第44話 教習所に避難
やっとだ、やっと教習所だ!
角を曲がり、教習所の入り口が視界に入った瞬間、南條が弾けるように声を上げた。
「やったわよ私たち! ハグレじゃなくてモンスターに襲われたのに、無傷だし!」
斑鳩だけは、又手首がおかしくなっていたが黙っていた。
その声には、さっきまでの恐怖が嘘のような高揚が混じっている。
「……ようやくだ。早く家に帰って、酒でも飲んでベッドに倒れ込みたい……」
斑鳩が肩を落としながらぼやくと、
「オッサンだな」
佐藤が即座に笑いながら突っ込む。
(精神と肉体は若返ってはいるが60歳で定年、22歳に転生後28歳だから実質66歳か……オッサン呼ばわりされても悔しくないな)
心の中で斑鳩は思っていた。
「オッサンにオッサンって言われてる」
その言葉がなぜか南條のツボに入ったらしく、ゲラゲラと笑い出した。
そんなやり取りをしながら、三人は教習所の敷地内へと足を踏み入れる。
入口には、いつも見慣れた警備員の姿に加え、完全武装のワーカーらしき男女が二名立っていた。装備の雰囲気からして、明らかに場慣れしている。
「お前たち、大丈夫だったか?」
警備員が声をかけてくる。
「大丈夫……ではないですね。幸い怪我はありませんでしたが、狼型に五匹襲われました。二匹は逃がしましたけど」
佐藤が落ち着いた口調で状況を説明する。
「そうか、無傷でそれだけの成果……生徒なのによくやったな」
警備員は感心したようにうなずいた。
「今はベテランワーカーが来ているし、講師たちも揃ってる。ここは安全だ。中に入って休んでくれ。食堂で避難民の受け入れをしている。後で誰かが詳しい話を聞きに来るかもしれないが、その時は頼む」
「狼型程度なら、俺たちで何とかなる。後は任せてくれ」
男のベテランワーカーが軽く肩をすくめて言う。
「所詮、ダンジョン低層にいる連中だ。大したことは――」
「ちょっと、油断しないでよ」
言い切る前に、女のベテランワーカーが鋭く遮った。
「低層のモンスターでも数が揃えば厄介だったでしょ!だからこそ気を引き締めなさい」
「……はいはい」
男は苦笑しながら返事をする。
三人はそのやり取りを横目に見ながら、教習所の建物へと入っていった。
張り詰めていた緊張が、ようやくほどけ始める。
少なくとも今は――ここは安全だった。
食堂の長テーブルに腰を下ろすと、ようやく全身から力が抜けた。
避難してきた近隣住民や、別の生徒達のざわめきが広がっているが、三人の周囲だけ妙に静かだった。
「たまたま、斑鳩君が訓練用にこん棒持って帰ろうって言ってくれなかったらさ……」
南條が、紙コップの水を一口飲んでから言う。
「アタシ達、本当にヤバかったよね。あれ無かったらって考えると、今さら震えてくるんだけど」
「確かに」
佐藤も大きく息を吐く。
「正直その時は、マジメかよって思ったけどさ。借りといて本当に正解だった。ハグレ相手でも軍手無しなら切傷だらけになったり指やられる可能性あるのに、ハグレになる前のモンスターは別格だわ」
言葉が止まらなくなったのか、佐藤は身振り手振りが大きくなる。
「あのこん棒が無かったら無理。絶対無理。三人いりゃ一匹くらいは何とかなったかもしれんけど、五匹だぞ? 五匹! 冷静に考えたらヤバすぎる!」
「う、うん……」
斑鳩は苦笑しながら頷く。
「まあ……結果的に良かった。それに尽きるよ」
――神っぽい人に言われた、なんて話せるはずもなかった。
斑鳩は紙コップを見つめながら、胸の奥に残る違和感を言葉にする。
「でもさ……一つだけ気になるんだ。結界が破損って、どういう状態なんだろう」
「一個や二個潰れたくらいで、あそこまで警告出るものなのかな。結界って、部分的に壊れても全体は機能するはずだよね?」
転生してきてから得た、浅い知識。
それでも、今回の状況はどうにも腑に落ちなかった。
「まあ……多分だけどな」
佐藤が少し声を落とす。
「アナウンスで言ってただろ、ダンジョン出口出現って」
二人の視線が佐藤に集まる。
「新しいダンジョンが発生したんじゃないか?」
「もし結界の内側に出入口ができたなら、結界なんて関係なくなる。中から出てこられるんだからな」
「……あり得るね」
南條が顔をしかめる。
「前にニュースでやってたじゃん。住宅街のど真ん中に夜中突然発生して、大惨事になったってやつ」
「ああ、あったあった」
佐藤は軽く笑う。
「怖ぇなーって思ってたけど、もし今回もそれなら……不幸中の幸いだな。ここら辺、ほぼ山だし。人的被害も、たぶん俺達くらいで済んでるだろ」
「笑えないんだけど!」
南條が即座に突っ込む。
「私達、普通に死にかけたのよ!?」
「悪い悪い」
佐藤は素直に頭を下げた。
斑鳩はその様子を見ながら、胸の奥がざわつくのを感じていた。
結界の破損?そして
未確認情報だけどダンジョン出口の出現。
そして、教習所のすぐ近くまで来ていたモンスター達。
――今回だけで終わる話とは思えなかった。
食堂の照明が、わずかに揺れた気がした。
誰も気に留めなかったが、斑鳩だけは無意識にこん棒を握り直していた。
嫌な予感が、まだ消えていなかった。




