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第17話 「贈物」~すれ違うプレゼントと帰省の約束~

描いた線が、また誰かの心を動かすと信じて。


「眼鏡」で見えないものを捉え、

「ペン」で見たい未来を描いていく。


物語は新たな段階へ。創作と戦闘が融け合う様に、現実と仮想の境界も融けていく。


『描線眼鏡』シリーズ本編第2部

前作同様に水・日曜の午後9時半に投稿の予定です。

 師走も押し迫った19日の木曜日。


 年内最終発売号分の入稿を終えた翌日、スタジオは全休日だった。


 ──はず、だった。


 癖で来てしまったキズナは、ストーブの前で丸くなりながら、机の上のネームを一枚ずつめくっている。暖房の循環音と、ペン先が紙をこする音だけが静かな午前中を満たしていた。


 ネームのボツ案をファイルから引っ張り出して、今後のストック用に線を描き足す。ストック武器を書き換えてみる。通信高校の課題もスタジオでこなす。大半の全休日をキズナはそうして過ごしてきた。


 この1年……。自分のスタジオとチームを持ち週刊誌への連載を始め、自ら師匠マスターとなって“魔”と対峙してきた。


 連載打ち切りとライセンスの資格停止で失ったものを取り戻した、と思っていたら創作と戦闘だけでなく、現実と仮想の境までもが曖昧になっていく……。



 ピンポーン。


 不意に、インターホンが鳴った。

 ペンを置いてモニターを見ると、画面の向こうで遠慮がちに手を振っている少女がいた。


「サチハ?」


 ドアを開けると、マフラーに埋もれたサチハが、小さな紙袋を胸に抱えて立っていた。


「今日、お休みって分かってたんですけど……キズナさんなら、いるかなって、つい……」


「図星です。こう見えて、休み方が分からない漫画家なんで」


 そんな他愛もないやり取りをして、温かいお茶を出す。外の空気はもう完全に冬で、ドアの隙間から入り込む冷気が、逆に室内のぬくもりを際立たせていた。


「それ、買い物の帰り?」と紙袋に目をやると、サチハは慌てて隠す。


「い、いや、その、まだ中身は決まってなくて……パンフだけ、みたいな……」


 明らかに怪しい。けれど、わざと追及せずに待っていると、サチハの方から視線を落としたまま切り出してきた。


「あの……クリスマスって、ここのみなさん、どうしてるのかなって」


「どうって……25日が新年号の入稿日だから、締切と戦ってるんじゃないかな?」


「そ、そうですよね。でも、えっと……もし誰かに、プレゼントとか渡したら、変ですか?」


 誰か、の部分だけ妙に小さかった。


「アツ?」


 名前を出した瞬間、サチハの肩がびくっと跳ねる。


「……はい。仕事仲間以上な気もするし、そうじゃない気もするし……。あんまり重い物は迷惑かなって思うんですけど、何もないのも、いやで……」


 恋バナか、とキズナは心の中で頭をかく。


 自分はそういうことを真面目に考えたことがない。


 けれど、理事会での議論や共鳴線のことより、今この子にとって大事なのは、ここだ。


 こういう「普通に悩める日常」を守るために、あたしたちは戦ってるんだよな──そんな考えが、一瞬だけ胸をよぎる。


「全然変じゃないよ。むしろ、すごく素敵だと思う」


「ほんとですか……?」


「うん。ただ、いきなり二人きりで渡すのはハードル高いでしょ。だったらさ――」


 企画脳が、カチリと音を立てた。


「25日、入稿終わったあとに、打ち上げ兼クリスマス会しようか。みんなでプレゼント交換とか」


「プレゼント交換……」


「そう。誰に当たるか分からない、って建前にしておいて……自然な流れでアツと交換できるように、私がうまく段取りする。どう?」


 サチハの顔がぱっと明るくなる。


「そんなの、夢みたいです……! でも、いいんですか、私なんかがお願いして」


「“私なんか”禁止。チームの恋バナくらい、師匠マスターとして全力で面倒みます」


 と、ちょっとおどけて答えてみる。


 サチハは両手で紙コップを包みながら、小さく「ありがとうございます」と呟いた。その指先が、ストーブの熱とは別の意味で赤くなっているのを、キズナは見逃さなかった。



 翌日、いつものようにバタバタした金曜のスタジオ。


「――というわけで、提案です」


 作業の一区切りで振り返り、キズナは声を上げた。


「25日の入稿が無事終わったら、ささやかな打ち上げと、クリスマス会をやりませんか」


 最初に食いついたのはアツだ。


「え、いいんですか? なんか、漫画家の職場って感じします!」


「いや、普段から漫画家の職場なんだけどね……」


「よっしゃ~、こうなったら俺のセンスを見せつけてやるか~!」


 ケンがなぜか胸を張る。嫌な予感しかしないが、今は置いておく。


 マナセとランは顔を見合わせて微笑み、サキは「プレゼントって決めるの楽しいですよね」と眼鏡を押し上げた。端で聞いていたフクハラも、「参加で。社会人枠として場を盛り上げますよ」と軽く手を挙げる。


「じゃ、ルールだけ決めようか」


 キズナはホワイトボードにさらさらと書く。


「プレゼントは一人一つ、上限三千円。誰に当たるか分からないランダム交換方式」


「ガチすぎず、でも適当でもないラインっすね」


 アツが頷き、皆も異論はないようだった。


 ひとまず表向きの段取りは整った。

 あとは──裏側だ。


 片付けのタイミングで、キズナはそっとケンを廊下に引っ張り出した。


「ねえケンさん。25日のプレゼント、抽選の仕切りお願いしてもいい?」


「任せろ。そういう余興、大好物だからな」


「でね……できれば、アツとサチハが交換になるように、ちょっと工夫してほしいの」


「……おお?」


 ケンの目がきらりと光る。悪ふざけのそれか、協力者としてのそれか、今はまだ分からない。


「難しいなら無理は言わないけど」


「いや、面白……じゃなかった、ロマンチックなミッションだな。了解、俺に任せとけ」


 その言葉に、キズナは少しだけ不安を覚えたが──同時に、胸の奥がすこし温かくなるのも感じていた。


 仕事も、戦いも、恋バナも。全部ひっくるめて、このスタジオの日常なのだ。



 週末のスタジオは、いつもより少しだけ静かだった。


 年内最終号の入稿を終えた解放感と、まだ次の締切が顔を覗かせる気配。その合間を縫うようにして、メンバーは交代でオフを取り、街へ散っていった。


(みんな、ちゃんと休めてるかな)


 ペンを持たない日でも、キズナはついスタジオに寄ってしまう。机の上には、誰かがそっと置いていった小さな紙袋がいくつか。きっと、プレゼント候補をこっそり隠していったのだろう。

 

 頭の中で、自然とそれぞれの姿が浮かぶ。


 雑貨屋の棚の前で、真剣な顔で首をかしげるサチハ。  


 「誰に当たっても大丈夫なやつ」を合言葉に、無難なセットを選ぼうとしているアツ。


 たぶん相手の顔を思い浮かべながら、少し張り切りすぎているマナセとラン。


 サキやフクハラのセンスも気になる。


 そして、今回仕掛人にもなるケン……は、ついでに馬券でも買いに行ってるんだろうか。


(……うん、大丈夫。みんなちゃんと“楽しんでる”)


 そう思えた事が、キズナ自身何よりも嬉しかった。



 週明け、全員が顔をそろえた休憩中。  

 湯気の立つ紙コップを両手で包みながら、なんとなく年末年始の話題になる。


「年末、みんなどうするの?」

 

 キズナが何気なく振ると、アツが「あ」と顔を上げた。


「俺、多分、北海道戻ります。実家ほっとくと母がめちゃくちゃうるさいんで……」


 と、去年の帰省と気まずい空気……協会サイトへの接続。そして羽田での“事故”の事を思い出していた。思えば、あれから全てが始まったんだ。


「わ、私も……札幌に、行こうかどうか、まだ迷ってて……」  


 サチハが控えめに続ける。


(北海道。しかも札幌……)


 2つの単語が、キズナの頭の中で太線で囲まれる。マナセとラン、サキやケンもそれぞれの予定を口にし、ひとしきり賑やかな笑いが広がったところで、キズナは少しだけ真面目な声に切り替えた。


「そうだ。アツとケンさん、例のライセンス試験、申し込みしちゃおうか」


「……はい。やってみます」

 

 アツが背筋を伸ばす。


 ケンは胸を叩き、 「来たな……俺の時代が!」


 と、いつもの大げさなポーズを決めてみせた。


 その様子を見ながら、サチハはそっと視線を落とす。

(……ログを見られたら、“見えてない”こと、バレちゃうかもしれない。

 でも――今は、とりあえず、クリスマスのことを考えよう)


 胸の奥の不安を、ひとまず小さく折りたたんで、ポケットの奥へ押し込む。



 そして、12月25日。  

 年内ラスト、合併号の原稿が揃った。


『check……!「眼鏡の女の子―Save your peace!―」入稿完了』


「入稿完了! サーバー転送成功。現在、レイアウト班がチェック中です」


 サキが入稿ボタンを押して転送完了を告げると、スタジオの空気がふっと軽くなる。


「おつかれさまでしたー!」


 誰かが言い、自然と拍手が起こった。肩に溜まっていた力が、一気に抜けていく。


「じゃあ、予定通り。今夜はささやかなクリスマス&おつかれさま会、ね」  


 キズナが宣言すると、わっと小さな歓声が上がる。


「プレゼントはこのあと、ケンさんプロデュースの抽選会で!」  


 振ると、待ってましたとばかりにケンが前へ出る。


「任せとけ! “運命が見える”あみだくじ、完成してるからな!」  


 得意げに掲げられたボードには、びっしりと線が走っている。


(……ちょっと嫌な予感、しないでもないけど)


 それでもキズナは笑った。少なくとも今夜だけは、この賑やかさを全力で味わいたいと思った。



 夜のスタジオに、ピザの匂いと紙コップのコーラの泡が広がっていた。

 原稿台の一つには小さなツリー代わりに、トーンの余りとホワイトの瓶で即席のオブジェ。


 キズナが「時間無かったから簡単に」と言いつつも、皆に何かしら振る舞いたいと焼いてきたパウンドケーキが、その横で控えめに存在感を放っている。


「メリークリスマース! 締切有馬せん記念ー!」


 ケンのどうしようもない音頭に、紙コップがぶつかる軽い音が重なった。


 マナセとランは端の机で肩を並べ、小声でくすくす笑っている。


 サキは少し頬を赤くして、普段より饒舌にフクハラへ漫画談義を振っていた。

 そのフクハラは、いつもより柔らかい表情で皆を眺めている。


 乾杯を終えたタイミングでケンが声をかける。


「それじゃお待ちかね、運命のプレゼント交換タイムいってみよー。抽選システム担当、俺!」  


 ホワイトボードには、太いペンで描かれたあみだくじ。その横に、折りたたまれた名前くじの箱。


 キズナは小さく耳打ちした。


「……例の、アツくんとサチハちゃん、うまく同じ線にしておいてね?」


「任せろって。恋のキューピッド・ケン様にぬかりはない!」


 ──数分後。


「えーっと、結果発表いきまーす。


 アツ⇔……戸隠先生。マナセ⇔ラン、フクハラ⇔サキ、サチハ⇔俺!」


 一瞬、空気が止まった。


(やっ……ちゃった……?)


 キズナの背中に冷や汗が伝う。


 その横で、サチハの心の中で、小さな「ぱきっ」という音がした気がした。


(……今の、音、気のせい。……だよね?)


 キズナが、慌てて笑顔を作る。


「い、いや、その……誰に当たるか分からない前提だったから……ほら、公平だし、うん」


「あれ? 俺様、どこで線間違えた?って……」


 ケンは一拍置いてから、無理やり笑った。


「ま、まあ、これはですね? 運命のいたずらってやつだな!」


 アツは包みを抱え、きょとんとした顔で言う。


「わ、キズナさんから……? え、いいんですか、こんなちゃんとしたの」


「その……そんなつもりじゃ……じゃなくて、でもなくて」


 しどろもどろのキズナに、アツはまっすぐな目で「大事にします」と頭を下げた。


 マナセとランは、ほぼ狙い通りの交換に小さく声を弾ませている。


「これ、絶対ランに似合うと思って」


「……うれしい、ありがと」


 その様子に、周囲からは生ぬるい視線と微笑ましいため息。


 向かい側では、フクハラとサキが互いの包みを開き、同時に固まっていた。


「……これ、完全に僕のツボなんですが」


「わ、私も、こういうの……」


 言葉少なに視線を交わし、その間にだけ静かな温度が生まれる。


 そして──サチハとケン。


「ケンさんのセレクト、絶対楽しいやつだと思ってました」  


 サチハは笑顔で包装紙をほどく。中から出てきたのは、実用的なのかネタなのか判別に困る、でも妙にセンスのいいセットだ。


「お、おう。お前には最高のネタ枠だと思って……あ、いや今の無し!」


 慌てて取り繕うケンに、笑いが起こる。


(本当は、アツに渡したかった……けど。

 ……まだ、チャンスはあるよね。うん、大丈夫)


 胸の奥がちくりとした。けれど、その痛みごと微笑みに変えるのは、サチハという女の子の得意技だ。


 遠くからその横顔を見ながら、キズナはそっと息を吐く。


(ごめん、サチハ。でも──ここから、巻き返そう)



 ピザの箱もほとんど空になり、紙コップの中身もそれぞれ半分以下になった頃、スタジオの空気は少しだけゆるんでいた。


 原稿用紙ツリーの明かり代わりに点けた小さなデスクライトが、白い紙とみんなの横顔を柔らかく照らしている。


「そういえばさ、みんな年末どうする?」


 ケンの何気ない一言で、話題が切り替わった。


「俺、たぶん30日前後の便で北海道に戻ります」


 アツがコップを指で回しながら言う。


「ここで漫画の仕事と……“魔”の事は言って無いけど……自分なりに夢を追えてる事を伝えて来ます」


「僕は、実家でのんびりかな」


 マナセが答え、ランはストローをくわえたまま、少し考えるように目線を上へ。


「ふうん……そうなんだ。私はどうしようかな?」


 マナセは少し目線を下げ、一人うなずいていた。


「私は、たぶん都内かなぁ。帰省ラッシュ苦手で」


 サキが肩をすくめると、皆が「あー」と笑った。


 少し間があいて、サチハがコップを両手で包んだまま、ぽつりと口を開く。


「……わたしも、札幌に、帰ろうかなって思ってます」


 その言葉に、キズナの意識が小さく引き寄せられる。


(……アツくんも北海道、サチハちゃんも北海道)


 さっきまでの笑い声の余韻の中で、その地名だけが、少し太い線でなぞられたように感じた。


(みんなが“普通に年末年始を過ごせる”のって、ほんとはすごいことなんだよね)


 協会の動き、理事会の決定、ライセンスの制度。

 胸の奥に残っていた重たいもやを、キズナはそっと撫でつけるように、思考の端に押しやった。



 片付けが始まり、紙皿が重ねられていく。

 外はすっかり夜で、窓ガラスの向こうに商店街のイルミネーションが瞬いていた。


「じゃあ、そろそろお開きにしますか」


 キズナが手を叩いて締めにかかるその脇で、アツとサチハが、玄関の方へ並んで歩いていく。


「あ、そういえばサチハも札幌なんだよね?」


 靴を履きながら、アツがふと思い出したように言った。


「うん……一応、田舎は札幌で」


 サチハは視線を落としつつ、小さく笑う。


「じゃ、もし日にち合いそうだったら、羽田から同じ便にしない?

 俺あんまり飛行機乗らないから……一緒だと安心というか」


 その言い方は、アツにとっては本当に“気軽な提案”だった。

 けれどサチハの耳には、まるで別の意味で届く。


「う、うん! そうだね、合わせるよ!」


 顔を真っ赤にして、即答してしまう。


(同じ便で帰るってことは……ご両親にも紹介される……ってこと、だよね?)


 胸の中で、勝手に打ち上げ花火が上がる。


 来年への不安も、さっきのプレゼントのちくりも、一瞬で遠くに飛んでいった。


(チケット同じほうが、いろいろ楽かな、くらいの意味だったんだけど……)


 アツは頭をかきながら、そんなことを思う。


(ま、いっか。サチハと一緒なら、なんか楽しいし)


 二人の温度差は、まだほんの少しだけ。


 でも、その少しが、これからの物語をゆっくり動かしていく。



 玄関先で順番に「おつかれさまでした」と頭を下げていくメンバーを見送りながら、キズナは、さっきのやり取りを思い返していた。


(……サチハ、良かったね)


 同時に、胸の奥に別の線も浮かぶ。


(でも、協会の制度も変わる。ライセンスも、試験も、《EMO-WATCHER》による感情波の監視も──

 それでも、みんなに、“描く”ことも“好きになる”ことも、やめさせたくない)


 スタジオにカギをかけ、外に出ると、冷たい空気が頬を刺した。


 見上げた夜空には、遠くで青と赤の光が点滅する機影が一つ。


 クリスマスのイルミネーションの上を、ゆっくり横切っていく小さな光。


 それは、まだ見ぬ誰かの「帰る場所」へ向かって、静かに線を描いていた。



師走も押し迫ったスタジオ。年内最終号の入稿明け、全休のはずだったが、つい、いつも通りネームに向かってしまうキズナ。そこからクリスマス会~プレゼント交換、そして「帰省の約束」まで、少しだけ糖分多めの年末回になっています。


サチハのちょっとした嫉妬と持ち直し、アツとの温度差、マナセ×ラン、サキ×フクハラ組のやりとりなど、第2部全体のテーマと、クリスマスらしい賑やかさの両方を意識して書きました。前話・第16話「宣言」とあわせて読んでいただくと、キズナの決意と日常パートのつながりがより見えやすいかもしれません。


このあとはそれぞれの帰省と、お互いの思いが描かれます。引き続きお付き合いいただければ嬉しいです。

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