戦でも会っていた筈だが、久方ぶりと言っておこうか」


「……なんと言ってよいのか。以前の面影とだいぶ違っているので、戸惑いを隠せません。貫禄が凄まじいというか……威厳や風格がまるで別人のようです」


「素直に “老けた” と言っても構わんぞ。俺は気にしない」


「いえ、そのような事は思っておりません。……しかし、その姿はどうしたのです……いや、命の恩人にとやかく聞くは失礼。まずは戦働きにて、御恩に報いましょう」


「固くなる必要はない。今は城内の敵を掃討する事だけを考えればいい」


「委細承知!」


 ロキは拳を重ね合わせて了解の意を示す。

そこから一足遅れてルーベルズ兵が駆け付け、上官に愛用の装備を受け渡すと、ロキは痛めつけられた体を忘れた様に勇姿を見せた。


 彼の得物は青釭の双剣だ。ルーベルズ家の家紋が鍔の中心に刻まれ、鞘には華麗な鳳凰が施された、青き光を発する二振りの名剣である。


「先に行きます。眼下で奮戦する部下達と合流し、敵を掃討致す。

――雁技のロキ!! いざ参る!!」


 言うや否や、ロキは破壊された壁を飛び越えて、夜空を滑空した。ここは建物の最上階。優に地上三十メートルはあるのだが……。


「せやあぁぁっ!!」


 青釭の双剣が月の光を反射して輝けば、疾風の斬撃が北鑑兵の最前列を一閃して葬り去り、(ロキ)推参の足場を作る。

華麗な奇襲と着地を同時に魅せたロキは、瞬く間に敵味方の注目を浴びた。


「雁技のロキ、推参!! 皆待たせたな! 反撃開始だァ!!」


「ロキ隊長だっ! やった! 隊長が来てくれたぞぉーー!!」


「ルーベルズ家の次期当主ロキ様だ! これは勝てる! 勝てるぞっ! こちらには靖破様もおられるんだ!」


「うおおぉぉぉーー!! やってやるぞ! 大虎軍の力、思い知れ!!」


「くっ……!? 魔人が解放されたのか! これはまずいぞ!」


「経清殿はどうされたのだ!? 今の状況で奴等に対抗できるのは、あの方だけだぞ!」


「経清殿は重傷を負って下がったとの事だ! 俺達がやるしかない!」


「勝てるのか!? 俺達だけで、あの魔人どもに!?」


 両軍の士気は一瞬でひっくり返った。北鑑兵は魔人の力に恐れ慄き、勝利を確信した大虎兵は今にも放たれそうな飛矢の如し。


 その様子を上階から眺めるルーベルズ兵もまた、勢いを糧に飛び立とうとする。


「俺達も隊長に続くぞ!! いざ征かん! 我に翼を!」


「我に翼を!」「我に翼を!」「我に翼を!」「我に翼を!」「いや無理でしょ」


「あなた達はダメ!! 大人しく下まで降りていくの!」


「「「隊長ォーー!! 後で合流しまァーーす!!」」」


 上官の復活に士気最高潮とは言え、魔人でもないルーベルズ兵に生身の空中奇襲は、投身自殺以外の何ものでもない。というか一人だけ冷静な奴がいた事に、シュラは笑う。


『面白くなってきたな! よっし靖破! うちらも行くぞ! 前はロキに任せて、ケツを狙う奴等をぶっ潰す!』


「……仕方ない。俺も飛び降りるか。リナム、君は真似するなよ」


「はい。靖破様も、ご武運を」


 ルーベルズ兵を制止したリナムが、自分だけ後を追って飛ぶ事はないだろうが、靖破は一応言ってあげた。

シュラの無茶に付き合わされて既にお腹一杯なリナムは、お言葉に甘えて階段を降りる事を決める。彼女が兵士達と共に地上に降りれば、そこが本陣になるだろう。


 そしてロキは、靖破とシュラが背後の守りに移った事を風で感じ、前面の敵に集中した。


「勇敢なる大虎兵全員に告ぐ!! 敵を喰い破れェェーーー!!!」


「「「ウオオオォォォーーー!!!」」」


 右手に持つ剣を于雲夏本陣に向けて振りかざすと、後ろに控える大虎兵の戦意が爆発。待ってましたとばかりに反撃に転じ、猛突撃を開始した。


 この勢いに、北鑑兵は完全に呑み込まれた。

前衛はあっという間に崩壊し、于雲夏の指揮も虚しく、被害は中衛にまで及び出す。


 その被害をもっとも出している人物は、当然ながらロキだ。

青釭の双剣を翼の如く操り、縦横無尽に敵兵を斬り伏せていく勇往邁進な姿はさながら、敵軍の頭上を我が物顔で狩り飛ぶ(オオトリ)だった。


 戦術や陣形などは意味を成さない。装備や身体状況さえも、関係ないかもしれない。

今この戦場にあっては、勢いこそが勝利への鍵だった。


「…………悔しいが、この場では勝てぬ。全軍に命令を出せ。『城を捨てて西へ撤退する。石岳(セキガク)城を包囲する友軍と合流し、態勢を立て直す』のだ」


 勢力で上回りつつも、圧倒的不利を悟った于雲夏は、被害を最小限に抑えるべく撤退を決断する。彼に従う側近衆も、それに従った。


「退却ーー!! 退却だーー!! この城を棄てて西へ向かって退却だァーー!!」


「チッ……! 退却! 退却だっ! 敵の追撃を防ぎながら城を抜けるぞ!」


殿(シンガリ)は俺達六番隊が受け持つ! お前らは先に行け!」


「すまんっ! 武運を祈る! また後で必ず落ち合おうぞ!」


 于雲夏軍の動きは素早く、命令を理解した将校達によって軍全体が正確に行動した。

慣れない戦場で見事な撤退指揮をやってのけるのは、彼等が練兵に練兵を重ねた精鋭集団たる証拠。強いてはそんな彼等の心を掴んでいる于雲夏の、将軍としての器の大きさを表していた。


 追い討ちを掛ける側のロキも、ここでにわかに足を止める。


「……退き戦となれば将の力量が判ると言うが、用兵に於いて于雲夏の右に出る者はいないな。流石は親父殿の盟友。見事だ」


「では、今のうちに討ちますか!」


「フッ、逸るなよキクズナ。殺ると言って殺れれば苦労しない。そんな敵なら先の大戦で既に喰らっている。抑々が騎馬もなく兵装にも乏しい俺達では、城内から追い出すだけで限界だろうぜ」


「それでは今日のところは……」


「あぁ。戦に私情を持ち込む点では俺も于雲夏も二流だが、親父殿の盟友で俺とも少なからず交流がある人物だ。……生かされた恩義もあれば、今日のところは適当に追撃して終わりにしてやろう」


「ならば “適当” になるまで、もう少し暴れましょう!」


「そう言う事だ! 行くぞっ! 目前の敵を喰い破る!!」


「「「オオォォォッ!!」」」


 ロキは引き続き先頭を駆け抜け、キクズナが兵を指揮しながら続く。

このコンビの猛攻は一旦始まると中々冷めやまず、于雲夏軍の殿部隊は頑強な守りの陣形を以て抵抗したが、遂には崩壊をきたした。


「ロキ隊長! 敵は完全に逃げ出しました! 城内に残った残兵も投降! 我等の勝利です!」


「よし! 全軍よく戦ったァァ!! 勝鬨を上げろォォーー!!」


「「「おおおぉぉぉーーーー!!!」」」


 柔と剛を持ち合わせる大鵬と、鋭気盛んな若き鳳の戦いは、後者の勝利に終わった。

于雲夏軍は捕虜・戦死者を合わせて一万もの被害を出し、眞の地を棄てて西へと撤退。石岳城を包囲する友軍との合流を図った。


 ロキと靖破はこれを追撃せず、奪い返した眞城に大虎の旗を掲げて城門を堅く閉ざす。

大虎軍にとって反攻の要たる拠点が、また一つ増えた瞬間であった。








《疾翼の若き鳳 ロキ》

 ケトのルーベルズ家長男。青釭の双剣を巧みに扱う勇将で、その勇猛果敢な姿と疾風迅雷の騎馬戦に長ける事から「雁技のロキ」の異名を持つ。


リナムと同じく、薄緑色のアサギ髪をしており、本人はこれを「太古の偉人より賜った一族の誉れ」と思っているようだ。

善良な性格で、必要以上に殺める事はせず、敵にも敬意を払える好青年。妹のリナムはもとより、臣民からの人気も高い。何も無ければ父の後を継ぎ、立派な当主となっただろう。


大虎崩壊前は次代を担う存在として周囲から期待され、靖破を代表する若武者達とも比較的良好な関係を築いていた。

しかし、靖破が溺愛する妹をロキに嫁がせるかという話題が両家の間で起こった時は、靖破から冷たくあしらわれた事もあったので、正直言うとちょっと気まずい。それでも基本的に仲は良かったようで、先の本戦では手柄争いに興じていた。

リナムが靖破を頼って陽慶に訪れたのも、単純に仇を取ってくれたという理由以外に、兄から聞いていた靖破の存在に頼もしさを感じていたというのもあるだろう。


階級は七品官。尚、靖破もロキと同じく七品官である。

六品官から “将軍” と呼ばれる様になり、ロキも靖破も北鑑連合軍との決戦に勝って大虎が健在であれば、間違いなく六品官に昇格していた。


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