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第20話 「覚悟」~答えを保留したまま前に進む~

描いた線が、また誰かの心を動かすと信じて。


「眼鏡」で見えないものを捉え、

「ペン」で見たい未来を描いていく。


物語は新たな段階へ。創作と戦闘が融け合う様に、現実と仮想の境界も融けていく。


『描線眼鏡』シリーズ本編第2部

前作同様に水・日曜の午後9時半に投稿の予定です。

 北海道神宮の灯りが、もうずいぶんと遠くなっていた。


 人影が薄くなった道で、サチハは足を止めた。街灯の光が降る雪に滲んで、空気がふわっとやわらかい。


「アツ」


 呼んだ声が小さくて、もう一度。


「アツのこと、好きだよ」


 言葉が空に落ちる。息が白く消えて、時間も一緒に止まったみたいだった。


「……ずっと、言いたかった」


 さっきまで何度も頭の中で反芻していたはずの言葉が、アツの胸のあたりでぐちゃぐちゃにほどける。


 好き。

 責任。

 戦い。

 仕事。

 未来。


 単語だけがぐるぐる回って、ちゃんとした文章になってくれない。何か言わなきゃと思うのに、喉の奥で言葉が凍りついて動かない。


「……っ」


 気づいたときには、もう腕が動いていた。アツは紙コップを雪の上にそっと置き、サチハの肩を自分のほうへ引き寄せる。細い体が、厚手のコート越しでも分かるくらい震えていた。


 白い息が、ふたり分、重なって立ちのぼる。


 本当は「嬉しい」って、ちゃんと言いたかった。

 でも、自分の未熟さと、まだ何も守れていない現実が、胸の奥で重くのしかかる。


 やっと出てきた声は、情けないくらい小さかった。


「……いま、ちゃんと答えを出せるほど、俺、できた人間じゃなくてさ」


 サチハの耳元で、ゆっくりと言葉を探す。


「もっと、自分のことも、戦いのことも、向き合ってから……ちゃんと、答えを出したい」


 数秒か、もっと長い時間か。サチハはアツの胸に額を押しつけたまま、黙っていた。雪の降る音だけが、やけにはっきりと耳に届く。


「……わかった」


 やがて、くぐもった声がコート越しに伝わってくる。


 サチハはそっと身を離し、アツの顔を見上げた。ほっぺたはうっすら赤くて、目元だけ真剣だ。背伸びをして、ためらいがちに唇を寄せる。


 触れるか触れないかの、ほんの一瞬のキス。


「でもだけど そばにいてね」


 あまりにシンプルで、逃げ道のない言葉だった。


 アツは、驚きに目を瞬かせて、それからやっと頷く。


「……うん。そばにいる。約束する」


 言いながら、自分の喉の奥がきゅっと締まるのを感じる。サチハの体温と、頬を刺すような冬の空気の冷たさが、同時に肌にまとわりつく。


 まだ、自分の線は引き切れていない。どこに向かって伸ばすべきなのかも、はっきりとは分からない。


 それでも。


 抱きしめた腕だけは、その夜、最後まで緩むことはなかった。



 湧口家のリビングは、ストーブの熱とこたつのぬくもりで、外の冷えが嘘みたいだった。窓の向こうには、うっすら雪の長野の街。


 テレビでは「今年を占う!大予言SP」的なバラエティ。ソファにはランとマナセ母、こたつではマナセがみかんと格闘している。


 画面に《“大災難”を予知した元漫画家》《今年7月に大災難》と、いかにもなテロップが踊った。


「ランちゃん、さっきネットでも見たんだけどね」


 母が楽しそうに身を乗り出す。


「東日本大震災を当てたとかいう漫画家さんがいて、その人が“今年の7月に本当の大災難が来る”って言ってるんだってさ」


「えっ……今年の7月?」


「当たってほしくないタイプのネタですね、それ……」


 ランの声が少しだけ低くなる。


「母さん、そういうのマジで真に受けるからな……。どうせバズネタだって」


 マナセはこたつから顔だけ出して、みかんをもぐもぐ。


「“日本は今年危ないから行くのやめます”って海外の人もいるんだって。ほら、そういうの案外バカにできないのよ〜」


 母はテレビを指さしながら肩をすくめる。


 ランは窓の外を見る。雪をかぶった街灯と、遠くの夜景が、さっきより少し遠く見えた。


「……行きたいところに行くのも、描きたいもの描くのも、今年はちょっと“覚悟いる年”ってことですかね」


「なにそれ、カッコいいこと言うじゃないのランちゃん〜」


 母が笑い、ランも照れ笑いを返す。


 マナセはみかんの皮を丸めながら、内心だけでつぶやいた。  ――そんな悪い予言、外れればそれでいい。  ……それでも、「7月」という音だけが、耳の奥にひっかかったままだった。



 戸隠家の台所には、煮物と出汁の匂いが満ちていた。


 コンロの鍋を横目に、キズナと母が黒豆や伊達巻を重箱に詰めていく。


「スタジオの子たちにもちゃんと食べさせてね」


「分かってるって。どうせ三が日明けたら、みんなスタジオに籠ることになるから」


 いつものやり取り。リビングでは、父がニュースをBGMにノートPCを開いている。


「最近、仕事はどうなの……?」


 包丁の音に紛れそうな声。漫画のことと、それ以外の“仕事”をまとめて問う響きだった。


「うーん……色々難しい事もあるけど……毎週毎週、乗り越えるしかないかな」


 週刊連載の締切みたいに、と笑ってごまかす。


 喉の奥には、EMO-WATCHERや共鳴線のことがつかえたまま。


「そう。倒れない程度に頑張りなさいよ、戸隠先生」


 母はわざとらしくそう呼んで、昆布巻きの位置を整える。


「スタジオにはこっちを持って行きなさい。残りものだけど、見た目きれいに詰めといたから」


「ありがと。差し入れにする」


 家族用の重箱と、スタジオに持っていく一段重。

 同じ料理なのに、向かう先が違うだけで、胸の中の重さが変わる。


 ここは生まれた家。

 そしてもう一つ――線を引いた先に、いつの間にかできた、戦って、描いて、帰る場所。


 重箱の蓋を閉めながら、キズナは二つの「家」の輪郭を、そっとなぞり直した。



 多摩川沿いのサイクリングロードは静かだった。走り終えたばかりのケンの息が、白く夜気に溶けていく。


 河川敷の端で立ち止まり、首からぶら下げていた描線眼鏡を手に取る。


「……さて、と。見えるようになりたいなら、見ようとしなきゃな」


 川面に映るビルの灯り。遠くの橋。頭上の星。


 どこかに“魔”の影が紛れ込んで見えるかと身構えるが――


「……とくになにも見えない」


 拍子抜けと、モヤっとした感覚が同時に胸に広がる。


「……夜景、やっぱきれいだな」


 苦笑まじりに呟いて、眼鏡を外し、そのまま家路についた。


 シャワーのあと、机に向かう。ノートを開いたら、福井の老職人・谷保三郎の言葉が目にはいる。


『――本当に“見えている”のは、光じゃなく“歪み”だ。見ようとする意志が、世界を映す面を整える』


「……だよな」


 ケンは一行目に「想像力筋トレ」と書き込み、箇条書きにしていく。胸のざわざわが、少しだけ「計画」の形に変わっていく。


「みんなは恋愛で進んでたり、戦いで進んでたりするけどさ……俺は俺で、“見えるようになる”ほうに全振りしてみるか」


 ペン先が紙から離れたところで、ケンはノートを閉じ、ふっと息を吐く。


「あいつは……キズナちゃんは今、何してるのかな」


 小さくつぶやいてから、照れくさくなって頭をかいた。



 1月3日、昼前の「A station」は、さすがにまだ静かだった。


 ガチャリ、とドアを開けて、キズナはふろしきに包んだ一段重のオセチを抱えて入る。奥の机では、ケンがPCと紙の山に囲まれていた。


「……あ、先生。あけおめっす」


「あけましておめでとう……って、早くない? 一応今日まで休みだよ?」


「8日にはもう締切だしね。あと、家にいても落ち着かなくてさ」


 半笑いで肩をすくめるケンに、キズナも苦笑してオセチをテーブルに置く。


 ほどなくして、いつもの眼鏡にタブレットを抱えたサキが入ってくる。画面には、すでに年末年始のログやタスクがずらりと並んでいた。


「おはようございます。……あけましておめでとうございます、ですね」


「うん、おめでとう。札幌組と長野組は、お昼の便と新幹線で戻るって」


「了解です。到着時刻、あとでまとめておきます」


 しばらくすると、コンビニの袋を提げたフクハラも顔を出した。


「あらあら新年早々よく働く人たちだなあ。編集部よりブラックかもしれないぞ、ここ」


「ブラックって言うな」


 キズナは笑いながら袋を受け取り、自分の重箱を開ける。


「これ、お母さんと作ったおせち。伊達巻と黒豆は買ってきたやつだけど、筑前煮となますは手作りです」


「うお、ちゃんと正月だ……」


 ケンが感心した声を上げたところで――


 スタジオ中のスマホとタブレットが、一斉に甲高い警報音を鳴らした。


画面に赤い枠のポップアップが踊る。


* * *

《Priority Alert/警戒レベル:SR級》

《発生地点:羽田空港近辺/ターゲット半径500m±50m》

《予測時間:+02:00:00±10:00》

* * *


 サキが素早く内容を読み上げる。


「……羽田、です。レベルはSR。“局所的被害の恐れ・人的被害の可能性あり”」


「SSRまでじゃない……けど、空港でSRは普通に危ないね」


 キズナの表情が一気に仕事モードに切り替わる。


「また羽田かよ。縁ありすぎだろ俺ら」


 ケンが頭をかき、フクハラが顔をひきつらせた。


「え、ちょっと待って。普段アツくんやマナセくんが前線だよね? どうする……?」


 視線が自然とフクハラとキズナのあいだを行き来する。


* 


「正規戦力は、いま東京にいるのがあたしとサキだけ」


 キズナは短く息を吐き、眼鏡ケースを開ける。


「……まだ協会から“仮ライセンス停止”の正式通知は来てません。現場マスターの緊急判断なら、ギリギリ通るはず」


 そう言って、予備の描線眼鏡をフクハラに差し出した。


「フクハラさん……多分ですけど、フクハラさん見える人です。ちょっとした発想の跳び方とか……」


「なんか、誉められてはいない気もするけど……想像力だけなら自信あるんだけどね」


 サキがきっぱり言う。


「無理に戦闘局面に出させるつもりはありません。観測と情報共有だけで十分です。“見える観測者”は、それだけで貴重な戦力ですから」


 観念したように、フクハラは眼鏡をかけた。ほんの一瞬、視界がきらつき、薄いノイズの膜が世界に重なる。


「……うわ、これが“見える”ってやつですか。思ったより……ノイズだらけだ」


「すぐ慣れます。たぶん」


 そのやり取りを見ていたケンが、ぼそりと漏らす。


「……なんでフクハラさんはすぐ見えんだよ。俺、あれだけ夜道歩いたのに」


「適性なんで」


 キズナはさらっと言って、すぐにケンの方を向く。


「ケンさんは、いつものように現場まで速やかに送ってください。頼りにしてます」


「……はいはい、了解。ロジ担当、出動します」



 ケン運転のデリカが、環八を羽田に向かって走る。助手席にはキズナ、後ろにはサキとフクハラ。

 計算上は、ターゲットタイムまでまだ余裕がある。だけど――

 例えフクハラが多少の支援をしてくれても、自分とサキだけでSR級に対処できるか?


 車内チャットでは、長野組と札幌組にも状況が共有されていた。マナセとランは新幹線で東京駅へ、そこから浜松町経由でモノレール。アツとサチハは、フライトレーダーによると、もう新千歳を飛び立っているはずだ。


「ケンさん。状況によってはドローン観測などは置いて、4人を迎えに行ってください」


 キズナが二人で対応仕切れない場合の事を前もって考える。


「了解。……そういえばさ、テレビで“7月に大災難が~”ってやつ、やってたよ」


 ハンドルを握りながら、ケンがふと口にする。


「予言ねえ……」


 フクハラは、自分の手袋をいじりながら窓の外を見る。サキが一瞬、その手元を見て顔を赤くしたのを、誰も指摘しない。


「一見非科学的なことの裏にも、社会心理があって……そこに“魔”が入り込む余地がある」


 車内の空気が、すこしだけ重くなった。


 それを断ち切るように、キズナが前を見据えたまま口を開く。


「予言がどうこうは、いまは置いとこう」


 ハンドレストに置いた拳に、ぎゅっと力が入る。


「とにかく今できることに、最善を尽くす。……“今年最初の線”で、ちゃんと守り切るよ」



 羽田空港第3ターミナル脇の立体駐車場は、冬の薄曇りの下でクラクションとブレーキ音が交錯していた。


 現出時間前のはずだが、既に魔の影響が出ているのか、路面が不自然な形で凍り、数台の車がスリップして軽い接触事故を起こしている。


 キズナたち4人はデリカを安全な場所に回し、駐車場の出入り口手前で眼鏡を装着した。


 仮想空間のオーバーレイが立ち上がり、柱や車列に、墨がにじんだように既に“魔”の影がまとわりついているのが見える。


師匠マスターは左列、私は右から回り込みます」


「了解。フクハラさんはここから眼鏡に表示された魔の動きを感覚的に捉えて、言語化して伝えてみて。フクハラさんならできるはず。ケンさんは4人と連絡取って迎えに行って来て」


「りょ、りょーかい」 「了解! 待ってろ」


 フクハラはHMDに映る影の動きを注視し、ケンはタイヤを鳴らして駐車場を出ていった。



 サキが前に出た瞬間だった、足元の氷に気づくのが一瞬遅れた。滑った身体を、物陰から飛び出した黒い塊がさらに弾く。


「っ――!」


「サキ!」


 キズナの線が走り、サキの目前で盾のように展開して魔をはじく。火花のような光が散り、冷たい空気が震えた。


「今の動き、パターン読めますね。右側からもう一体来ます!」


 フクハラの声が飛ぶ。視界に流れ込むノイズに戸惑いながらも、編集者らしい整理力で、敵の軌道を言語化していく。


 しかし、二人と即席サポートだけでは押し切れない。魔は駐車場の柱にしがみつくように密度を増し、じわじわとこちらの足場を削ってくる。


 ――正面戦力が足りない。


 キズナは歯を食いしばり、次の一手を探った。


* 


 そこへ、頭上のモノレール線路から金属音が響いた。第3ターミナル駅側のデッキに、見慣れた二つの影が駆け込んでくる。


「遅れてすみませーん!」


 マナセの斧が、駐車場の天井から垂れ下がった魔の触手を一撃で叩き落とす。


 ランの弓が続き、暴走しかけた車の進行方向を変えるように、タイヤの手前に“線”を突き立てた。車体はぎりぎりで別方向へ滑り、ガードレールで止まる。


 駐車場のスロープ入口では、デリカがブレーキ音を響かせて止まる。ドアが開き、息を切らしたアツとサチハが飛び出した。


「状況、ざっくりでいいから!」


「魔の中核が、あの中央の柱に絡みついているの!」


 サキの叫びに、サチハが支援線を走らせる。サキの防御線に上書きするように光が重なり、盾の強度が一段増す。


「――行くよ、サチハ」


「うん!」


 最後列で眼鏡を押し上げながら、アツは日本刀を実体化させた。白い線で描かれた刃が、冷たい空気の中でかすかに唸る。


 魔の核は、中央の柱を軋ませながら膨張していた。構造体のきしむ音が、現実側からもはっきり聞こえる。


(こうやって、サチハもみんなも世界も守る!)


 アツはあの日の「白い線」を思い出しながら、一歩、足を踏み出す。


「――そこだ!」


 仲間の線が作った隙間に飛び込み、一閃。日本刀の軌跡が、魔の核と仮想空間の歪みをまとめて断ち切った。


 黒い塊が音もなく崩れ、柱を覆っていた影もすうっと薄れていく。遅れて、現実の世界にだけ、消防車のサイレンが響き始めた。



 鎮静後、駐車場には消防・警察・空港職員が入り、現場の封鎖が進んでいた。


 一見すると、小規模な火災と連鎖事故による被害に見える。焦げ跡、へこんだバンパー、割れたガラス。どれも“ありそうな”事故現場だ。


 不自然に凍結していた路面が融けて濡れていたが、消防車の放水によりその痕跡も流し去られていた。


「ねえ、あの柱……」


 ランがぽつりと言って、少し離れた柱を指さした。


「焦げてないのに、変な削れ方してません?」


「……なんだろう」


 キズナも目を細めてみるが、すぐに首を振る。


「現場検証もあるし、今は近づきすぎない方がいい。ログと写真、あとで確認しよう」


 公的機関の視線もある。彼らは現場の上席指揮官にだけ、ざっくりと報告と引き継ぎを済ませ、ひとまずスタジオへの帰還を優先した。後は協会側から処理してくれるだろう。



 夕方の「A station」は、さっきより少しだけ賑やかだった。


 テーブルの上には、キズナが持ってきた一段重のおせち。隣に、札幌と長野からの土産が並ぶ。


「はい、これ話していたやつ」


 アツが照れくさそうに差し出した箱には、去年は丸焦げで持ち帰れなかったバターサンド。


 サチハは……その感情はわからないが、ホワイトチョコレートを優しくラング・ド・シャで挟んだ、あの定番お菓子を差し出した。


 マナセは派手なパッケージのご当地お菓子、ランも長野で買った信州りんごとナッツのお菓子を取り出す。


「なんか、今年は覚悟いる年かもって話になりまして」


 ランが茶化すように言えば、「うちの母がさ〜」とマナセが予言番組のネタを持ち出し、キズナは「実家の父は相変わらず仕事人間だった」と肩をすくめる。


 アツとサチハは、告白の話には触れない。


 代わりに、目が合うたびに微妙な間が生まれ、そのたびに慌てて別の話題に乗る。そのぎこちなさも含めて、皆なんとなく察していた。


 一通り笑いが落ち着いたところで、ケンが咳払いをした。


「……ってことで、俺からも一個、宣言」


 いつになく真面目な顔に、全員の視線が集まる。


「能力者試験、今はまだ何も見えてないけどさ――見ようとする意思で、世界を捉えるってやつを、俺なりにちゃんとやってみる」


 誰も茶化さず、静かに頷いた。


「恋愛はさっぱりだけどさ、俺は俺で前に進むから」


 ケンは照れ隠しみたいに笑い、両手を広げる。


「みんなでさ。ちゃんと前に進もうぜ」


 それぞれが、隣の誰かと目を合わせて、苦笑い半分の笑顔になる。8人の輪の真ん中で、きんとんと黒豆の名残が残るおせちと土産菓子だけが、のんびりと年始の空気を漂わせていた。



 夜更け。スタジオには、パソコンのファンの音だけが残っていた。


 他のメンバーはみな帰宅していた。スタジオに残っているのは、サキとフクハラだけだ。モニターには、羽田駐車場の構造図と、フクハラが撮った写真が並んでいる。


「事故と火災の発生個所は、ここ……と、ここ。壊れ方も普通です」


 サキはマーカーでいくつかのポイントを囲み、首を傾げる。


「問題は、ここですね」


 少し離れた柱の写真を拡大する。そこには、焦げ跡のない、滑らかな削り取りのような断面が写っていた。


「……ここ。火災も衝突も起きてないはずの場所です」


「あのとき、魔が一瞬そこをかすめた気はしたけど……気のせいじゃなかったか」


 フクハラが眼鏡の奥で眉をひそめる。

 

 写真越しなのに、指先にざらつきのない冷たさが伝わってくる気がする。


「……火じゃ、ない」



 サキが小さく呟く。


「“魔”そのものが、現実の構造物に干渉……?」


 言葉にしてしまった途端、背筋に冷たいものが走った。


 そのとき、画面の片隅で小さなアイコンが赤く点滅を始める。EMOwatcherのログ監視マークだ。


 サキもフクハラも、画面の中心に視線を釘付けにしたまま、それには気づかない。


 ――その夜、二人はまだ知らなかった。


 自分たちの観測そのものも、すでに“誰か”に観測されつつあることを。




サチハからアツへの告白の「その先」と、答えを保留したまま向き合おうとする二人。


一方でケンは「見えるようになる」ために自分なりの一歩を踏み出し、この年最初のバトルは因縁の羽田で迎え、8人が再集合――。


そしてラストでは、“魔”が現実に与えたかもしれない影響と、EMOwatcherの不穏な点滅が静かに顔を出します。


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