第34話 ハムスターの名前
郷山が黒板の前に立ち、いつもより少しだけ真剣な顔で言った。
「来週からの野外での実施訓練の説明をする。班はこの前言った通り二班に分ける。最初の 1 週間は日帰りだが、次の週からは野外訓練で 1 泊する事にもなるから覚悟しておけ」
教室の空気が少しだけ重くなる。
誰もが、泊まり込みの訓練という言葉に緊張を覚えた。
郷山は続けて言った。
「それと、練習の時に見たハグレだが……たまに強い個体がいたと思う。あれはハグレではない」
教室が一気にザワつく。
「え、じゃあ何だったんだ?」「普通に強かったよなあれ」「嘘でしょ……」
そんな声が飛び交う中、郷山は手を叩いて静かにさせた。
「落ち着け。あれはダンジョンからそのまま連れてきた個体だ。もちろん、ダンジョン内で遭遇するモンスターでも弱い個体ばかり選んで連れてきている。だから野外訓練ではそれより弱いハグレしかいないから過剰に緊張する必要はない。気楽にやれ」
再び教室がざわつくが、さっきよりは落ち着いた反応だ。
斑鳩は、窓の外をぼんやり見ながら考えていた。
(……ダンジョンからそのまま、って。そんな事できるんだ)
昨日からハムスターの件で慌ただしい時間を過ごしたが、今は頭の中に余計な声はない。
ただ講義とざわめきだけが耳に入る。
ふと、胸の奥に小さな不安が芽生えた。
(ダンジョンって、やっぱりとんでもない場所なんだな、そんな所に無謀にも突っ込んでいた俺って何してたんだろ?)
郷山が最後の注意を述べ、講義は淡々と続いていく。
斑鳩は、机の上のノートをゆっくりめくりながら、来週からの野外訓練に向けて気を引き締めていった。
それから、普段通りの講習が始まり
午後からは、ハグレの討伐訓練と解体の練習が続いた。
未だに解体の練習は慣れない血と内臓が無理だった。
他の生徒達も解体に関しては似たような感じだった。野外で水もろくに無いような場所で解体とか出来るのだろうかと不安に成りながら教習所での1日を過ごした。
斑鳩孝一が帰宅すると、玄関からすぐに母親が声をかけてきた。
「おかえり。あっ、そうそう。ハムスターに名前つけたからね!」
靴を脱ぎながら孝一は一瞬きょとんとして、
(ああ……そんな話をしていたような、していなかったような)
と思い返す。
「一応、聞いとくけど。なんて名前になったんだ?」
母親はどこか得意げに胸を張り、にっこり笑って答えた。
「キャシーよ!」
「キャシー?」
妙に洒落ている。外国風。全く予想外。
(よりによって、あの中身のよく分からないハムスターに“キャシー”
似合うっちゃ似合うけど、なんかすごく複雑だ)
母親はそのまま続ける。
「なんかねぇ、女の子っぽい顔してたから。キャシーって、可愛いでしょ?」
斑鳩は苦笑を浮かべながらうなずく。
「まあ、可愛いけど。」
(僕とか言ってる時もあったしオスだと思っていた。)
そして階段を上がり、自分の部屋のドアを開ける。
ケージを見ると、ハムスターもとい“キャシー”は
腹を出してひっくり返りながら寝ていた。
無防備すぎる姿に思わず溜め息が漏れる。
「キャシーね。お前、名前までついたぞ」
返事は当然ない。
念話も何も飛んでこない。
ただ、スースーと寝息のような音だけが聞こえる。
(なんだろう。不安になるな。
コイツの正体とか、これから何があるのかとか)
胸の奥に小さなモヤモヤを抱えつつ、
キャシーの寝相を見て、思わず苦笑してしまう斑鳩だった。




