第16話 再び白い空間
「ただいま〜」
玄関のドアを開けた瞬間、いつもの匂いと、少しだけ漂う夕飯の残り香が鼻をくすぐった。
「ご飯は、外で食べてきた〜」
靴を脱ぎながらそう言うと、すぐに台所から母親の声が飛んでくる。
「え〜!? 作ってたのに! もう、先に言ってよ〜!」
少しムッとした声だが、怒っているというより“がっかり”の比率が高い。
孝一は思わず苦笑いを浮かべる。
「ご、ごめん……次はちゃんと言うから!」
「ほんとに頼むよー」
そんな会話をしながら、洗面所へ向かう。
服を脱いで軽くシャワーを浴びる。
水が頭から流れていくと、今日一日の疲れが一緒に流れ落ちていくような感覚がした。
(なんか、色々あったな……)
初日の講習会、初めてのハグレ退治、佐藤と南條とのファーストフード店での雑談。
前世のブラック企業に比べると、理不尽さは依然として多いが、それでも——
「悪くない一日だったかもしれない」
と、ふと思った。
シャワーを終えて自室へ戻り、布団の中に潜りこむ。
身体はすぐに脱力し、意識が沈むように落ちていく。
まぶたが重くなり、深く深く沈んでいって——
気がつくと。
孝一は、あの白い霧のような空間に立っていた。
何もない、しかし“存在”だけが充満している場所。
そこには──神っぽい、例のあの存在が、まるで最初からそこにいたかのように浮かんでいた。
白い靄が揺らめく空間。
孝一は気づけば、またあの“神っぽい存在”と向かい合っていた。
「やぁ孝一。順調かい?」
のんびりした声が落ちるが、孝一の顔は渋い。
「順調どころじゃないって! 元の世界と“ちょっと違う”程度だって聞いてたのに、怖すぎるんだけど!?」
「まぁまぁ、慣れるって。だいたいの初日組はビビってるからね。標準反応だよ」
軽くいなされ、余計に不安になる。
孝一は意を決して、聞きたいことをぶつけた。
「……ねぇ、この世界のこと、もう少し説明してくれない? 何でこんな危ないダンジョンがあるの?」
神っぽい存在は「あー、それね」と頭の後ろをぽりぽり掻く。
「実はね、この世界……最近“別の世界”と繋がりかけたんだよ」
「え?」
「世界同士がぶつかるような感じ。で、そのエネルギーが流れ込んで──人間の憎悪とか恐怖みたいな負の感情と混ざり合って具現化した。それが、いわゆる“ハグレ”だったり“ダンジョン”だったりする。100年前にダンジョンが出来たのもそれが原因で、今回既にダンジョンがある状態で再び世界同士がぶつかりかけたんだ」
孝一は思わずゾッとする。
「じゃあ……あの化け物って、負の感情の集合体が形になったもの?それのエネルギー?が追加された感じ?自分が来たせい?」
「来たせいでは無いと思う。原因は別の神っぽい存在が調査中なんだけど……ま、まだ何ともわかってない」
一気にスケールの大きな話になり、孝一は口を開けたまま固まった。
神っぽい存在はさらりと続ける。
「でね。君らワーカーが倒したハグレから出てくる“魔石”あるでしょ?
あれ、私たちに献上してもらうと……他の世界との繋がりが薄まるんだよ。
つまり、この世界が壊れるリスクも減るし、ついでに私の力も戻る」
「……あ、二つの意味で重要ってこと?」
「そう。世界の安定にも必要だし、私のパワーアップにもね」
そう軽く言うが、内容はかなり重い。
「じゃ、本題に戻ろうか。君の今のままじゃ、いずれ命を落とす気配があるんでね。スキルを上げるよ」
「おおっ……!」
期待が膨らむ。
「与えるスキルは──自己治癒(小)。
ほんと小。ミニ。おまけレベル」
「……小ぉ!?」
「だって転生で力を使っちゃったから、今はこれが限界なんだよ。
でも安心しなよ。魔石を献上してくれれば、もっと大きいの、バンバンあげられるようになるから」
孝一は胸がドクッと高鳴る。
(……魔石を集めれば、この世界も救えて、俺も強くなれる……?)
そんなRPGみたいな構図に、妙にワクワクしてしまった。
神っぽい存在はふわっと笑う。
「じゃ、今日はここまで。続きはまた今度ね。
がんばりなよ──ワーカー見習いくん」
その声が遠ざかり、視界が白く弾けた。
孝一は、ぱちりと目を覚ます。
天井だ。
夢のようで……だが、確かに胸の奥が熱い。




