第20話 口枷無しでの戦い
午後になり、いよいよ口枷無しの実施訓練の時間が訪れた。
郷山は全員を見渡し、いつもより厳しい表情で告げる。
「この2週間、みんなよく頑張ってきた。毎日ハグレを倒してきた経験がある分、恐怖心は少し薄れてきているはずだ。だが――油断は禁物だ」
受講生たちの間に、静かな緊張が走る。
「今までのホーンラビットは口枷をつけていたし、扱いやすい大きさの個体だった。今日からは、小さな個体から始める。最終日には、複数体同時に相手に出来るようになってもらう」
“口枷無しか…”
孝一は思わず喉を鳴らした。
しかし、“小さい個体から”という言葉で少しだけ肩の力が抜ける。
郷山は誰から始めるか一瞬迷い、そして名前を呼んだ。
「斑鳩」
「えっ、俺…?」
だが檻の中を覗くと、そこにいたのは1.5Lペットボトルほどの小さなホーンラビット。牙こそ鋭いが、これまでの大きい個体のほうがよほど怖かった。
孝一は息を整え、棒を握り、軽く一振りした。
ホーンラビットは檻の網へと吹き飛ばされ、そのまま動かなくなる。
「よし、次」
その後も順調に訓練は進み、全員が次々と小型ホーンラビットを倒していった。
そして最後は佐藤タケシの番だった。
郷山が言う。
「佐藤には、特別課題を用意した。小型ホーンラビットが二匹だ。準備はいいか?」
「はい。お願いします」
佐藤は真面目な表情で頷く。
昨日までの軽口を叩く姿とは違い、完全に“仕事として向き合う農家の男”の顔だった。
檻に入ると、二匹のホーンラビットが同時に佐藤へ飛びかかった。
しかし佐藤は落ちついていた。一歩だけ後ろに下がり、距離を調整しながら――
片方を左手で確実に掴み、
もう片方には右手の棒で冷静に一撃を入れる。
倒した個体を確認してから、掴んでいた個体を地面へ素早く叩きつける。
動作ひとつひとつが丁寧で無駄がなかった。
派手さはないが、熟練の農作業者らしい、確実で堅実な動きだった。
郷山が小さく頷く。
「…よし、合格だ。落ち着いていて良い動きだった」
佐藤は額に少し汗を浮かべながらも、淡々と返す。
「ありがとうございます。毎日やっているうちに、最適な戦いが解ってきました。農家やってる時は結構怪我だらけでしたよ」
その言葉に、周囲の受講生から感嘆の声が漏れた。
孝一は思う。
――やっぱこのオッサン、地味にすごい。




