第43話 再び狼型
草むらの向こうで、低く湿った唸り声が重なった。
それは一匹分の音ではない。確実に、複数だ。
「きっと午前中に逃げた奴だよ……」
南條が唇を噛みながら言う。
「狼型は鼻が利くって、聞いたことある」
「かもしれんな」
佐藤がこん棒を握り直す。
「一番強い郷山講師がいないって分かって、来やがったな」
草が揺れ、影が走る。
斑鳩は素早く数を数えた。
「……前方三、後方二。合計五匹だ」
三対五。
数字だけ見れば、どう考えても分が悪い。
郷山がいれば余裕だったかもしれない。
だが、今ここにいるのは自分たち三人だけだ。
走って逃げ切れる相手じゃない。
救援も来ない。
やるしかない。
「来るぞ!」
その声とほぼ同時に、前方の草むらから一匹が飛び出してきた。
斑鳩は、迷わずこん棒を振り切った。
普段ハグレ相手には決してしない、全力のフルスイング。
外せば終わり。だが、生半可な攻撃では逆にやられる。
その覚悟ごと叩きつける。
鈍い衝撃音。
こん棒は狼型の胴に深く入り、そのまま後続で跳躍していた別の一匹にぶつかった。
「今だ!」
その隙を逃さず、佐藤が前に出る。
前方から迫っていた残りの一匹に対し、上から振り下ろすようにこん棒を叩き落とした。
骨が砕ける感触。
狼型は地面に伏し、ぴくりとも動かなくなる。
一方、後方。
南條は二匹を相手に、左右へ大きくこん棒を振り回していた。
攻撃というより、明確な牽制。
飛び掛かろうとする狼型たちは、その勢いに踏み切れず距離を保っている。
「くっ……来るなら来なさいよ!」
その間に、斑鳩は最初に吹き飛ばした一匹へ駆け寄り、頭を狙い確実にトドメを刺す。
同時に、佐藤も斑鳩がトドメを刺した狼型の後ろにいる体勢を崩していたもう一匹を、頭上からの一振りで沈めた。
残り……2匹
狼型たちは、状況を悟ったかのように一瞬だけ唸り声を上げると、踵を返し草むらへと消えていった。
静寂。
荒い呼吸だけが残る。
「……私、凄くない?」
南條がぱっと顔を上げる。
「二匹、追っ払ったよ!」
「南條さんが後ろを抑えてくれてたおかげだよ」
斑鳩が素直に言う。
「あれがなかったら、挟まれてやられてたな」
「ああ」
佐藤も深く息を吐く。
「後ろを気にせず前に集中できた。正直、今回は死を意識したぜ」
二人から褒められ、南條は少し照れたように鼻を鳴らした。
三人は、改めて互いの無事を確認する。
全員、立っている。
それだけで、今回は上出来だった。
だが――
この世界は、容赦なく本気で牙を剥いてくる。
斑鳩は、こん棒を強く握り直した。
倒した狼型魔物の後処理に入ろうとして、斑鳩ははっと気づいた。
……刃物が無い。
マチェットは訓練用で、今日は借りていない。
三人が持っているのは、いずれもこん棒だけだった。
「……どうする?」
斑鳩がそう言うより早く、佐藤が周囲を見回し、足元に落ちていた太めの木の枝を拾い上げた。
「これでいい」
そう言うと、狼型魔物の胸元――魔石の位置に枝の先を当て、
自分のこん棒を振り上げる。
ゴンッ、と鈍い音が響いた。
一度では砕けず、二度、三度と打ち込む。
やがて、ひび割れた魔石が砕け散り、魔物の体が白い霧となって霧散していった。
「……わぉ」
南條が、目を丸くする。
「こんなんで後処理できるんだ!」
「慣れだな」
佐藤は肩をすくめ、少し誇らしげに言った。
「普段、ハグレとやり合ってる農家の知恵ってやつだ。刃物が無い時も多いからな」
「普通にスゲー……体内にあるあんな小さい魔石を手探りで見付け枝で破壊って……」
斑鳩は素直に感心するしかなかった。
魔石処理は講習で習ったが、ここまで即興でやる発想は無かった。
佐藤は周囲を一度だけ見回し、こん棒を握り直す。
「よし、長居は無用だ。さっさと教習所に戻ろう」
前方を指差しながら続ける。
「あそこの曲がり角を通り過ぎたら、もう見えるはずだ」
その言葉に、三人とも無言で頷いた。
こん棒を構え直し、再び足早に歩き出す。
――今度こそ、何事もなく辿り着けることを祈りながら。




