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第18話 「出発」~それぞれの空と帰る場所~

描いた線が、また誰かの心を動かすと信じて。


「眼鏡」で見えないものを捉え、

「ペン」で見たい未来を描いていく。


物語は新たな段階へ。創作と戦闘が融け合う様に、現実と仮想の境界も融けていく。


『描線眼鏡』シリーズ本編第2部

前作同様に水・日曜の午後9時半に投稿の予定です。

 暮れも押し迫った27日。年内最終号の入稿も終わり、スタジオの空気はいつもより緩かった。締切前は戦場みたいだった机も、いまはペン立てが整列していて、コピー用紙の山も低い。


 ホワイトボードには、皆の行き先の一覧表が貼ってある。

 キズナは黒と赤のペンで線をスタジオから日本地図の北へ伸ばしていく。


「じゃ、改めて確認ね。アツは──羽田から札幌」


「いや~サチハに一緒に帰ろうって言ったけど、コロナの頃のイメージがあったから簡単に取れると思ってて……、30日の午前便。まさかチケット取り辛いとは思わなかった」


 アツが頭をかきながら、隣のサチハをちらりと見る。


「と、取れましたからね! サチの検索スキル、なめてもらっちゃ困ると言いますか!」


 サチハは胸を張る。25日の夜中、スマホ片手に予約サイトと格闘していた姿が記憶に蘇る。直前割りで値段はちょっとお高め、それでも「残り二席」を押さえたときの、あのガッツポーズ。


「ほんと助かったよ。ありがとう、サチハ」


「い、いえいえっ。アツの、ご家族の皆さまにご挨拶する大事なフライトですし……」


「ん? 挨拶って、別にそんな大げさな」


「な、なんでもない!」


 サチハの視線が一瞬泳いだ。——ああ、また妄想が走ってる。みんなそれを見て見ぬふりをする。


「……で、サチハも──実家は横浜だけど、今回は札幌のおばあちゃん家コース、ね」


 ホワイトボードの線は重なっているのに、サチハの妄想だけ別の次元で分岐していそうだ。


「はい。たまには顔を出さないと怒られるので……。ついでに、アツのご家族の皆さまと親睦を深め──」


「なにか、さっきから自分でハードル高くしてない?」


 ランが思わず突っ込む。


「な、なんでもないです!」


 やっぱり高いらしい。


 キズナはわざとらしく咳払いをして、別の線を引く。


「マナセは長野。新幹線?」


「ですね。指定席、もう取りました。年明けすぐにはこっち戻ってきます」


「ランは?」


「え、えっと……ワタシ千葉だからさ、正月に帰ろうと思えばいつでも帰れるし……」


 ランはペン先みたいに視線をふらふらさせている。そこにマナセが、すっと一歩近づいた。


「ちょっと相談なんだけど、今年は来ませんか? 長野。うちの実家」


「へ?」


 さっきはサチハに突っ込みを入れていたランが耳まで一気に赤くなる。


「ちゃんと、ランを家族に紹介したいです。……はっきり言います」


 ストーブの音が、急に大きくなったような気がした。


「そ、そんなの……。……そこまで言われたら、行くしかないじゃん」


 キズナは長野行きの線を重ね書きした。

 さっきまで曖昧だった行き先が、急にくっきり定まった。


「で、東京残留組が──サキとフクハラさんと、ケンさんね」


「年末の大掃除は師匠マスターの資料が多いですからね。買い出しもあって……忙しいですねぇ」


 サキが苦笑しながら言うと、隣のフクハラは少し肩をすくめて言った。


「編集者は年末年始ほど逃げ場がない職業なんでね。サキさんが居てくれて助かりますよ」


「……妙な言い方しないでください」


 言い返したサキだったが、やはりほんのり耳先が赤くなっていた。


「俺は特訓だ!」と、最後の一本が名乗りを上げた。


 ケンが協会アプリの画面をこちらに突き出してくる。そこには〈能力者試験・受験申請完了〉の文字。


「見てくれ先生! 俺の未来も、ここから出発だ!」


「はいはい。ちゃんと勉強もしてくださいよ」


「もちろん! 実技で巻き返す!」


「筆記落ちないでくださいね?」


 キズナは軽口で返したが、ここまで“魔”を見る事ができなかったケンが来年の試験で通るのか?

 不安ではあるが、あくまで前向きなケンに救われる気がしていた。


 キズナは改めてボードを見上げてみる。このスタジオから、北へ、西へ、少しだけ下へ。色とりどりの線が、まるで誰かのコマ割りみたいに四方へ伸びている。


 線が分かれていくのは、少しだけ心細い。けれど──。

(どう伸びても、いったん全部、ここに戻ってきてほしい)


 ペン先でスタジオ「A station」の丸印を、そっとなぞる。ここが私たちの拠点で、帰ってくる場所で、日常を守るための第一線だ。


「じゃ、それぞれ準備。ケガと風邪だけはしないように。帰ってきたら、またバカみたいに忙しくなるから」


「了解」「はーい」「りょーかいです!」


 返事の重なりが、ストーブの熱と混ざって天井へ昇っていく。


 ホワイトボードの線はバラバラの方向へ伸びているのに、不思議と、その全部が同じ一点へ戻ってくる未来のコマまで、もう描けている気がしていた。



 晦日の朝。スタジオの最寄り駅でサチハと落ち合い電車に乗って、二子玉川で空港バスに乗り換え羽田を目指す。

 年末の薄い空、車内の暖房の乾いた匂い。窓の外の色が少しずつ旅のものに変わっていく気がした。


 羽田のロビーに入ると、人の波とアナウンスの反響がいっぺんに押し寄せる。キャリーバッグの車輪の唸り、磨かれた床に伸びる照明の筋。


 ここはアツにとって、あの日の事故と、魔との戦いを思い出す場所でもある。胸の奥が一瞬ざわつくが、もう痛みじゃない。

 サチハが一瞬、その横顔を盗み見る。何か言いかけて、飲み込んだ。

 越えてきた道の端を踏み直している。そんな感覚だった。


「……すごい、人多い」


 隣でサチハが目を丸くした。テンション高めのはずなのに、声が少し震えている。

 チェックインの発券機の前で、彼女の顔が曇った。


「あ、席……離れてる」


 発券されたチケットを見返すと一緒に取ったはずの席は何故か離れていた。通路を挟んで三列違い。

 サチハは平気そうに笑うが、肩が落ちる。アツはそのままカウンターへ向かった。


「すみません、空いてたら隣の席に変えられませんか」


 係員が不審そうに見やったが、側で半べそかいている少女に気付き、黙って端末を叩き、頷いた。


「一席だけございます」


「お願いします!」


 戻ると、サチハが目を見開いていた。


「……ありがとう。うれしい」


「せっかく一緒に行くんだし」


 搭乗口の待合で座ると、彼女は膝の上で指を絡めながら、札幌の祖母の話を少しだけ続けたあと、急に姿勢を正した。


「アツのご家族って、どんな方たちであらせられるのですか?」


「であらせられるって……」


 笑うと、サチハは赤くなる。


「い、今のは癖だよ!」


「父さんは寡黙で、母さんは……たぶん、うるさい方だよな」


 曖昧に言いながら、久しぶりの“家”を思って胸がちょっと重くなる。


 スマホが震えた。キズナからのチャット。


『無事に羽田着いた? 出発したら連絡してねー。雪の写真よろしく!』


『了解』と返すと、『いってらっしゃい!』のスタンプ。


「キズナさんからLINE来た。今日帰省しない4人で大掃除するって言ってたよな……」


「帰ったらお土産で労わろう」


 搭乗開始のアナウンス。列に並ぶ前、サチハが袖をちょんと引いてくる。


「……ね、アツ。あらためてよろしくお願いします」


 言ってから目を逸らす横顔が、いつもより少しだけ大人びて見えた。



 機内の薄暗い灯りが落ち、シートベルト着用のサインが点いた。空調の匂いは新しい布みたいで、少し乾いている。隣のサチハは窓側の肘掛けをぎゅっと掴んでいた。指先が白い。


「……何気に飛行機、初めてだったりする?」


「ち、小っちゃい頃から何度か乗ってたはずなんだけど……なんか、今日は……。ちょっと怖い」


 笑ってごまかそうとしているが、本当に怖そうだ。


「離陸のときだけ、ちょい揺れるけど。怖かったら、窓の外じゃなくて、前だけ見てればいい」


「前……うん」


 スロットルの音が数段上がり、機体が滑走路を走り出す。ゴロゴロという振動が足裏から背中に抜け、ふわりと体が軽くなった瞬間、サチハの肩がびくっと跳ねた。反射で俺の袖を掴みかけ、慌てて手を引っ込める。


「ご、ごめん」


「いいよ」


 思わず笑うと、彼女も小さく息を吐いた。


「ほら、もう上だ」


 窓の外に、冬の東京が宝石みたいに散っている。薄曇りの下に街の光が川や道路に沿って細く連なり、地面に模様を描いていた。雲の縁が薄く橙に染まり、機内の静けさと対照的に、下の世界だけが動いている。


「……上から見ると、線で出来てるみたいだね」


 ぽつりと言うと、サチハが窓に額を寄せたまま、少しだけ笑う。


「アツの……ううん、アツが描いてきたものは、ちゃんと残っていると思う」


 胸の奥が温かくなって、返事が一拍遅れた。


「……ありがと」


 飲み物のカートが通り過ぎ、コップの氷がかすかに鳴る。サチハはいつの間にか肘掛けから手を離し、膝の上で指をほどいていた。その指先が、少しだけ寄っている気がして、思わず目を逸らした。



 その頃――北陸新幹線の車内。車輪の一定のリズムが床から伝わり、気持ちが少しずつほどけていく。

 窓ガラスに映る自分の顔をぼんやり見つめ、ランは小さく唇を噛んだ。


「ねえ、やっぱりわたし、行かない方が良いんじゃ……」


「来てほしいんだ」


 マナセが真っ直ぐに答える。言葉の勢いに、ランが目を丸くするが、不安気に言葉を返す。


「……マナセの家族にどう見られるのか怖い」


 マナセはその不安を受け止めるみたいに、フッと息を溜めて続けた。


「うち、来て。家族にも会ってほしい。はっきり言うよ」


 赤くなったランは視線を逸らし、外へ流れていく車窓を追いかけた。遠くでレールが日射しを弾き、一本の光の筋になって後ろへ伸びていく。


「……そりゃここまで来て、行くしかないんだけどさ」


 マナセは、ほっとしたみたいに肩を落とした。



 その前日、スタジオ近くでは──


 河川敷でケンが息を切らしながら走り、止まってはスマホの過去問アプリを連打していた。次の瞬間、なぜか木刀を振り回し始める。


「ケンさん、それ試験と関係あります?」


 視界ログの確認の為に付き添っていたサキの冷たい声に、ケンが胸を張る。


「関係ある! 心が折れない訓練だ!」


 スタジオではサキとフクハラが段ボールを積み、年末の大掃除の準備を始めていた。

 窓の外の灯りが、送り出す背中を小さく照らしている。



 アツはシートの背に身を預け、隣の呼吸の小さなリズムを聞きながら、札幌の白い匂いをまだ見ぬまま想像していた。


 空は澄んで、年末の風が乾いている。みんなの行き先はばらばらなのに、不思議と同じ速度で前へ進んでいる気がした。



 新千歳の到着ロビーを抜けた瞬間、冷たい空気が肺の奥まで刺さった。吐いた息がふわりと白くほどけて、年末の北海道に来たんだと実感する。空港連絡鉄道は静かに走り、窓の外の景色は次第に白さを増していった。


 札幌駅の改札を出ると、少し早く点灯しているイルミネーションの光が雪に反射して揺れていた。見慣れたはずの街なのに、少し遠い場所みたいだ。スマホを取り出して、家族のグループに短く打つ。


『今着いた』


 すぐに返事が返ってきた。


『寒いから気をつけて。家で待ってるから真っすぐ来なさい』


 そっけないのに、妙に心配性。いつもの温度だ。胸の奥が、軽くも重くもなる。俺は画面を閉じ、肩にかけたバッグのずれを直した。


「じゃ、私はおばあちゃん家に先に行くね」


 札幌駅のロビーでサチハが言った。さっきまでの勇ましさはどこかへ消えて、少しよそよそしい声。同期のはずなのに、彼女は一歩だけ距離を取るみたいに手を振る。


「うん。気をつけて」


 そう返したものの、別れ際の横顔がやけに気になって、見送る目が離せなかった。


 サチハは地下鉄に乗り、窓に映る雪まじりの街をぼんやり眺めた。さっき「また後でね」と言えなかったことを、電車の揺れが遅れて思い出させる。ホームに降りたとたん、胸の奥がきゅっと縮む。


(アツ、ちゃんと帰れたよね……)


 そんなこと、考える必要なんてないのに。考えてしまう自分が怖くて、サチハは首を振る。祖母の家の玄関には、昔から変わらない匂いがあった。


「おかえり。……あら、荷物少ないね」


「うん、ちょっと顔だけ見られればと思っていたし……」


 靴を脱ぎながら、サチハは目を泳がせる。祖母はその様子を見て、ふっと笑った。


「……友達の家にも挨拶くらい行ったら? 女の子の帰省って、そういうの大事よ」


「友達って……」


 何か見透かされているような祖母の言葉に反抗したくなったが、

「はいはい。ほら、コート温めておくから、少し化粧でも直しておくと良い」


 背中を押されるようにして、サチハは荷物を隅に置いた。理由はいっぱい用意できるのに、どれも胸の内に比べたら頼りない。結局、口から出たのは一言だった。


「……じゃあ、ちょっとだけ、行ってくるね」



 そのころ東京。スタジオの天井近くで、フクハラが無駄にやる気満々に雑巾を振り回していた。


「いやー年末大掃除、出版社だとやらされる側なんだけど、ここだとやる側で新鮮だね!」


「落ちないでください。脚立、押さえてますから」


 サキは淡々としているが、手元は丁寧で、どこか楽しそうでもある。


「今年は色々ありましたね」


「……ありすぎました」


 言葉が重ならずに落ちる。それが、今の二人の距離だ。



 夜の住宅街は、雪の匂いが濃かった。


 家のドアを開ける前に、街の匂いをもう一度吸っておきたかった。大通公園を歩いて、久々の札幌の空気を満喫する。高校生の時以来だ。嗚呼 すすきのから、涼しい風が吹いて来る。


 漫画家になりたいと思って、イラスト書いて、ネームの勉強して、東京の専門学校に入って。


 ずっと一人でやってた気もするけど、今は仲間もいる。青春ってことかな? 青春ってなんだろう?


 大通公園を歩き切ってから、アツは実家に向かった。


 家の門の前で足を止めた。玄関灯の色、窓のカーテンの感じ、全部いつものはずなのに、どこか他人の家みたいに見える。


(帰ってきた、って感じしないな)


 その瞬間、後ろから小さな足音が駆けてきた。


「……来ちゃった!」


 振り返ると、息を切らしたサチハが肩を上下させて立っている。頬が赤い。雪の粒がまつ毛に引っかかって、光っていた。


「え?……おばあちゃん家は?」


「ちゃんと顔は出して荷物は置いて来たよ。でも急に帰ったから、夕飯ないよって言われちゃって」


 ──嘘だ。たぶん。でも、そう言ってくれるなら受け止めたい。


「……じゃあ、うちで食う?」


「うん!」


 返事が速すぎて、心臓がひとつ跳ねた。サチハがそっとチャイムの前に立つ。俺はその横で、鍵を握り直す。


 押す直前の沈黙だけが、やけに長かった。





年内最終入稿を終えたスタジオから、メンバーそれぞれが帰省の途へ。

ホワイトボードに伸びる行き先の線、空港とホームの喧騒、そして北海道の夜。

今回は“移動と助走”の回として、アツ×サチハ/マナセ×ラン/東京残留組の距離がそれぞれ半歩ずつ進みます。


次話では実家での描写に入り、そしてサチハは……


年末年始アークも、いよいよ山場!引き続きお付き合いください!

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