表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/30

第1話 定年後からのやり直し


■プロローグ

――斑鳩孝一(二十二歳)は、人生に一度“死んだ”男だ。

……正確には六十歳で一度死に、今は「やり直し」として若返っている。

彼が最期に見た光景は、電車のホームに沈む夕焼けでも、家族の顔でもなかった。

倒れたオフィスビルの床、散乱した書類、そして点滅し続ける未読メールの通知。

「……ああ、また、仕事か……」

それが斑鳩孝一の最後の言葉だった。

ブラックIT企業に三十八年間勤め、

平日9時〜21時勤務、片道二時間の通勤。

土曜は休日出勤、日曜は寝落ちするように眠るだけ。

昇給は無く、残業代は申請すら許されない。

それでも「生活のため」に働くしかなかった。

定年を迎えた時には、身体も心もすでに壊れていた。

そして――定年後十五日目。

元職場の幻覚を見ながら

男は静かに、過労で命を落とした。

◇ ◇ ◇

真っ白な空間。

光とも闇ともつかぬ。概念すら曖昧な場所に、孝一は立っていた。

(……ここは、どこだ? まだ“仕事”の夢でも見てるのか……?)

「やぁ、斑鳩孝一。ずいぶん、働いたね」

背後から声がした。

振り向くと、“人の形をした何か”がいた。

男女の区別も、年齢も、輪郭さえ曖昧。

ただ、優しさと哀しさが同居した瞳だけがはっきりしている。

「君は、働きすぎて死んだ。

 この世界ではよくあることだが……私は、たまたま君を観ていた」

「観て……?」

「神、みたいなものだと思ってもらえれば良いよ。

 君が倒れる直前の一週間、私はずっと君の人生を眺めていた」

神のような存在は、静かに笑う。

「定年後の半月で死ぬために、あれほど働いてきたわけじゃないだろう?」

孝一の胸の奥が、じわりと痛んだ。

……そうだ。

若い頃の自分は、こんな人生を望んでいなかった。

本を読みたかった。

旅をしたかった。

恋もしたかった。

ゲームを作る夢も捨てていた。

ただ“忙しい”だけの日々に、すべてを奪われていた。

「斑鳩孝一。君に……もう一度、生きる機会を与えよう」

神のような存在の指先がふわりと光を放つ。

「過去の自分に戻す。精神面も年齢も

 22歳の頃から、君は再び人生をやり直せる」

「……俺に、そんな権利が……?」

「あるとも。君はよく戦った。そして、十分に苦しんだ」

存在は、微笑むというより祈るように言った。

「だから――今度こそ、好きに生きなさい」

光が孝一の全身を包む。

(もう一度……? 本当に、やり直せるのか……?)

――そして世界が跳ねた。


■第1話 「22歳の朝」

まぶしい朝日がカーテンの隙間から差し込む。

スマホの画面には「20XX年 4月14日」の文字。

斑鳩孝一は、跳ね起きた。

「……!? 手が……軽い……」

鏡の前に立つ。

そこに映っていたのは――

かつて忘れかけていた、二十二歳の自分。

しっかりとした黒髪。

疲労の刻まれていない眼。

猫背ぎみの姿勢でさえ、まだ若さを感じさせる。

「本当に……戻ってる……」

夢でも幻覚でもない。

身体の奥に“若さ”が満ちてくる実感がある。

そして心の奥底からじわりと湧き上がる。

(もうあの地獄みたいな会社に行かなくていい……!

 いや、これから行かないといけないけど……でも、未来は変えられる!)

スマホの画面をスクロールすると、メッセージアプリに

ブラック企業の先輩からの圧の強い連絡がずらりと並んでいる。

「……よし。まずは最初の選択肢だな」

孝一は息を吸い、スマホの電源を切った。

静寂が部屋を包む。

(今度こそ、俺は……俺の人生を生きる)

その瞬間――

彼の“やり直し人生”が幕を開けた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ