第15話 懇親会?
夕方の柔らかい陽が差し込む頃、シャワーを浴び終えた南條アズサが再び教室へ戻ってきた。
髪をタオルでざっと拭いただけの無造作な姿だが、戦闘後の清々しさが漂っている。
「お待たせ〜。返り血マジで落ちない、もう最悪」
その言葉に、佐藤も孝一も苦笑してしまう。
三人はそのまま駅前へ歩き、研修所から数分のファーストフード店に入った。
店内は夕食前の時間帯で、学生やサラリーマンでそこそこ賑わっている。
運よく窓際の席が空いていて、テーブルを二つくっつけ三人で腰を下ろした。
ジュワッと揚がる音や、ポテトの香ばしい匂いが疲れた身体に心地よかった。
佐藤タケシの話
最初に口を開いたのは佐藤だった。
「んじゃ、改めて自己紹介すっか。
おれ、佐藤タケシ。見てのとおり農家よ」
ぽっこりとした腹を軽く叩きながら笑う。
「畑仕事してるとよ、年に数回はハグレ出るんだよ。
野菜食い荒らしたり、農具小屋荒らしたりな。
だからまあ、その度に追い払ってきたんだが……実は今日が初めてじゃない」
「やっぱ経験者か〜」とアズサが少し感心した声を上げる。
「まあな。だけど効率悪くてよ。
毎回クワ振り回して腰やら肩やら痛くしてんだ。
軍手だけの時なんか引っ掻き傷だらけになるしよ
ワーカーになるつもりは特にねぇけど、
“安全に、早く片付ける方法” とかは覚えておきたくてよ。
Eランクくらい取れりゃ十分だ」
そう言って笑う佐藤は、戦闘後とは思えないほど気楽で、
“本物のベテラン”という雰囲気が漂っていた。
南條アズサの話
続いて、南條アズサがストローを弄びながら言った。
「じゃあ、私ね。
南條アズサ。見た目通りサバサバしてる……って昔からよく言われる」
今日の暴走ぶりを思い返し、孝一は(サバサバ……?)と思ったが黙っておいた。
「私ね、車あるじゃん? あれをハグレに潰されたのよ」
「マジかよ」と佐藤が眉をひそめる。
「マジ。しかも買ったばっか。ローン残りまくり。
それで会社の駐車場に停めてたらハグレが窓ガラス割って中に入って車の中で荒らしまくりで
あの瞬間、全身の血が逆流したね」
アズサは空中で拳を握り、思い出しだけで怒りが蘇るらしい。
「だからワーカーになるって決めた。
復讐ってわけじゃないけど、まあ……
“あん時の恨み、違う奴で晴らす”って感じかな?」
「それ復讐だろ……」と佐藤が笑いながら突っ込む。
斑鳩孝一の話
二人の視線が自然と孝一へ向けられる。
「で、斑鳩くんは? ワーカーになりたい理由って?」
孝一はしばらく迷い、結局こう答えた。
「……自分を変えたくて、って感じです。
今までは何かと逃げたり、避けたりしてきたので……
このままじゃ嫌だなって思ったんです」
事実とは違う。
本当は“転生、過労死、ブラック企業”という混沌の経歴が山ほどある。
しかし話せるはずもなく、無難な言葉でごまかした。
だが——
「へぇ……いいじゃん、そういうの。
理由なんて、人の数だけあっていいんだし」
アズサは素直に言ってくれた。
「若いってのは伸び代あるからなぁ。
まあ頑張れよ、斑鳩くん」
佐藤も疲れた笑顔で背中を押す。
その二つの言葉だけで、胸の奥がじんわり熱くなった。
食事は自然と雑談へと変わった。
「今日のあれ、素手でハグレ倒すのスゴかったわよ、佐藤さん」
「いやぁ、普段の畑仕事の延長だよ。
軍手だけで挑むときはちょっとスリルあるけどな!」
「スリルどころの話じゃないだろ……」
と孝一が突っ込む。
「アタシはさ〜、どう考えても怒りパワーで殴りすぎたわ。
講師に止められた時、正直ちょっと我に返った」
「“ちょっと” か?」と佐藤。
「ちょっとだってば!」
アズサがむくれると、三人は思わず笑った。
その後も、夕暮れが夜へ変わる頃まで他愛もない話が続いた。
・佐藤の農作業の愚痴
・アズサの会社の人間関係のぼやき
・孝一が今日の一撃目で手首がまだ捻挫してまだピリピリするとこぼしたり
初日とは思えないほど距離が縮まり、心の緊張がすうっとほぐれていった。
店を出ると夜風が心地よかった。
「じゃ、おつかれ〜! また明日ね」
「気を付けて帰れよ、二人とも」
二人が手を振り合い、それぞれの道へと散っていく。
孝一も家へ向かいながら、胸の奥で静かに思った。
(……俺、少しだけ頑張ってみてもいいかもしれない)
そんな、小さな決意が灯った夜だった。




