軍壊の武勇
「『魔力結合!』」
鬼神の如き威圧が突如として発生し、靖破とシュラの周辺を一瞬にして灰燼と化す。
そそり立つ蒼き魔力の柱の下、君臨する靖破の手には蒼月の方天戟が握られていた。
「!!? なんだ、あの禍々しい闘気は……!? 長年生きてきたが、あんなものは初めてだ! 勝てるのか……あの化物に!?」
「…………于雲夏殿、お下がりを。そしてできれば、撤退を検討なさるべきかと」
「経清殿……まさかあれに挑むのか!?」
「我が全力を以てしても、時間稼ぎにしかなりますまい。……大虎の牙の実力、少々見誤っておりました」
冷や汗を垂らす経清。冷静を装ってはいるが、彼女の本能は未だ相対した事のない強暴な武勇を前にして、確かな恐怖心を抱いていた。
それでも恩義のある于雲夏や、味方の為に前へ出れるところは流石である。
『よっし! 殺るぞ靖破! 今度は油断すんなよな!』
「無論だ。一人残らず討ち果たす」
方や、改めて殺る気を漲らせた靖破とシュラは、互いに微笑を浮かべた。
体を動かす事が好きなシュラは暴れまわる時の爽快感を求め、靖破は「報復」と称した虐殺に自らの存在を見出す。
端から見ればどちらも確実に狂っているが、それを当然と捉える本人達には美学足り得る行動であろう。
「大虎の牙 靖破。参る……!」
(来る! ――っ!?)
名乗りを済ました靖破が蒼月の方天戟を一振りすると、無数の蒼き真空刃が経清に向かって放射され、一瞬の後には彼女の目前に迫る。
経清は心の内では焦りつつも、人並み外れた反射神経で一つ一つの真空刃を補足すると、地に足を踏み締めて不退転の覚悟を心身に宿し、研ぎ澄まされた無駄の無い剣術で確実かつ瞬速に迎撃した。
目に見えぬ太刀筋は達人の域を超えている可能性すらあり、守勢と決め込んで構えた鉄壁の護りは、若年に見合わぬ剛胆さの顕れだった。
(よし! これなら――なっ!?)
だが、全てを弾いた経清の前に、一瞬で間合いを詰めた靖破が方天戟を振り上げた状態で現れた。真空刃を飛ばすや否や、間髪入れずに自分も飛び掛かったとみえる。
「っ――断じて退かぬ!! はあぁぁぁっ!!」
キュッと唇を噛み締めた経清は、強大過ぎる暴力が眼前に現れて尚、不退転の構えを解かなかった。
己を鼓舞するように大声を張り上げて太刀を一閃し、完全に膂力で負けているにも関わらず真っ向勝負に出た。目前にまで迫られた状況では、下手に躱そうとするより刃を交えて流す方が最善と判断したのだ。
両者の刃が交差すると、空間が抉れるような非自然的な爆音が轟き、接触点から銀色の火花が盛んに咲き乱れる。
「ふっ……くぅぅ……!! なんという……剛力!」
『へっ、仲間想いが仇になったな! うちに張り合おうなんて百万年早ぇんだよ! そのまま力でぶちかませ、靖破ッ!!』
「……フンッ!」
「ぐぅっ……!! ……うあぁぁっ!!?」
奮起虚しくも、経清は大きく弾き飛ばされた。
流石に業物の太刀ともなれば刃こぼれこそしないが、流せきれなかった破壊的な衝撃は、持ち主たる経清の体に高圧電流が如き激痛を迸らせる。
「経清殿!? いかん! 急ぎ経清殿を逃がすのだ! 他の者は儂に続け!!」
撤退するかどうか迷った矢先、対峙した経清が早々に敗れてしまった。
于雲夏はこの事実を深刻に受け止め、撤退を決断。兵の群れの中に落下した経清は周囲の者に脱出させ、自らは時間を稼ぐ為に前へ出た。
「于雲夏殿……なりません。……その男の武勇……桁違いにて……」
「案ずる事はない! 儂には自慢の部下達が付いておる! 貴女はここを離脱するのだ!」
全身打撲に匹敵する負傷。経清は体中が痙攣して、太刀を握るのもやっとの有り様。
彼女は言われるがままに後方へ下げられ、于雲夏と靖破の前から居なくなった。
「恐るべき魔人 大虎の牙よ。役不足であろうが、儂らがお相手致す。願わくば冥府の旅路に付き合ってもらいたい」
禽武将軍 于雲夏。噂に違わぬ良い漢。その器は大鵬の翼のように広く大きく、裏のない真摯さは晴天のように朗らかで、将校士卒の見本となるべき武を修めた立派な将軍。
しかしながら、報復の鬼である靖破にとってはどうでもいい事この上ない。于雲夏も例外なく、細切れにすべき敵なのだ。
「北鑑の狗が駄弁るな。一撃で終わらせてやる」
靖破が蒼月の方天戟を構え直すと、于雲夏達は心胆を寒がらせた。
言葉では勇壮な事を言ったが、越えられない武力の壁はどうしようもないのだ。
「「「うおおぉぉぉぉーーー!!!」」」
「『!?』」
だが、靖破とシュラが次の一瞬を望むより先に、後方から大歓声が上がった。
後ろを振り返ればそこには、良くも悪くもリナム達によって解放された大虎兵が、武器を手に暴れだした光景が広がっていた。
「靖破様! シュラ様! お待たせして申し訳ありません! 捕虜になった兵達をどんどん解放し、彼等に武器を持たせました!」
即席の護衛部隊を引き連れたリナムが、靖破の加勢に駆け付けた。
どうやら城内の撹乱とロキ救出は、キクズナに任せたようだ。
「…………魔女よ、解くぞ」
『……いいのか? まだまだ暴れ足りねぇ筈だろ?』
「味方を巻き込む趣味はない。リナムの頑張りを無下にするのも、得策ではなかろう」
『それもそうだな。……あいよっと!』
結合して僅か数撃を振るっただけだが、個人対集団から本格的な集団戦に切り替わったからには、溢れ出る暴力は邪道である。靖破は刃を収め、シュラは人の形に戻った。
「あの少女が現れた途端、大虎の牙は力を弱めた……。理由はわからぬが、ここは儂等も一旦下るとしよう。態勢を立て直し、捕虜の逆襲に備えるが先決だ」
兵同士の乱戦となった事で、于雲夏は逆に救われた。
彼はサッと身を翻し、見事な用兵術を以てリナム隊の追撃を容易に躱す。
靖破もリナムの前で虐殺の色を見せようとはせず、彼女を伴ってこの場を後にした。
《老練なる禽武将軍 于雲夏》
知勇と徳を兼ね備えた北鑑の名将。現役の将軍としては最高齢の66歳でありながら、未だ衰えを見せない。
懐の深い性格をしており、居場所を失った者達を快く受け入れる度量の持ち主である。迎えられた者も于雲夏の人柄に惚れて、忠義を誓う者が多い。
息子は二人いるが、二人とも既に独立しており、将軍として別々の戦場に居るようだ。
于雲夏はその事に関して、特別寂しい思いは抱いていない。彼にとって自慢の部下の中には、息子と呼べるような存在が大勢いるからだ。
実はロキとリナムの父親ジオンとは旧知の仲であり、北鑑・大虎・白眉の合同軍事演習では、白眉の老将軍 隠渓も交えてよくつるんでいた。
それ故か、北鑑連合軍と大虎軍の本戦でジオンが戦死した後は、ロキやキクズナ達の残党を助けるような行動を見せて捕虜にした。
しかし、それが問題となって于雲夏は敵への内通を疑われ、占拠したばかりの眞城に待機を命じられた。ロキを部下にしたかったのも、ジオンとの友誼から彼の息子を助けたかったからだろう。
階級は三品官。大軍の大将に任命され、現場指揮官としては事実上最高位に当たる(大本営を預かる軍総司令官で二品官)。
北鑑連合軍の戦場では軍総司令官 フルバスディが出陣し、剣合国からも《錝将軍》が派遣された。その為、錝将軍が総大将となり、フルバスディが副大将、于雲夏は現場の将軍達を束ねる立場に回ったという。




