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第13話 「干渉」~心が世界を揺らしたら~

描いた線が、また誰かの心を動かすと信じて。


「眼鏡」で見えないものを捉え、

「ペン」で見たい未来を描いていく。


物語は新たな段階へ。創作と戦闘が融け合う様に、現実と仮想の境界も融けていく。


『描線眼鏡』シリーズ本編第2部

前作同様に水・日曜の午後9時半に投稿の予定です。



「キズナ!」


「ケン!」


「マナセ!」


「ラン!」


「サキ!」


「サチハ!」


「アツ!」


 七人が円を描くように配置に入る。足元には、それぞれの意思が描いた“予兆の線”がにじむように浮かび、眼鏡のレンズを通してのみ視認可能な仮想構造が世界に重なる。


 息を揃えて、全員が声を放った。


「――Save your peace!」


 夜の帳が降りた神奈川のとある街角。人影の消えた街路に、月光が静かに降り注いでいた。


 照明は一部が故障しているのか、街灯の半分は消えており、もう半分は鈍いオレンジに震えている。風はほとんどなく、静けさだけが空間を支配していた。


 描線ペンから生まれた武器たちが仮想空間に跳ねるように浮かび上がる。アツの刀が、マナセの斧が、ランの弓が、各々の武器がその場に“重なった”。


 空気が変わったのは、次の一拍。


 濁った影が、電柱の裏からするりと現れた。まるで街の裂け目から漏れたインクのように、魔が形を持ち始めていた。人型でも、獣型でもない。光の届かぬ輪郭をまとった“それ”は、地面に接触する線の情報をなぞるように動く。


「……避けてる?」


 ランが弓を構えながら呟いた。矢は放たれるも、魔はその軌道を察知したかのように反応し、わずかに軸をずらしてすり抜けた。


「斧が……滑った? 何か、違う」


 マナセも、振り下ろした一撃が芯を外れたことに戸惑う。接触点がほんの一ミリずれただけなのに、違和感が全身を伝ってくる。


「援護線が……え、ノイズ? そんな……」


 サキの射線に、微細なズレが生じる。軌道上に走るのは“干渉”の揺らぎ。魔が“線を見ている”かのような反応だった。


「惑わされんな!」


 アツが叫んだ。眼前の魔が、自分を試すようにじり、と間合いを詰めてくる。背筋を冷気が撫でるような錯覚に襲われた。


 けれど、アツは視線をそらさない。線は、ここにある。自分の意志が描いたこの線だけは、揺らがせない。


「見てるのは、こっちだ」


 魔の挙動は、確かに“誰かに見られている”かのようだった。あるいは、観測されているのはこちらなのかもしれない。そんな予感が、戦闘中にも関わらず彼らの背筋をひやりと走った。


 風が揺れる。ひとつの街灯が、光を揺らして消える。


 そして——場面はふっと、色を失うように切り替わる。

 


 書店のガラス戸がカラリと鳴った。風が一筋、店内に滑り込み、平積みされた雑誌の角をそっとめくる。そこに並ぶのは創刊2号を迎えたばかりの漫画誌――『コミックバンゴ』


 POPには、手書きの文字でこうある。


 〈話題沸騰・第二号も絶好調!〉

 

 〈“線”が、世界を震わせた――〉


「これ、結構動いてるんですよ」


 若い書店員が隣の同僚に話しかける。


「創刊号、返品率一割切ったって。SNSでもバズってたし、表紙でデザイン買いしたって人も多かった」


「絵柄が攻めてたしね。感情に訴える“線”って……ちょっと新しい表現だったかもね」


 誌面からは、まるで読者の内側を見透かすような強さがあった。紙の質感、インクの匂い、手に取った瞬間に伝わるわずかな重み。それらが読者の心の奥で、確かに何かを“刺激”していた。


 同じ頃――


 編集部では、デスクに積み上がった読者アンケートが並べられていた。


「線が、感情をなぞるようだった」


「怖かったけど、最後には泣けた」


「現実と混ざった感じがして、見られている気がした」


「これはただのバトル漫画じゃない。何か、痛みを知ってる気がする」


 編集長の瑞沢ムロは、それらの声を読みながら静かに頷いていた。


 何かが、動き始めている。


 ……そして、その声のひとつひとつが届いた先に――



 『沙羅@夢で会うさんへ

  いつもお手紙ありがとうございます……』


 夜のスタジオで、ひとり、キズナが手紙の返信を書いていた。ペン先が紙をなぞるたびに、インクの匂いが微かに立ち上る。


 だがふと、手が止まった。


「……あの線、本当に自分の意志で描けたのかな」


 呟きは静かに空間に溶けた。


 描いた線は確かに自分の手によるものだ。だが、あの瞬間のエネルギーは、個人のものではなかった気がした。どこか、自分ではない“何か”と重なっていた――そんな既視感。


 その直後、キズナのスマートフォンが震えた。


 ディスプレイに浮かんだのは、フクハラからの短いメッセージ。


【何かが……重なってきてる感じ、しません?】


 読み終えた瞬間、キズナは息をのんだ。


 自分と、誰か。線と、線。


 それが、重なった瞬間に生まれた“形”。


 それこそが、あの戦場で起きた“現象”だったのかもしれない。


 返信は打たなかった。


 代わりに、窓際に立って、夜の深さを見つめる。空には雲がゆっくりと流れていた。


 線は、誰のものでもなく、誰の中にもある。



 ――接続音と共に、画面が四分割された。


 キズナスタジオの奥、書棚を背にサキとフクハラが並び、重い空気の中でカメラを見つめていた。


 サングラスを掛けた、若手技師黒部リョウが居るのは、西東京にあるYAHOのR&Dセンターだ。


 そして、四つ目の画面。

 そこは神岡の観測室で、――谷保五郎が、ラフな格好にオレンジのタオルを肩にかけ、静かな目で皆を見ていた。

 背後にはKAGRAの光学装置群がぼんやりと青く光っている。


「こちら、先日の戦闘ログを再構成したものです」


 黒部が手元のコンソールを操作すると、画面上に一本の“線”が現れた。それは脈動するように震え、やがて別の線と交差し、激しく揺れる。


「……共鳴したんですね」


フクハラが息を呑むように呟いた。


「この部分です」


 黒部の指示で、映像が巻き戻される。


 ――キズナとアンナが同時に攻撃を放った、あの瞬間。

 重なる線。振動の強調。

 そして、解析データのグラフが跳ね上がった。


「これ、線が描かれていると同時に、実体空間で、電磁気ノイズと高エネルギー反応が観測されているんですよ」


 黒部はもう一つのタブを開き、AIのログを提示する。そこには、演習地付近で検出された異常スペクトル波形が記録されていた。


「電磁ノイズと高エネルギー反応……」


 サキが眉を寄せた。「“描線”が電磁現象として“観測”されたんですか?」


「ええ。これまで“描線”や“魔”は、能力者の眼鏡を通してしか観測できなかった……だが今回は、完全な非干渉――つまり、装備外部での物理的検知です。これは重力とダークマターを繋ぐ新しい統合理論の端緒になる――そんな規模の発見ですよ!」


 黒部の声は、興奮を隠せずうわずっていた。


「誰かの感情と、誰かの線が、同じタイミングで重なった事で今回の現象が起こった」


 フクハラが呟くように言った。「重なる意思が現実に反響した、って感じですかね……」


 数秒の静寂がミーティングを包む。

 

その沈黙を破ったのは、五郎の穏やかな声だった。


「……観測者の震えが、仮想空間に留まらず、現実を揺らした……“心の振動”が、仮想と現実を貫いたと考えます」


 彼はそっと、紙に描かれた簡素な図を画面に映した。そこには、二本の波形が並び、やがて同調し、共振していく過程が記されていた。


「2人以上の感情と線が同期することで生じる、仮想空間から実空間への共振干渉……。複数の観測者が発した“感情波”――つまりエネルギーの歪みが、同時に想像力の“観測波”と一致した時、“魔”の存在確率が局所的に固定化され、界面共振を引き起こす。それが、仮想空間から実空間へ干渉が生じる仕組みだと考えています」


 黒部が続ける、

「仮想空間の情報界と、実体空間の物質界の間には、両者を接続する“界面構造”が存在すると考えます。“観測波”が情報位相の揺らぎとして発生し、“感情波”によるエネルギーがその界面を通過する際に、情報位相が物理位相へ転写され、電磁的残響として観測される――これが検出されたノイズの正体なんじゃないかと」


AIによるシミュレーション映像が再生された。


 ――二人の能力者が同時に「線」を描く。


 それぞれの線が自律的に震えながら、次第に互いの波長に引かれて近づく。


 そして、ピタリと重なる瞬間、白い閃光と共に、周囲の空間に小さな波紋が走った。


 まるで、水面に小石を同時に落としたような、静かな衝撃。

 

「これは……」


 サキの喉が、自然と音を漏らした。


「感情の同期が、物理法則の境界を越えた……。

それが“共鳴”という言葉の、本当の意味なのかもしれない」


 あるいは、共鳴とは、感情の“同調”によってこそ起きる――そんな直感が、静かに胸を打っていた。



 ――虎ノ門ヒルズに程近い「日本科学漫画協会 本部ビル」


 朝の光が硝子の壁を斜めに抜ける、高層ビルの最上階。

 静かすぎる会議室に、外気のざわめきだけが遠く響いていた。壁際にかけられた巨大な協会ロゴのプレートは、無機質な金属の質感を剥き出しにしている。


 テーブルの中央、柚木理事が背筋を伸ばして座っていた。


 表情はほとんど無でありながら、視線は鋭利な線のようにテーブルの全員を順に撫でていく。


 その視線を正面から受けていたのは、YAHO代表取締役社長・谷保四郎。


 そして、同社技術開発部からの出向という肩書を持つ深水技官。加えて、防衛装備庁から新たに配置された理事補佐が、やや居心地悪そうに背筋を伸ばしていた。


 プロジェクターには、演習場で記録された戦闘ログの映像。


 キズナとアンナの線が重なり、閃光のような“共鳴”が走る瞬間を、何度も再生しては止められた。


「……再現できれば」


 深水が低い声で口を開く。


「この現象は、指向性エネルギー兵器、あるいは局所的防御シールドとして転用可能です。適切な線の同期が実現すれば、既存の軍事テクノロジーを超える可能性があります」


 その言葉に、重い沈黙が落ちた。


「だが」


 四郎が椅子にもたれたまま、眼鏡のブリッジを指先で押し上げた。


「再現できなければ、ただの偶然にすぎない。……そこに必然があるとすれば、これはもう立派な資源となる」


 会議室の空気が、皮膚にまとわりつくように湿り気を帯びていく。


 誰もが、その“必然”に見せかけられた線の震えに、自らの利益を乗せようとしていた。


「防衛装備庁では防衛イノベーション科学技術研究所を通して、次世代兵器として電磁気砲レールガンを軸に革新型ブレークスルー研究に臨んでいますが、電源供給や砲身寿命など課題も多い。またレーザー兵器も電源に加え、大気中での減衰などの問題がある……。指向性エネルギー兵器が実用化出来れば、対ドローン戦など最新の戦術的要求に応えられる可能性が高い……」


 防衛装備庁理事が呟くように言った。


 柚木は頷きもせず、ただゆっくりと両手を組んだ。

「協会は、国家の安定のために存在しています。そしてそれを支える企業と、技術と、運用者たちのために」


 その語り口は、説得でも警告でもなかった。ただの“確認”のようにすら聞こえた。


「創作者……つまり、能力者たちは、才能に溺れやすい。だからこそ、我々が管理しなければならない。“彼らの感情”が世界を揺らすのなら、制御されるべきは“感情”そのものです」


 会議室の場に沈黙が流れた。


 窓の外で、ヘリの影がガラスに一瞬映る。


 遠く霞むビル群の向こうには、陽炎のように揺れる空気と、まだ誰も知らぬ未来の戦場が広がっていた。



 再度——場面が、色を失うように切り替わる。


 アツが雄叫びと共に気合いの一閃を入れると、瞬間的な閃光と振動、無音の叫びを残して、“魔”は確かに消え去った。


 街角に再び、静寂が戻った。


 路面には戦いの痕跡だけが残り、舗道のタイルに焼きついたかのような黒ずみが、今もほんのりと熱を持っている。月明かりは何もなかったかのように、その上を冷たく照らしていた。


「……終わった、んですよね?」


 サチハの声が、夜風に紛れそうなほど小さく響いた。


 誰も即答しなかった。ただ、全員の肩が沈みきった呼吸とともに落ちていた。


「フォーメーションは……成功してた。少なくとも、技術的には」


 サキがそう呟いたが、その語尾には僅かな疑義が滲んでいた。

 皆、描線ペンを構えたまま、空虚を睨んでいた。


 ケンはジャケットの裾を払って立ち上がり、アツに目を向けた。


 そのアツだけが、わずかに表情を変えていた。


 どこか、自分の中で答えが出たような顔。


「俺は……あの時だけ、ちゃんと“見えてた”気がするんです」


 言葉が、夜気の中で重く落ちた。


「逆に、私は……リンク、ちょっと遅れた気がします」


 サチハが自分の眼鏡にそっと触れ、眉をひそめる。


「遅れたっていうか……誰かと、波長がずれたというか……」


 誰も否定はしなかった。けれど、それは肯定とも違っていた。


 ただそこに“何かがずれていた”という確信めいた違和感だけが、全員の中に残されていた。



 数日後。午後のスタジオ。


 外はまだ日が高く、窓の外では風が短い秋の始まりを告げるように路地裏を吹き抜けていた。


 室内は静かだった。ペンの音もなく、デジタルの起動音も鳴っていない。


 机に向かっていたキズナが、ふと、ペンを止めた。

 描線眼鏡の内側、わずかにノイズのような“ざらつき”が走った気がした。


 それはほんの一瞬、耳鳴りにも似た感覚だったが、確かに線の走りが鈍った。


 ペン先が、ごくわずかに紙の上でぶれた。


「……?」


 キズナは目を細め、視界を一度遮るように眼鏡を外しかける。


 だが、その手を止めた。


「おーい、リンク。つながってるかー?」


 スタジオの隅から、ケンの茶化すような声が飛ぶ。


 冗談のつもりだったのだろう。だがキズナは反応しなかった。

 その代わりに、そっと眼鏡のフレームを押し直し、再び紙の上に視線を戻す。


 ――思い出すのは、名乗りあったあの夜。


「Save your peace!」


 交わされた叫びと、重なった線の感触。


 仮想と現実が、ほんの一瞬だけ重なったような……それでいて、何かが確かにずれていたような。


 そしてあの“見られていた感覚”


 魔は観測によって確定するが、確定の瞬間、観測者の想像力による観測波も同時に干渉を受け、双方向の“定義の揺らぎ”が発生したのかも知れない。


 (……あの時、何かが――)


 キズナの目が細められる。


 微かな震えとともに、線が再び紙の上に伸びていった。






今回のエピソードでは、“共鳴線”に端を発する現象が、仮想空間から現実世界へ干渉し始める様子を描いています。


感情と観測、想像と創造――それらが交わった瞬間、何が起こるのか。


科学的な仮説としての「魔の実体化」、そして能力者たちの“心の振動”が世界に与える影響を掘り下げました。

静かな街角に立ち上がる“線”の震えと、“見える”者たちの呼吸を感じていただければと思います。

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