第11話 自分の番が周ってきた
「では次は——斑鳩孝一」
郷山講師の声が響く。
孝一の心臓が「ドクン」と嫌な音を立てた。
——来た。
足が自然と震える。
視点が定まらず、周囲の景色が少し揺れて見える。
“怖い”という感情を超えて、完全に本能で拒否している状態だった。
だが、そんな時だった。
頭の奥底で、忘れかけていた記憶が一気に蘇る。
——60歳、定年後の過労死。
——神みたいな存在に“やり直し”をしてもらい、28歳で再び過労死。
——そして今度はこの世界へ。
『オマエ、もっと違う人生あっただろ?』
神っぽい人の呆れた声が浮かぶ。
(……あったよな。あったはずだよな……)
チート能力なんて、なかった。
ステータスが異常に高いわけでも、魔法が使えるわけでもない。
あると言えば——ただ “22歳の若い体と精神年齢に戻った” それだけ。
(こんなことなら……何か一つでも、チートを貰っとくんだった……
あの人、たぶん頼んだらくれただろ……)
今さら悔やんでも遅い。
「斑鳩孝一!」
郷山の声が鋭く飛ぶ。
「……棄権するのか?
まあそれでもいいが——どうする?」
逃げ道が示された。
だが同時に、ここで棄権したら二度目の人生をまた“流されるまま”にする自分が見える気がした。
——二度の過労死。
——流され続けた人生。
——何一つ自分で選べなかった人生。
胸がギュッと痛む。
孝一は震える唇でなんとか声を絞り出した。
「……いえ……やります!
そのために、今日来たんです!」
勇気というより、“これ以上逃げたらまた同じ人生になる恐怖”に背中を押されていた。
郷山は一拍置き、静かに頷いた。
「……よし。では入れ」
その言葉と同時に、孝一の足は檻の方へ向いていた。
ガチャ……。
檻の扉が開く。
空気が変わる。
獣臭と鉄のような匂いが混じった、生々しい“死の空気”。
ホーンラビットがこちらを睨みながら、低く唸り声をあげる。
「キ……シャァァァ……」
孝一の背中を冷たい汗が伝った。
——勇気を振り絞ったのに。
——なのに足が重い。
それでも、一歩。
また一歩。
孝一は、檻の中へ足を踏み入れた。
扉が閉まる音が、妙に大きく響いた。
ガシャン——。
もう、逃げられない。




