第38話 接敵
撤退を告げられ、四人は来た道を引き返し始めた。
とはいえ、ただ来た道を戻るだけではない。
郷山は先頭に立ち、周囲を鋭く警戒しながら歩いている。
時折立ち止まり、地面や木の根元、風の流れを確認するその様子は、教室で見る講師の姿とはまるで別人だった。
「静かすぎるな、、、」
郷山が低く呟く。
「静か、ですか?」 佐藤が小声で聞き返す。
「鳥の声がしない。さっきまではいた」
その一言で、南條の表情が引き締まった。
斑鳩孝一も、さっきから続く軽い目眩と、頭の奥がじんわり熱を持つ感覚に気付いていた。
これが郷山の言っていた「魔力酔い」なのだろう。確かに、酒を飲んだ後の、少し世界が遠くなる感覚に似ている。
「歩幅を小さく、深呼吸しろ。急ぐな。転んだら終わりだ」 郷山が振り返らずに指示を飛ばす。
言われた通りにすると、多少は楽になった。
「なあ……本当に戻れるんだよな?」 佐藤が不安を隠しきれずに言う。
「戻れなかったら、俺が責任取る」 郷山は即答した。 「だから余計な事は考えるな。今は周囲だけ見てろ」
その時だった。
南條が、ピタリと足を止めた。
「……講師」
「何だ」
「前方、左。木の陰……何か、いる」
一瞬、空気が張り詰める。
郷山は静かに手を上げ、全員を止めた。
視線の先、木々の隙間。確かに、何かが動いたように見えた。
「……ハグレじゃない」
郷山の声が低くなる。
「魔力の濃さが違う。まだダンジョン“中”の匂いがする。」
斑鳩の背筋を、冷たいものが走った。
ダンジョン内のモンスターと同程度。
さっきまで机の上で聞いていた話が、急に現実になる。
「戦うんですか……?」 佐藤が震え声で聞く。
「戦わない」 郷山は即座に否定した。 「相手に気付かれていないなら、最優先は離脱だ」
郷山は、小声でゆっくりと後退を指示する。
四人は音を立てないよう、慎重に足を運んだ。
だが――
枝が、バキリと折れた。
全員の動きが止まる。
「……見つかった、かもしれん」
郷山が歯を食いしばる。
斑鳩孝一は、この瞬間になってようやく理解した。
これは訓練ではない。
訓練中に起きた、本物のトラブルだ。
(野外訓練初日から、これかよ)
そう思った瞬間、
森の奥から、低く、湿った唸り声が響いた。




