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第15話 「交差」~力が倫理を越える日~

描いた線が、また誰かの心を動かすと信じて。


「眼鏡」で見えないものを捉え、

「ペン」で見たい未来を描いていく。


物語は新たな段階へ。創作と戦闘が融け合う様に、現実と仮想の境界も融けていく。


『描線眼鏡』シリーズ本編第2部

前作同様に水・日曜の午後9時半に投稿の予定です。

 11月最初の金曜日。季節は秋を通り越し、いきなり初冬を思わせる肌寒い朝。


 締切後の全休日明けで普段は始動が遅いが、この日はキズナ達「A station」のメンバーは早朝からスタジオに集合していた。

 

 今日は協会本部へ、先日の合宿の報告会との事でチーム全員が呼び出されていたのだ。


 あの、合宿からおよそ一ヶ月……。再び入った毎週水曜日の締切と、魔との戦いに追われる日々の中で、だいぶ以前の事のように思える。


「金曜日に朝っぱらから呼び出すなよな~、こっちは天皇賞の枠のが気になってるのに」

 

 ケンが冗談めかして言うが、皆の空気は重い。

 いつものデリカに乗って都内を目指す道中も皆の緊張感は拭えなかった。

 


 東名川崎から首都高3号、環状線霞ヶ関で降り、虎ノ門付近の指定の立体駐車場に車を停めて、協会本部ビルを目指す。洗練された近代建築の、ご立派なビル。


「こんな東京の真ん中にあるんですね……」


 気圧されたアツが呟く。


「外は繕っているだけ。中にある資料はホントに貴重なモノがあると思うけど……」


 キズナが答えて、レトロなロビーの先の鉄腕アトムのフィギュアに挨拶をすると、かけてある『火の鳥』の複製原画に目をやった。本物は資料庫にあるらしい。


 指定された控え室に行くと、先客が居た。


「おはよう~キズニャもみんなも」


 アンナが声をかける。ナナにノアにリン、サイファーチームの10人もそこに居た。


「……あれ? 髪、切った?」


 カノンが仲良しのサチハに声をかけてくる。

 くすくす笑いながら、

「わかる~? たぶん前髪、3ミリくらいしか変えてないけど」サチハが答える。


「コスモス読みました。サイエリもリスタートしてましたよね」


 マナセもアンナに声をかける。


 ナナやジュンも食堂でのグルメ話を思い出しランに声をかけてくる。


 雑談で重たい議題を前にした緊張が、わずかにほぐれた。



 時間が来て会場となるビル内の講堂に通される。


 高い天井の広がる講堂には、重厚な絨毯を踏む足音と、かすかな紙の擦れる音だけが響いていた。


「なんか……卒業式みたいですね。呼び出されてる感じ」 とアツ。


「卒業式で呼び出されるって何?……通知表返されるやつとかじゃない?」


 サチハが軽く返すが、居ならぶ政府・自衛隊・YAHOの関係者、そして理事たちが一堂に会する姿が目に入ると、キズナ達だけで無くサイファーの面々までもが思わず固くなる。


「観測チームの諸君は、研修中の一連の事象について所定の報告をしてください……」


 司会者からアナウンスがあり、キズナとサキが中央へと進み、パネルを背に報告準備を整える。


 キズナは眼鏡越しに会場を見渡し、どこか意を決したように深呼吸する。サキはその隣で、タブレットに表示された図表に最後の確認を入れ、無言でうなずいた。


 後方席では、データ解析をするフクハラがノートPCにログを映しながら、小さく唇を動かしてデータを整理している。通信ログ、共鳴線の揺れ、魔出現の予兆と視覚ノイズ――。演習中のすべてが、数値となって彼の画面上を走っていた。


 アツ・マナセ・ラン・サチハは落ち着かないが、その横でフクハラの入力を見守っていた。


 そのさらに奥、最後列近くの一角に、理事陣が静かに並ぶ。星野トシロウ、武内トオル。理事となってもなお漫画家であり戦士でもある二人と谷保五郎博士。今は控えめにこの場の進行に立ち会おうとしていた。


「では、研修報告会を始め――」


 司会役の職員が進行しようとした瞬間だった。


 ――ギイィ。


 会場の扉が、きしむような音を立てて開いた。


 誰もが反射的に振り向く。その姿を見て、空気が変わった。


 村田アケミが、無言のまま入場したのだ。高いヒール、揺れる黒髪、背筋を伸ばした歩き方。無造作に羽織られた黒いジャケットが、彼女の存在感をさらに際立たせていた。


 その一歩ごとに、会場の空気が一つずつ沈んでいくようだった。キズナが思わず手に持つペンを取り落としカタリと音が鳴る。“本物の戦士”の登場が意味する物を本能的に理解し、恐怖した。


 その隣に寄り添うように現れたのは、日月たちもり武蔵。保守派を代表する理事のひとりであり、厳格な眼差しと共に、落ち着いた声で言う。


「皆ご存知だね、村田アケミ先生。今回の技術的な発見に関して、実用・戦術的な観点からのアドバイスをもらう為に私の要請で来てもらった。――技術検証に関して彼女以上の存在は居なかろう? なにしろ、この数十年で最も有望な能力の芽が育ちつつあるのだろから」


 その言葉には、歓迎でも敵意でもない、ただ冷然とした観察者の響きがあった。


 ざわ……と会場が揺れるような気配が走る。誰もが息を飲む。


「村田先生……まさか」星野が立ち上がろうとして武内に制される。


「アケ……日月さんと握ってくるとは。やはり“力”に囚われるのか……これからどうなるか」


 谷保五郎の指先もほんのわずか震えていた。


 最強の戦士にして、無敵と謳われた女。各地を流転し、表舞台には姿を現さない存在だった。


 そのアケミが、今、ここにいる。


 ――場が、凍った。

 観測、戦闘、そして創作。

 すべての“線”が、この講堂で交差しようとしていた。



 照明がわずかに落とされ、壇上のスクリーンが淡く光を放つ。


 サキが前に出て、一礼する。眼鏡の奥の瞳は静かで、まっすぐに観衆を見据えていた。口を開くと、その声はクリアで、場のざわめきをすっと沈めた。


「本日の報告は、先月末に行われた東富士演習場での訓練内容、およびそこで発生した異常現象についてです」


 手元のタブレットを操作すると、訓練時の描線ログとともに、演習の再現が流れ始める。仮想空間と現実空間を重ね合わせる映像だ。


 東富士演習場の一角、稜線越しに重なるキズナとアンナの姿。そして、瞬間――。


 仮想空間に2人の放った線が、重なるように響き合い、実際の空間に白い閃光が走った。

 *仮想空間に走った描線が、現実空間に干渉しパルス状のエネルギー波が、瞬間的に振幅を増幅*

 *座標Δ2315.99〜Δ2316.13にて“共鳴”と判定*

 映像の中で、仮想空間の空気が揺らぎ、魔の輪郭がわずかに歪む様子が示された。


「共鳴線――。私たちの描線が、意図せず同調した結果と考えられます」


 サキの声に、会場がざわついた。


「ただし、これは操作可能な技術ではなく、偶発的な感情的同期によって発生したと推測されます」


 キズナが前に出てマイクを取る。いつもの軽やかさを抑えた口調で、スクリーンに映る線の解析図を指さした。


「意識的な連携ではなく、“想い”が一致した時、描線が同期し、空間が反応しました。あれは、偶然です。まだ、技術ではない」


 その瞬間、スクリーンが切り替わり、フクハラの用意したAI解析図が表示された。幾何学的なパターンと、振動数の一致。

 キャプションには――

「感情波長の同期 → 描線振幅の一致」

「同期前後で魔反応の増大を確認」

 ――と記されていた。


 講堂の空気が、一瞬で緊張に包まれる。

 関係者席の中で、YAHOの深水技官がうなずき、自衛隊制服組がデバイスに何かを書き込む。文部科学省の官僚が互いに目配せし、サイファーのジュンが「マジか……」と口の動きだけで呟いた。


「……理論としては未成熟だが、量子的干渉に似た挙動を示している」


 フクハラがやや掠れた声で言う。


「同調状態の描線は、現実空間での出力を超えたエネルギー波を生む可能性がある。……ただし、危うい」


 その言葉に反応するように、星野がゆっくりと立ち上がった。長めの前髪を払い、澄んだ声で言う。


「私は、この現象の拡張応用には慎重であるべきだと考えます。感情と想像力に依存する技術は、制御不能に陥るリスクが高い。倫理的枠組みが確立されないまま進めば、“誰のための線”かという根本が揺らぎます」


 ざわめきが広がる中、五郎博士も手を挙げ、短く発言する。


「……魔との因果的リンクも無視できません。描線の共鳴が、魔側の反応をも強化する――そんな相関が、初期の重力波観測データにもあった。拡張には慎重を要する」


 そして、静寂のなか響いたのは、アケミの低く凛とした声だった。


「ならば、学べばいい」


 壇上の空気が揺れる。


「制御できないから放棄する? 技術とは、未熟で危険だからこそ育てるべきものじゃないのか。現場は“今”戦ってるんだよ。倫理はあとからでも幾らでも整備できる」


 その言葉に、キズナが小さく息を呑む。星野の表情がわずかに険しくなる。サキは視線を落とし、手元のペンを静かに握りしめた。


 技術が倫理を追い越し、走り出す。

 誰もが、それを望んでいないと言いながら、どこかで予感していた兆しが、確かにそこにあった。



 村田アケミの言葉が、場の空気を微細に震わせたまま、再び沈黙が降りた。

 誰もが次に続く声を待つ中、壇上に立ったのは、理事の一人――日月武蔵だった。


 今日は普段の派手なモノでは無く、落ち着いたスーツに身を包み、隙のない髪型に無表情を崩さない顔立ち。その目には、倫理でも情熱でもない、別の光が宿っていた。


「私は、今この場で提案します。描線技術の応用範囲を、速やかに再定義すべきです」


 冷たい声が、会場を貫いた。


「まず第一に、描線の空間干渉能力は、超近接防御によってエネルギー兵器によるドローン迎撃に有効。

 第二に、感情との共鳴特性を利用すれば、兵士のストレスや不安を定量化し、戦術的判断を支援できる。

 そして第三に、非同期状態にある通信も、描線を媒体にすれば、可視化と補正が可能になります」


 スクリーンに並ぶ三項目。理路整然と、しかし容赦なく、戦場の光景が図式として示される。


「描線は、もはやただの“創作の比喩”では無い。これは、次世代の戦術と情報の為の技術となる。すなわち国家と協会によって、厳重に管理されねばならん」


 その瞬間、星野の視線が鋭く日月を射抜いた。

 だが、それより先に言葉を発したのは、またもアケミだった。


「現場に必要なのは、“使える力”だけだよ」


 腕を組み、壁にもたれながら、彼女は皮肉めいた笑みを浮かべた。


「倫理なんてのは、後から追いかけてくればいい。技術の足を引っ張るのはいつも“綺麗ごと”さ。

 描線だろうが魔だろうが、戦える奴が勝つ。それが現実」


 その言葉に、誰かが思わず椅子の背に手を添えた。硬直した指が、まるで線を描く前の準備運動のように震えていた。


 その重みに耐えかね、ついに武内が立ち上がる。

 鍛え上げられた肉体にも関わらず柔和な雰囲気を醸し出す人物だが、この時ばかりは影を潜め、厳しい声が会場を貫いた。


「……倫理が追いつかない力は、必ず制御を誤る。

 我々は、過去の科学史で何度もその教訓を学んだはずだ。オッペンハイマー博士の悔いを直接学んで来たのが我々では無いのか?

 ……村田先生や日月先生は、“戦えるかどうか”しか見ていない。だがそれは、“人を救えるかどうか”とは違う」


 短い間。誰も言葉を発せず、武内の言葉が天井に染みこんでいく。

 星野が、ゆっくりと手を挙げるようにして発言を引き取った。


「描線とは、“描く”ことです。

 それは世界を定義し、繋ぐ行為でもあるはずです。他者と、感情と、記憶と――。

 だが、それを戦場で使えば、“切断”になる。

 線を引くことは、同時に誰かを線の外へ追い出すことでもある。

 それは本当に、我々の目指した力なのでしょうか?」


 ざわめきの中で、一人、深く頷く者がいた。谷保五郎博士だった。

 彼は言葉を発さなかったが、その眼差しは、まるで過去を思い出すように沈んでいた。


 前列に座っていた若手研究員の間で、拍手が一つ、控えめに鳴った。黒部だった。


 それに呼応するように、散発的な拍手が続く。しかし同時に、奥の官僚席では、眉をひそめる人物もいた。


 賛同と困惑。

 希望と諦念。

 合理と倫理。


 すべてが、交差する。

 今この瞬間、描線技術は、誰のものでもない“線の狭間”に立っていた。



 議長席のマイクが、静かな電子音を立てて起動する。


 会場のざわめきがゆるやかに収束していく中、白髪をきっちりとまとめた女性が、ゆっくりと立ち上がった。


 日本科学漫画協会、会長・笹崎花子――その姿には、依然として威厳があった。


 しかし、今の彼女の声には、どこか震えが混じっていた。


「本日の議論は……非常に重く、そして意味深いものでした」


「描線という技術が、我々の未来に何をもたらすのか。倫理、戦術、芸術、そして社会との関係……」


「これらを慎重に検討し、次の理事会にて正式に議題として取り上げます」


 言葉の端々に、確信の強さよりも、“均衡を保つための選択”が滲んでいた。


「本日は、これにて閉会といたします」


 小さく、しかし確かに響いた一礼と共に、会場の照明がほんの僅かに和らぐ。


 重く閉じた空気が、ゆっくりと流れ始めた。


 その後方、ノートPCを閉じながら、エリック・フクハラは溜息混じりにつぶやいた。


「……結局、“何が正しいか”じゃなくて、“誰が動かすか”の話になるか。五郎……。やっぱり政治の論理が勝つのかな?」


 その呟きに、近くにいた谷保五郎も、星野も、言葉を返さなかった。

 議場という場所では、答えが声になることを恐れる瞬間がある。



 両チームの若手たちは、椅子のきしみと共に立ち上がりながらも、それぞれに沈黙していた。


 サチハはアツの様子を横目で見ていたが、彼はただ、タブレットに保存したログデータを強く握りしめていた。

 爪が白く浮かび、手汗が画面に滲むほどに。


 マナセは珍しく黙っていた。前髪の隙間から、難しい顔で何かを噛み締めている。


 館山ランは無理に明るく振る舞おうとしたが、どこかその声も上ずっていた。

 

 サイファーのメンバー達も思い思い、席を立ち上がり、栗原アンナが静かにキズナ達のもとへと歩み寄ってきた。


 敵として演習に臨んだ相手。今はまだ、どちらの線にも属していない存在。

 彼女はキズナの隣で、わずかに口元を緩めた。


「……また何処かで並べるかもね」


 キズナはすぐに返事をしなかった。

 ただ、彼女の眼差しは、スクリーンに残った共鳴線の映像――あの交差する白と黒の軌跡をじっと見つめていた。


 アツはふと思い立って、アンナに声をかけた。


「……また一緒に描けたら、嬉しいです」


「“戦えたら”じゃなくて、“描けたら”? ……いいね、それ」


 アンナは一瞬戸惑ったが、すぐに、さわやかに答えた。



 報告会が終わり、人々はそれぞれの帰路へと向かう。


 理事たちは重たい書類を胸に抱え、研究者は沈黙の議論を交わしながら廊下へと消えていく。


 チームの若者たちも、ゆっくりと講堂を後にする。  その背中には、目には見えない“線”が、確かに描かれていた。


 交わることを恐れず、しかし容易に溶け合うこともなく。

 “共鳴”の先に何があるのか――その答えはまだ、誰にも描けないままだった。


 キズナは最後に、もう一度だけ壇上を振り返る。


 誰もいなくなった席には、議論の熱と冷気の残響が、まだ揺れていた。


 世界を変える力は、いつだって線の上を歩いてきてしまう。


 そして、その線がどこへ向かうかを決めるのは――。


 彼女は静かに歩き出す。

 足元に、一本の白い線が、すっと伸びていた。




本話では、描線技術の“共鳴線”という未曾有の力を前に、人々がそれをどう扱うかを巡って対立します。

村田アケミの「倫理は後から整備すればいい」という言葉は、まるで今のAI技術の現場を映しているようです。


生成AI、量子コンピューティング、遺伝子編集――。

人間の創造は進化を止めない。

しかし、そのスピードに倫理が追いつけるのか?


この物語の世界で描かれる「共鳴線」は、技術と感情が共鳴する力。

そして現実世界の私たちが手にした生成AIもまた、“想像力の鏡”だと考えています。


私たちの創造を拡張しつつ、同時に倫理の定義を揺さぶる存在。

私自身もAIに多くを頼りながら、この物語を紡いでいます。


『描線眼鏡』は、創造であり、そして破壊でもある。

技術の光と影、理想と現実。

私たちはどこまで描き、どこで線を引くのか――。


簡単に答えは出せませんが、考え続けること自体が“描く行為”だと思っています。

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