ドカンッ! と一発無駄暴れ
経清によって悪い酔いを覚まされた北鑑兵達は、気絶した同僚を牽引しながら兵舎へ戻ろうとしていた。
「あ、あの……すみませんが、道を教えて下さい」
そんな彼等の前に現れた給仕係の少女が、不意に道を尋ねる。
薄緑色の髪をした可憐な少女で、持っている籠の中にはアサギが入っていた。どう見てもどう考えても、リナムが変装していた。
「お? 新入りの子か? お〜〜可愛いなぁ」
「えっと……于雲夏将軍からロキという人へ、差し入れを持っていくように頼まれたのですが……場所がわからなくて」
「ロキってあいつだろ。大虎軍の将軍。于雲夏様も、なんだって魔人なんか生かしてるんだろうな。もし暴れたら俺達がタダじゃ済まねぇってのに」
「将軍にとっては盟友の息子だし、名高い武将だからな。説得して配下ともども部下にすれば、これ以上頼もしいものはねぇ。それにケトの降伏にも役立つだろうと考えておられるのだろう」
「……この先に見える一番高い収容所があるだろ? そこの最上階にロキはいるぞ。……でもお嬢ちゃんも、行くなら気を付けろよ。人質をとって拘束してるとはいえ……油断したら喰われちまうからな!」
「人質……がいるなら安心ですね。ちなみに人質って、どんな人達なんですか?」
「そりゃまぁ、ロキにとって大切な部下達だよ。それと他の将軍だったり兵士だったり、とにかく先の戦で捕虜になった奴等全員だな」
「お嬢ちゃんにはわかりづらいだろうけど、武将ってのは誇りがあるらしいからな。仲間の命を握られてたら、暴れたくても暴れられないんだと」
色の少ない職場に可憐な少女が現れ、程よいアルコールがまだ残っている状態かつ、経清の気を当てられた後ともなれば、兵士達はホイホイと面白いぐらいに喋る。
「ロキじゃなくても、あっちこっちの収容所に人質となった捕虜がいて、お嬢ちゃんを狙ってるぞ〜。この間も将校の一人が脱走したらしいしなぁ〜」
「数が多すぎて把握できねぇよな。ただでさえ俺達の軍は出遅れてるのに。そこに来て捕虜どもの世話なんて……正直やってられねぇよ」
「でも、ここに居たら居たで良かったかもしれんぞ。なんか陽慶に攻め込んだ李嶷軍、全滅したらしいじゃねえか」
「いやいや勝手に殺してやるなよ。北西の方に残軍がいるじゃねぇか」
「いや、それが今日の昼だ。その残軍も全滅したって」
「えっ!? あの……全滅ってどういう……李嶷、将軍? の部隊は確か、陽慶から追い出された後、副将が軍をまとめている筈では?」
「おっ! 嬢ちゃん詳しいな! さては于雲夏様の身内だったりするか!」
「い、いえ。ただちょっと、明日の朝、兄が李嶷軍の許へ向かう用事があるので」
そりゃ災難だな……とばかりに、事情を知る北鑑兵は頭を掻く。
リナムの知り得ている情報は、「李嶷軍は将軍こそ靖破に討ち取られたが、副将が残軍を指揮して態勢を立て直しつつある」との事だった。
「……いや、俺もよく知らねぇんだけど……なんか襲撃を受けて壊滅したらしい。恐ろしく強い魔人が乗り込んで来たとか何とか。実際に逃げてきた奴がいて、于雲夏様に報告する前に俺に言ってきた。俺、昼間は外廻りの警備だったから」
「おめ、そういう事は言えよ! 大事件じゃねぇか!」
「言ったらマズイかなぁ〜とか思って、中々言えなかった。けど俺以外にも聞いてた奴いるから、明日になればもっと広がるぞ」
「うーん、確かに……おいそれと口にしていいもんでもねぇか。……でもそれはそうと……あぁ〜可愛いなぁ〜君は! うちの娘も大きくなったら君みたいになるのかな〜」
「よ〜しよしよし。おつまみをあげよう。よ〜しよしよし」
「? ?? ??? えっと……どうもありがとうございます」
女の子の前でずっと重い話なんかしたくないよ。適度な酔っぱらい達は、リナムの頭を撫で撫でし始めた。
「家のガキはいま十歳で〜うんたらかんたら〜」
「は、はぁ……育ち盛りですね。良い事だと思います」
「この間、于雲夏様が迷子の子猫に噛まれて、それは大騒ぎで〜」
「子猫って人を噛むんですか? それ多分、結構成長してますよ」
「うんたらかんたら〜」「なんたらかんたら〜」「だぁーれか来たんけぇー?」「知らねぇ〜」「「「カンタぁぁーー」」」
「は、はぁ……皆さん、仲良いんですね」
自分から話し掛けた手前、丁寧なリナムはこの絡みを抜け出す術を知らない。
何だか必要な情報以上に、于雲夏軍の和やかな日常について詳しくなりそうだった。
『ワチャァーー!! チョップ! チョップ! チョップ! チョップ! チョップ! チョップゥゥ!! なげぇんだよ、お前らの話! 先進まねぇだろ! 足痺れたわ!』
「同感だ。情報は充分手に入れた。こいつ等は適当な場所に捨てて、さっさとロキを助けに向かうぞ」
そんな事態に痺れを切らしたシュラが物陰より飛び出して、得意の手刀で北鑑兵を気絶させるや、次に出てきた靖破が雑に片付ける。
シュラに関しては、例えとか関係なしに痺れていた。
「いたた……雑すぎませんか? まだ自分達いるんですけど……」
シュラが出てきた物陰に靖破が北鑑兵を投げ捨てるものだから、まだ隠れていたキクズナ達がスヤスヤ北鑑兵のボディプレスを受けていた。
「ん? ……あぁ、すまん。影が薄すぎた」
「わかってた事だけどガーン!?」
「ふふ、大丈夫ですよキクズナ。ちゃんと見えてますから」
「いやぁ、見えてるだけでは……なんとも……」
フォローは微妙だが、エプロンドレスを着たリナムから微笑みかけられた事で良しとするキクズナ。地味な色ながら、リナムという素材が良い為に輝いて見えたという。
『さて! それじゃ早速暴れるか! ワァチャ――』
「待て魔女よ。話を聞いていたのか。ロキは部下を人質に取られているそうだ。先ずは彼等を解放してやるべきだろう」
「靖破様の仰る通り、まずは兵達を解放して回り、暴動を起こしてもらいましょう。そして兄様の警備が手薄になったところで」
『ドカンッ! だな。よっし! そんじゃ近くの奴から助けてやるか! ドリャアァァーー!!』
「シュラ様!? そこは多分ちが――」
考えるよりも先に体が動き、制止の声より速くに拳が飛び出る。さっきまでおっさん達の世間話を膝を折って聞いていただけに、解き放たれた一撃は弾丸の様に一瞬だった。
その拳で身近にあった建物の壁は大破し、盛大な衝撃音と地震を思わせる揺れが周辺に響きわたる。絶対に暴れる事しか頭にないと、靖破は思った。
「あぁん!? なんじゃあぁぁ! カチコミかぁっ!」
「出会え出会えー! なんかわけわからん女が怒鳴りこんで来たぞ!!」
「人様の休息を奪いよってバカタレがぁっ! 東の海に沈めたるけぇのぉ!!」
『おー! なんかめっちゃ怒ってんな! 勢いがあって嫌いじゃない! うちも暴れるぞーー!!』
破壊された建物の中から、ヤクザチックな北鑑兵達が出撃してくる。石を投げられてブンブンと飛び出してきた、蜂の大群を思い浮かべてもらうとわかりやすい。
要するに、シュラは仮眠を取っている北鑑兵の群れを殴り起こしたのだ。そりゃ誰であろうと怒る。
『うちのとっておきをくらえっ! ワチャァーー!!』
「ぐわぁっ!?」「ひぎぃ……!?」「あべっ!?」「ごほぉっ!!」
『わーはっはっは!! まだまだ! アチャーーック!!』
「ぬわんとっ!?」「ぼげぇっ……!?」「ぐは……!」「ぎょわぁぁーー!?」
そんな事情はお構いなしに暴れ回るシュラ。拳一振りで敵兵が瓦礫ごと吹き飛び、蹴りの一撃で空間が歪み、さらなる騒ぎとなって秒ごとに敵が増える。
まったく話を聞いていない破壊の魔女を前にして、感情に疎い靖破をしても呆れざるを得なかった。彼は敵が集まり尽くす前に、リナムとキクズナ、同行している十数名のバルチャー兵を離脱させるべきと考える。
「…………リナム、キクズナ。早くも作戦変更だ。魔女と俺が暴れる故、隙を突いて捕虜を解放していけ」
「承知しました。靖破様、ご武運を」
シュラの暴れっぷりを見て、俺の出番はなさそうだと思う靖破。シュラの暴れっぷりを見て、靖破の出番はなさそうだと思うリナムとキクズナ達。
それでも一応、武運を祈って祈られて、それを合図に彼等は別行動に移った。




