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第8話 「対戦」~交差する想像力~

描いた線が、また誰かの心を動かすと信じて。


「眼鏡」で見えないものを捉え、

「ペン」で見たい未来を描いていく

打ち切り、謹慎、揺れる仲間たち。

それでも——線を描く理由は、まだここにある。


『描線眼鏡』シリーズ本編第2部始動

 前作同様に水・日曜の午後9時半に投稿の予定です。

 フクハラと別れ荷物を一旦ほどき、宿舎の食糧庫に有った保存食を掻き込むと、一行は慌ただしくも指定された演習地「自衛隊東富士演習場」へと再度車上の人となった。



 タブレットは戦闘にも使うが、新連載に向けての編集作業に欠かせない。


 アツは道中で少しでも作業を進めようと編集アプリを立ち上げようとした。だが画面が薄く白んで、操作を受けつけない。ペンを持ったまま、画面の前で固まった。次の瞬間、無機質な女声が響く。

 

「協会アプリよりお知らせします。研修中は、訓練に関係のない動作は制限されます」


 タブレットの画面には、墨で描かれたような一本の線が浮かび上がっていた。硬質で、ひどく細い。まるで“締切”とでも書いてあるかのような空気だ。


「なんだこれ……マンガも描けないのかよ……」


 一列前の座席では、サキがタブレットを両手で掲げ、何か解除しようと悪戦苦闘しているが――やはり、彼女の端末も反応しない。


「『研修内容に関わらない行動は制約されます』、だってさ」


 助手席のキズナが、少し眉をひそめながら読み上げる。


 彼女の眼鏡越しに反射する液晶の光は、まるで冷たい監視カメラのようだった。


「まさか、編集までブロックされるとはね……」


 ケンの愛車・デリカD:5が、山道を小さく揺れながら進む。


 本栖湖畔を離れ、東富士演習場に向かう舗装路は、朝の霧がうっすらと漂っている。


 9月の冷気が窓の隙間から入り込み、車内はほんのりと緊張していた。


「フクハラさんに連絡取れないかな……」


 サキはスマホを取り出し、ロックを解除する。画面下部に小さなアイコンが現れる。


【協会アプリによって通信は制限されています】


 そして再び、あの冷たいAI音声。

 

「現在位置が訓練指定区域に該当するため、外部通信は遮断されています」


 言い訳の余地もない、見事なほどの一刀両断。


 サキはスマホを伏せる。指先が少し汗ばんでいた。


「つまり、“演習中に勝手な真似はするな”ってことらしいね……」


 キズナがぽつりと呟く。その言葉は、静かに車内全体へと沈んでいった。


 「まぁ、しゃーねぇな」


 ケンがアクセルを少し強く踏み込む。エンジンの唸りが、一瞬、気まずさを消し飛ばす。


「今は戦うしかねえってことだ。ペンの代わりに、線を刻んでこいよ。訓練場でさ」


 誰も返事はしなかったが、その言葉が胸の奥に残った。


 窓の向こう、霧の合間から、白く霞んだ市街地型訓練区画の輪郭が見え始めていた。



 午後の太陽が、かすかに白く煙る演習地を斜めに照らしていた。


 自衛隊東富士演習場――その市街地訓練区画は、コンクリートの構造物によって実際に作られている。


「愛鷹庁舎」「乙女銀行」「レストランFUJI」など現実の施設・建物を反映しているが、あくまでガラに過ぎない。


 ところが描線眼鏡を通して見るとどうか? そこに投影された仮想空間のディテールは、まるで漫画の背景美術のように鮮やかだった。現実と仮想を精巧に重ね合わせた、言わば“模擬戦の都”だった。


 協会と自衛隊の協力関係に基づいた技術革新は市街戦演習、ひいては実際の戦場に置いても革命的な変革をもたらすのかも知れない……そんな未来図を彷彿させる現実離れした光景だった。



 その中枢に、白銀の光を纏った一団が現れる。

 第零戦術創作班――通称、CYPhARサイファー

 その登場は、まるで舞台の幕が上がる瞬間のようだった。


 都市風の十字路に並び立った彼女たちは、まさに“演出された存在”に見えた。

 スーツは白と金属光沢の中間色。銀糸のような装飾が入った軽装戦闘衣。


 そして、全員がかけているのは、描線眼鏡の最新型「Type-S(Spectra)」。


 フレームは白銀から淡青へのグラデーション。眼鏡越しの視界には、常時、網膜直結のHMDが展開されているのだろう。光の屈折さえ、美しかった。

 ペンもまた、フォルムと機能を兼ね備えた意匠。

 各自の身体の一部のように馴染み、無理なく収まっている。


 あくまで「デバイス」ではなく、「芸術作品」の延長線上にある武器たち。

 その中心に立つ存在が、歩み出る。

 真っ直ぐな背筋、飾らない威圧感。

 鋭く切りそろえられた黒髪に、左右対称の眉。指先には、拳と筆を融合した手甲型ペン。


「――栗原アンナ。コードネーム、ANNA」

 抑揚を絞った声が、訓練区画の中に反響する。


「我々CYPhARは、“理想と現実の線引き”を担う者。理念を描き、現実を撃つためにある」


 その言葉に応じて、順にメンバーが前に出る。


「芹沢ナナ、コードネームNANA。完璧主義者にして、線の精度そのもの」


「早乙女ノア、NOA。天使の輪で守りを司る者」


「真壁リン、RIN。人情と義侠を携えた刃の使い手」


「篠原ユア、YUA。突破と信頼の具現」


「上谷カノン、KANON。柔らかき空間の旋律」


「白銀エナ、ENA。分析と配色の魔術師」


「成瀬カナ、KANA。正しき鉄筆に宿る誠実」


「氷室レイ、REI。沈黙の盾、知の守護者」


「橘ジュン、JUN。音と勢いのムードメーカー」


 その“名乗り”は、芝居じみた演出にも見えたが――どこか、凛とした“儀式”でもあった。


 アツは小さく息を呑んだ。


 目の前の彼女たちは、まるでK-POPアイドルがカメラにウインクする瞬間のように、無表情の奥に作られた“完璧な自我”をまとっていた。


「……“第零戦術創作班”って……噂で聞いたことある」 


 サキがつぶやく。眼鏡越しの視線が、わずかに揺れた。


「協会の中でも、マスター支援を排した“自律戦闘集団”。実践評価最上位だって――」


 その説明を受けるまでもなく、キズナたちは直感していた。


 このチームは、“仕上がっている”。

 表情、姿勢、動作、発声。どれを取っても訓練された統一感がある。


 そして、描線眼鏡Spectraが可能にするペア間の視覚/戦術共有。


 彼女たちは、既に“口頭で連携を取る”という段階を超えていた。

 その事実は、むしろ静かな恐怖として迫ってくる。


 その空気を破ったのは、控えめな声だった。


「えー……と、それでは演習ルールを説明します」


 前に出たのは、ノア――コードネームNOA。柔らかなウェーブの髪に、天使の輪を模した白金のイヤーリンクが揺れていた。


「今回の訓練は、チーム内2名ずつによるペア戦を3回。その後、6対6の総合演習を予定しています」


 背後には、協会関係者とおぼしき中年の男性数名――一人はおそらく防衛装備庁の技官とおぼしき人物、もう一人はYAHOのロゴが入ったジャケットを着た技術者風の男が並んでいる。


 彼らの端末越しに、Spectraのリアルタイムデータが逐一送信されているのが、後方モニターのグラフから分かった。


「なお、各戦において師匠マスターによる外部戦術支援は行われません」


 その一文に、ほんの一瞬、アツはキズナの横顔を見た。


 キズナは表情を変えずに頷いた。分かっていたのだ、このルールは。


「ペアごとの判断力、連携、戦術を評価します」


 ノアがにこりと笑って、そう言った。


 その瞬間、演習の空気は、ひとつ“本番”へと切り替わった。



「じゃ、最初の組み合わせはこうする」


 キズナの声は、静かで、しかし少しだけ強い抑揚を持って響いた。

 人工都市の演習場。その中心に、チーム6人が円陣を組むように立っている。


「アツとサチハ。マナセとラン。そして、ワタシとサキ」


 その配置には明確な意図があった。


 ――第一戦、アツとサチハ。最も不安定で未熟な組み合わせ。

 だが、それゆえに未知数。何かが“芽生える”とすれば、ここしかない。


 第二戦はマナセとラン。内面に深い絆を持つ二人。


 第三戦、キズナとサキ。最も安定し、かつ“戦術の核”となる二人で締める。


 「いける?」


 小さく、サチハの視線を受け止める。

 不安と責任と、それでも前を見ようとする意志がそこにあった。


 一方――

 CYPhAR側も、ペアの選出をすでに終えていた。


 最前線に出たのは、リンとカナ。

 義侠のナイフと、誠実の拳。奇をてらわず、真正面から叩き潰すことに長けた近接コンビ。


 その背後で、ナナとユアが控えていた。直感で突破し、精度で貫くペア。


 そして、最後にアンナとジュン。理念と奔放さ。まるで対極の二人が組むことで、最も複雑な戦局を構成する組み合わせだった。


 「狙っていますね……」


 キズナの隣で、サキがぽつりと呟いた。


「最初に“堅実な打撃コンビ”ぶつけてくるってことは、ワタシ達の力量を測ってきています。たぶん、Spectra越しにデータも回収されているはずです」


 キズナは無言で頷いた。

 その眼鏡の奥、わずかに光るHMDには、“残り時間”と“戦闘開始フラグ”が点滅している。


 NOAの優しい声が空気を割った。


 「演習開始します。ご健闘を」


 《開始まで、残り10秒》

 視界の片隅でタイムカウントが点滅を始めたとき、アツは指先に汗が滲むのを感じた。


 右手には“日本刀以外は使いこなせていない”描線ペン。

 左手には、“まだ見えていない”サチハとの連携。


 それでも、もう前に進むしかない。


 「行こう、サチハ」


 「……うん!」


 二人は肩を並べて、路地裏の影へと滑り込んだ。



 市街地の一角、乙女銀行裏手の路地。

 足元には雨上がりのような水たまり。だがこれは演出であって、本物の湿気はない。


 仮想空間の演出は極めてリアルに作られており、光の反射さえも騙されるレベルだ。


 「《ターゲットレンジ=280m±20》」


 アツの眼鏡に浮かぶ数値が、かすかに動いていた。  敵が動いている。だが、視認はまだできない。


 「気配、右上から……多分」


 「うん。そっちはオレが牽制する」


 サチハの言葉は、明確な“確信”ではなかった。

 けれど、アツにはそれが大きな意味を持つ。


 彼女が、何も見えない空間の中で、敵の“位置”を感じ取ろうとしていること。

 それはもう、“戦っている”ということだった。


 「行くぞ!」


 アツはダストボックスを蹴り、左手を壁に沿わせてスライドする。


 その瞬間、金属の光が視界をかすめた。


 ――来た!

 投げナイフ。目視不可の角度。


 Spectraに表示された名前タグ:RIN

 HPゲージがじわりと5%減少。

 それでも止まらずに前へ。遮蔽物に身を滑り込ませながら、ペンを抜き放つ。

 「線、引く!」


 描線がアスファルトに焼き付くように走る。

 その“想像による線”が、空間の重力や抵抗を操作し、彼の周囲に一瞬の“防壁”を作る。


 しかし次の瞬間、重量感のある気配が足元から這い上がってくる。


 「来る!」


 サチハの声とほぼ同時、アツは身をひねった。

 耳元をかすめる――鉄筆型ナックル。カナの正面突破だ。

 真正面からの拳。それは“荒々しさ”ではなく、“誠実さ”の塊だった。


 軌道は潔く、力強い。相手を真正面から受け止める覚悟の線。


 「サチハ、下がって!」


 「うん、でも、まだいける!」


 彼女はアツの後方で小さく手をかざし、短く線を引いた。


 それは回復ではない。ただの補助線。だが、敵の視線を逸らすには充分だった。


 ――リンが一瞬、足を止めた。

 その隙にアツが一歩踏み込み、線を斜めに切り上げる。

 だが――

 「甘い!」

 カナの拳が、寸前でアツの胸部をとらえた。


 《HP -50%》


 視界が赤く染まり、アツはひざをついた。



アツとサチハの戦闘が終わった後も、東富士の人工都市は淡々と次の戦を準備していた。

 負けたとはいえ、互いの信頼を見せた新人ペア。その余韻が、チーム全体の空気をわずかに変えていた。


 「次は、マナセとラン。いけるね?」


 キズナの声に、二人は息を揃えるように頷いた。


 マナセは斧を幻出させたペンを軽く回し、ランは弦を張り直すように幻弓のフレームを指で確かめる。


 「うちら、言葉いらないもんね」


 「うん。色と線で通じるよ」


 静かに、だが確かな呼吸。


 彼らの間にあるのは、練習や訓練で作られた“連携”ではなく、もっと柔らかい“感覚の一致”だった。


 描線眼鏡のHMD越しにも、その息づかいが一体のリズムとして流れているように見えた。


---


 対するCYPhARの二人――ナナとユア。

 片や完璧主義のレイピア使い、もう片や直感と勢いで押し切る突破型。

 理性と本能。正反対の二人が、構築と破壊の二面で戦場を支配していた。


 「目標レンジ、150m以内。行くよ」


 「了解。派手にね!」


 ナナのレイピア型ペンが光を帯びる。

 それは“線を描く”というより、“世界を定義し直す”速度だった。

 光が通過した瞬間、仮想空間の壁がひび割れ、電子の粒子が舞い上がる。

 その裂け目を、ユアが槍と鎖で突き抜ける。轟音が市街区画に反響した。

---

 「マナセ、来る!」

 ランの声が鋭く跳ねた瞬間、マナセは既に走り出していた。

 弾丸のような突撃。

 斧の重さを、彼はほとんど感じていない。ただ、線の流れに身を委ねている。


 金属と金属がぶつかるかのような音が響く。


 ナナの細剣が斧をいなして干渉する度に、仮想空間に火花が散り、空気が熱を帯びていく。


 その後方、ランの弓が淡い光を放ちながら弦を鳴らす。

 放たれた矢は、線ではなく“心拍”に近い。マナセの鼓動と同調していた。


 「合わせた……!」


 矢がナナの足元をかすめた瞬間、マナセの斧がその軌跡をなぞるように打ち込まれた。


 爆発音に似た衝撃。ナナの防御フィールドが砕け、ユアが反射的に跳び退く。


 《CYPhAR・ユア HP -30%》


---


 「マナセ、戻って!」


 「いや、もう一発!」


 マナセの瞳は紅く揺れていた。

 バーサーカー的な本能が、線を引くように覚醒している――危ういが、美しい瞬間だった。


 「マナセ、やめて!」


 その声で、彼の足が止まった。

 ランの一言だけで。


 ……感情が、理性の代わりになった。

 その事実が、戦場全体に静けさをもたらした。


---


 数分後、勝敗が表示される。


 《DRAW/Astation側ポイント優位》


 サイファーの完璧主義と突破力を打ち破ったわけではない。

 だが、確かに“通じ合う”何かを示した戦いだった。


 「いい線、引けたね」


 「うん。今度は、ちゃんと描ける気がする」


 ランが笑い、マナセが頬をかく。

 眼鏡越しに映る夕陽が、ふたりの間で一筋の光を結んでいた。



 午後四時を過ぎた東富士の空は、ゆっくりと夕刻のトーンに変わりつつあった。

 日射しが仮想市街地のビルの輪郭に、金色の輪郭線を与えている。


 その光の中で、キズナは眼鏡を押し上げた。


 透過スクリーンに、サキとのリンクウィンドウが開く。


 《ペア接続:安定 通信遅延0.03sec》


「サキ、準備はいい?」


「はい。理論的には勝率は3割ぼど。でも、漫画は確率で描くものじゃないと信じています」


 淡々とした声。それでいて、芯の強さを感じさせる。


 キズナは思わず口角を上げた。


 「じゃ、3割を“奇跡”に変える線を引こうか」


 「了解。編集部への提出は、勝利条件を満たした後で」


 その軽口に、二人はわずかに笑った。


 互いを支えるのは、信頼というより“呼吸”に近い関係だった。


---


 対するCYPhARのペア、アンナ&ジュンが歩み出る。


 白銀の光を帯びた装束が、都市の空気を裂くようにまぶしかった。


「理念は飾りじゃない。現実を描けない絵は、存在しないのと同じ」


 アンナの声は、澄んでいて、それでいて冷たい。


 背中の手甲型ペンが鈍く光を反射するたび、空間の線が微かに揺れる。


 その隣で、ジュンが軽く指を鳴らした。


「こっちは音で描くタイプ。ノリと勢いで行くから、よろしく~」


 彼女の細筆型ショットガンが一瞬光り、空中に“音波の描線”を散らした。


 まるで絵筆が空間を奏でるようだった。


---


 《ターゲットレンジ=210m±15》

 《開始カウント:10秒前》


 サキが低く呟く。


「アンナの行動パターン、線の投射速度0.35秒。初手は左からくる」


「了解。こっちは“右の罠”で応じる」


 キズナは路地裏にある看板を指で弾く。

 “描線干渉”が起動し、看板の影が僅かに歪んだ。

 彼女はそれを利用し、幻影のような偽投影ラインを構築する。


 ――これで相手は、最初の一撃を誤認するはず。


 だが。


「……見えてるわよ、その罠」


 アンナの声が響いた瞬間、看板ごと地面が弾け飛んだ。

 彼女は既に、仮想構造の“線”を解析していた。


 Spectraの演算は、既に人間の思考速度を追い越していた――“見る”より先に“理解する”眼鏡。だという事実を、ここで思い知らされる。


「……やっぱり、Spectraの精度、異常ね」


 サキが小声で言う。


「でも、情報量が多すぎれば、見落とすものもある」


 キズナは、わずかな隙を見つけた。


 アンナが足元に投影していた補助線――その一部が、一瞬途切れたのだ。


「サキ、行ける?」


「もちろん」


 キズナが前方に“防御線”を走らせた瞬間、サキはその影に潜り込む。

 彼女の射撃型ペンから放たれた弾丸が、空中にきらめく線を描き、ジュンの足元を打ち抜いた。


「おっとと! やるじゃん!」


 ジュンが軽く跳ね、音の反響で姿をフェイントさせる。

 スピーカーから発せられるリズム音が、仮想空間の方向感覚を狂わせた。


「サキ、音の波形が左右逆転してる!」


「了解、逆相に補正!」


 互いの声が重なる。

 リンク越しに伝わるのはデータではなく、“呼吸の同期”だった。

 情報共有は必要最小限――信頼で繋がるやり取り。


---

 だが、敵もまた天才だった。


 アンナが拳を地面に叩きつける。

 その瞬間、仮想街路の線が再構成され、まるで紙を破るように地形が反転する。

 足場が崩れ、キズナとサキは一瞬浮き上がった。


 「……っ!」


 バランスを崩したサキの姿勢を、キズナが支える。

 その間隙を、アンナが逃さない。


 「現実を見なさい、理想主義者!」


 光の拳が、一直線にキズナの胸元を狙う。


 その時、サキが叫んだ。


「私の線を信じて!」


 咄嗟に放たれた描線が、アンナの拳の軌跡を逸らす。

 しかし衝撃は避けきれず、二人は仮想地面に叩きつけられた。


 《Astation HP=0%/CYPhAR WIN》



---


 静寂。

 仮想空間が解除され、訓練区画の照明が戻る。

 夕陽が沈みきり、灰色の空が広がっていた。


 アンナが歩み寄り、キズナに手を差し出した。


 その瞳は、戦場での冷たさから普段の暖かさに戻っている。


「見事だったわ。あなたの“線”には、想いが宿っていた」


「……ありがとうございました。想いがいつか理想に届くように精進します」


 キズナがその手を取ると、アンナは小さく頷いた。


 戦いの余熱が、まだ空気の中に残っている。



---


 彼女たちの背後で、NOAの柔らかな声が響いた。


「これで三戦終了。後日6対6の総合演習を行います」


 その言葉に、チーム全体の緊張が再び高まる。


 ――ここからが本番だ。


 キズナは静かに眼鏡のフレームを押し上げた。

 レンズの奥に映る光は、夕陽よりもずっと鋭かった。




新連載を前に強制的に送り込まれた合同合宿。


舞台となるのは自衛隊東富士演習場の市街地訓練区画。

アンナのチームCYPhARサイファーとの模擬戦は、チーム対抗のペアバトル方式で展開されます。


《アツ&サチハ》ペア vs《カナ&リン》ペアを皮切りに、訓練でありながらも緊張感とリアリティのある戦闘を描いてみました。

ターゲットレンジ、接近距離、想像力の差――

そして、まだ未熟な者たちの「連携とは何か」という問い。サチハの葛藤、アツの一歩、カナ&リンの対照的な完成度……


後半では《マナセ&ラン》《キズナ&サキ》の対戦も控えており、それぞれの個性がぶつかり合う、三戦三様の構成になっています。


この模擬戦を通じて、キャラたちの“今”の力量や信頼関係が浮かび上がるよう意識しています。


サバゲー的な駆け引き、眼鏡を通さない戦場での「創造力と判断」の試練。


ぜひ読んでいただけたら嬉しいです!

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