第41話 危険が迫る
教習所の教室に戻ると、瀧山班の受講生たちが所在なさげに座っていた。
全員そろっているのに、肝心の瀧山教官の姿だけがない。
「まだ来てないの?」
南條が呆れたように聞くと、向こうの班の一人が肩をすくめた。
「はい……。待機って言われたまま、ずっとここで。連絡もなくて」
その様子を一瞥すると、郷山教官は小さく舌打ちし、教壇に立った。
「全員、聞け」
教室の空気が一気に引き締まる。
「本日の教習は、ここで終了とする。理由は分かっているな」
誰も口を開かない。
だが、つい先程の狼型魔物との遭遇が、3人の脳裏に浮かんでいた。
「現在、教習所周辺でダンジョン出口の一時発生が複数確認されている。原因は調査中だが、安全が確保されるまで通常の教習は中止だ」
ざわ、と小さくどよめきが走る。
「よって――今週一週間、教習所は休みとする」
「えっ」
「休み……?」
意外そうな声が上がるが、郷山は構わず続けた。
「ただし、休養ではない。各自、自宅で出来る範囲のトレーニングを行え。筋力、持久力、体幹。最低限だが、やるかやらないかで生死が分かれる」
その言葉に、斑鳩は自然と背筋が伸びた。
今日の出来事を思えば、冗談では済まされない。
「次に集まる時は、状況がさらに悪化している可能性もある」
郷山は一人一人の顔を見回す。
「生き残りたいなら、体を作っておけ。以上、解散」
それだけ言うと、郷山教官は教室を後にした。
しばらくの沈黙の後、佐藤がぽつりと漏らす。
「……筋トレって、どれくらいやればいいんだろ」
「少なくとも、今日みたいに足が止まらない程度にはね」
南條が苦笑する。
斑鳩は何も言わず、自分の手を見た。
マチェットを握っていた感覚が、まだ残っている。
――休み、か。
――でも、次は“もっと危険”かもしれない。
そんな予感だけが、胸の奥に重く沈んでいた。
帰ろうとして準備を初めていたら
突然目の前が真っ白な世界になった。
そこは神っぽい存在がいる世界だった。
神っぽい存在が目の前に当たり前の様にいた。
『このままだと、命の危険がある。自宅で練習したいからと言って練習用こん棒を借りてから帰れ。それと、一緒に帰る2人にも同様にこん棒を持たせろ。以上だ、時間を止めて伝えているからこれ以上は無理だ。又、今夜夢の中で話す。』
次の瞬間、元の世界に戻っていた。
斑鳩は、首をブルブルっと振り辺りを見渡す。佐藤と南條も帰り支度を初めていた。
斑鳩孝一は、今しがたまでの光景が幻だったかのように、もう一度だけ首を振った。
教室の蛍光灯、机の並び、帰り支度を始める受講生たち。すべてが元通りだ。
時間、止まってたよな……?
そう思わずにはいられなかったが、周囲の誰一人として違和感を覚えた様子はない。
佐藤タケシはザックの中身を確認しながら腰を伸ばし、南條アズサはスマホを見て帰りの電車を調べている。
「……あれ?」
斑鳩は、神っぽい存在の言葉を思い出し、胸の奥がじわりとざわついた。
このままだと、命の危険がある。
練習用こん棒を借りて帰れ。
一緒に帰る二人にも持たせろ。
あれ、冗談じゃなかったよな。
斑鳩は一瞬迷ったが、決断は早かった。
この世界では「迷ったらやる」が正解だと、ここ最近で嫌というほど学んでいる。
「佐藤さん、南條さん」
二人が同時に顔を上げる。
「ん?どうした斑鳩」 「なに、忘れ物?」
「……ちょっといいですか。帰る前に、練習用のこん棒、借りていきません?」
一瞬の沈黙。
「こん棒?」
南條が眉をひそめる。「今週、教習休みでしょ?筋トレだけじゃなかった?」
「それなんですけど……」
斑鳩は言葉を選びながら続ける。「なんとなく、です。今回の異変、ちょっと嫌な感じしませんでした?」
佐藤は数秒考え、ふっと笑った。
「……確かにな。家でゴロゴロしてるより、振れるもんがあった方がいいか」
「え、佐藤さんまで?」
南條が驚いたように見る。
「腰には気をつけるけどな。素振りくらいなら問題ない」
南條は腕を組み、少し考えてから肩をすくめた。
「まあ……実戦でマチェット振って、何もせず一週間は逆に怖いか。いいよ、借りよ」
斑鳩は、内心で大きく安堵する。
「じゃあ、三人分ですね」
教習所の倉庫で手続きを済ませ、各自が一本ずつ練習用のこん棒を受け取る。
マチェットより軽く、しかし振れば確実に重みを感じる代物だ。
刃物と違って貸出許可も簡単に出る。
佐藤が肩に担ぎながら言う。
「しかし斑鳩、今日はやけに勘がいいな」
「……そうですか?」
「うん。悪い意味じゃなくてな。そんな斑鳩が言うんだからもしかしたら帰り道で何か起きるのかもな」
南條もちらりと斑鳩を見る。
「確かに。今日の狼型との動きも早かったし」
斑鳩は曖昧に笑った。
神っぽい存在のことを話すわけにはいかないし、話しても信じられないだろう。
「たまたまです。運が良かっただけで」
だが、心の奥では確信していた。
これは“たまたま”じゃない。
助言がなかったら、きっと後悔してた。
三人はこん棒を携え、夕暮れの教習所を後にする。
今週は休み。だが、休息ではない。
斑鳩孝一は、無意識のうちにこん棒を握る手に力を込めていた。
今夜、また話すって言ってたな。
その予感だけが、妙にはっきりと胸に残っていた。




