一話『パッケージ詐欺なのですっ!』
ここはどこだろうか。
真っ白な部屋、無機質な壁、漂う異物感。
映画でよく見る精神病院に似ているが、それにしては場違いな存在がいた。
ビキニの痴女ロリである。
少し角度をずらせば、あれが見えてしまいそうだ。
なお、先から俺の体が左右に揺れているが、それとは全く関係ないと言っておこう。
俺は紳士だァ。
「あの、あなたは神訂代理聖戦に選ばれました。まずは、おめでとうございます」
この子は何を言っているのだろうか。
まぁ、よくわからないが、とりあえず。
「ありがとうございます」
感謝はコミュニケーションの第一歩だ。
「いえいえ、いいんですよ。それじゃあ、行きましょう、向かいましょう」
「え、どこにいくんです?」
どこに行くのだろうか。
ていうか、まずここがどこなのか教えてほしい。
知らない天井にしては知らなすぎやしないだろうか。
「神訂代理聖戦が行われる惑星、身近な言葉でいうと、異世界というやつなのです!」
ビシッとキメ顔で叫ぶビキニロリ。
「…………異世界。ん? 異世界? マジで?」
「マジです。おおマジです。貴方様はこれから異世界に飛ばされます。大冒険の序章も序章です。では早速、転移魔方陣の上に――」
「いや、帰りたいです」
「ですよね! では早速……ん? 私の聞き間違いでしょうか? 今なんと?」
「帰りたいです」
俺は本心からそう思っていた。
「ふむふむ、え? なぜ? 異世界転生ですよ!? 引きこもりオタクの夢じゃないんですか?!」
この子、俺のこと引きこもりオタクって言った。
「……まず第一に俺は引きこもりオタクじゃないです。オタクはいいけど、引きこもってはないです。ここ重要です」
少女は、少しムッとした顔をした。
「単位がもらえる授業だけ選んで、不要な授業は切ってるんですよね? 休日もほとんど外出してないし。これ、引きこもり確定です」
「な、なぜそれを!?」
いつ、俺の生活を覗いた、この痴女ロリ?!
「一応、神ですからね。これぐらいは余裕です」
「か、かみ」
「……また信じていませんね? なら、貴方様の恥ずかしい過去エピソードを」
「わかった! 信じる! 信じるから異世界について話してくれ!」
少女はニコッと微笑んだ。
もしかしたら、本当に神なのかもしれない。
「わかりました。異世界についてお話ししましょう」
少女が語るのは、まるでゲームのような世界。
魔法と剣。ダンジョン。加護。モンスター。
その世界では、魔王が闊歩し、我が物顔で世界を蹂躙しているらしく、その世界を救う英雄になるのが俺の役目――
否。
転生者を全て殺すのが俺の役目。
少女いわく、これは『神訂代理聖戦』。
神々がそれぞれ使徒を異世界に送り込み、生き残りを賭けて戦わせる代理戦争らしい。
勝ち残った者には、願い事が一つ叶えられる権限を貰えるとか。
「ど、どうでしょう。異世界に来てくれる気はありますか?」
この話を聞いた俺の正直な結論。
「やっぱり帰りたいです」
「な?! 願い事を一つ叶えられるんですよ?! シェンロンですよ、シェンロン! 」
シェンロン知ってるんだ。
意外と暇そうだなこの神。
「それって勝った時の話ですよね? 正直、自信ないです」
他の異世界転生者と戦う?
冗談じゃない。
ゴブリンにボコされるのが関の山だ。
「だ、大丈夫です! 死んでも元の世界に帰るだけですからぁ。やるだけなら無料なんですよぉ」
少女の目が潤んできている。
全然悪くないのに心が痛くなってきた。罪悪感がくるなぁ……無料かぁ……
約10秒ほど考えて、俺は言った。
「やっぱり無理です。他の奴じゃダメですかね?」
「なんでぇ?! お願いします! もうエントリー期間が終わってしまうんです!」
エントリー期間なんてあるのかよ。
「その、あれです。異世界に娯楽って少ないですよね? わざわざ行くメリットが無いかなぁって」
「この男、愛しづらいです!」
なんかすごく失礼なこと言われた。
「その、じゃあ友達の田中連れてくるんで、それで勘弁してもらえませんかね?」
「待った! 友達? 田中? 嘘をつかないでください! 貴方に田中なんて友人はどこにもいません!」
「ぐっ!」
そう言えば見てるんだったな。
異議を唱えてやりたかった。
「友人連れてくるなんて……嘘……最低です」
「すみません……」
拉致してきた側が正義ぶるなよ。
「どうしたら異世界に来てくれますか?」
「どうしたらって……メリットがあれば?」
メリットが有る。これに限る。
今の状態で異世界に行ったところでゲームをする時間が減るだけで何もメリットが無い。
「メリットですか……あ、そうです。来てくれたら私の力で、元の世界を少しだけ暮らしやすくできます」
「おぉ? ちなみにどんな感じになるんです?」
「やっと食いつきましたね。私の奇跡を使えば、なんと、なんと!」
頼むから引っ張らずに言ってくれ。
「女の子にモテやすくなります!」
「あぁ……そういうのか。遠慮します」
「えぇぇぇぇ?! これでもダメなんですか!? ていうか普通食いつきますよね?! もしかして、そっち系ですか!?」
そっち系じゃねぇよ。
「そういうのは自分の力で勝ち取らないと満足できなさそうなんで」
「妙な正義感!! 愛しやすいですが今はムカつきます!」
少女がぷりぷりと怒りだす。
「その、他の力は?」
「ありません。私が干渉していいのはこれだけです」
使えねぇ。
「てか、モテるだけの力って限られすぎてません?」
神様ってそういうものなの?
「神にも種類があるんですよ」
「ふーん? ちなみに神様はどんな神なんです?」
「魅惑の神、夢喰いのリリスと申します」
魅惑の神?ようするに痴女の権化ってことか……?
だからこんな格好を?
「失礼な事を考えていますね?」
「いえ全然」
「む……」
さすがに話が平行線すぎる。
「リリス様、帰してくれませんか?」
ここから何を言われても異世界に行く気は無い。
「……わかりました。無理を言ってすみません……」
プルプルと震えるリリス。罪悪感が凄い。
「その、異世界、行きたがってるやつ探してきます。今回のはマジです」
「ありがたいですけど……できれば他人には言わないでください。神の存在を多くの人に知られるのは困るのです。一人ぐらいだったら大丈夫なんですがね」
そう言った直後、悲しそうにリリスは笑い、指をパチリと鳴らした。
俺の後ろに何かが現れる。
振り返ると、白い扉があった。
「どうぞ、この扉を通れば帰れます」
「……あっさりと帰してくれるんですね」
言葉を吐き終えた瞬間、それが失言だと気づく。
だが、リリスはその程度の事を気にしなかった。
「ふふ、私がそんな神に見えましたか?」
「まぁ、少しだけ」
疑って当然だと思う。
「また会える日を待っていますよ」
「次会えるのは俺が死んだ時ですかね?」
「それはどうでしょう」
多分、この扉を潜ったら、この少女の顔を見ることは無くなるのだろう。
神様ってのはそんなもんな気がする。
それに、死後、最初に出会うのが魅惑の神じゃあ格好がつかない。
俺はリリスに背を向け、扉の取手を回す。
あとは潜るだけ。
——ただ、一つ。重要な事に気づく。
絶対に聞いておかない行けない事。
これを聞くこと聞かないのじゃあ話が変わってくる。
俺は扉の前で立ち止まり、最後に重要なことを口にする。
「これってどこに飛ばされるんです? 一応聞いておかないと怖いかなって——」
振り返ると、少女が泣いていた。
「?! 何故振り向くんです?!」
「いや、転移先を一応…………えと、泣いてるんですか?」
「泣いていません!」
流石に無理あるだろ。
まだ目にゴミが入ったとかの方がマシだ。
「その、他の人間じゃダメなんですか?」
俺がダメだからって泣くほどでは無いだろう。
俺では無く、もっと乗り気な奴を連れていくべきだ。
「あと一回しかできないんです」
「何が?」
「この空間に連れてくる行為です。これ以上は魔素が足りません」
魔素、マナ、みたいな事だろうか。
あと一回、今回みたいに失敗したら、リリスが言っていた聖戦に参加できなくなる。
それがこの少女にとってどれだけ重要な事かは、詳しくはわからないが、涙を流すほどの事だ。
きっと大事なのだろう。
「………」
「私をみくびってもらっては困ります! 次は成功させます! だから、安心して元の世界に帰ってほしいのです」
気を遣わせてしまった。
そのことに、胸がズキリと痛む。
罪悪感が、じわじわと心を侵食してくる。
だが、それでも、娯楽の少ない、危険な、未知の世界へ。
自分の意志で踏み出すなんて、冗談じゃない。
――――だから、せめて、せめてあと一つ、あと一押し。要因が欲しい。
「行ってもいいかも」と思わせてくれる何かが、欲しかった。
何か、ないか。
戦争に勝ち残れば、願い事が一つ叶う。
……だが、一位なんて、どう考えても無理だ。
なら――
「副賞! 副賞はどうです!」
「うぇ?! 急にどうしたんですか?!」
叫んだ俺に、リリスが目を見開いてビビっている。
「副賞が欲しいんです俺は! これを考えた奴に連絡か何かできませんか? 一位だけ景品じゃつまらないでしょう。せめてトップ10いや、トップ5でもいい!」
それぐらいなら俺でもできそうだ!(ださい)
「副賞……概念装置……う〜ん。できる、かもしれません」
「できるのか?!」
思わず敬語も吹き飛んだ。
「ら、ラドルド様ならきっと許してくれます」
「そ、そうか。できるのか」
無茶な要求だったとは思う。
ホッと息をついた。
「そ、その、来てくれるのですか?」
「もちろん。優勝は無理かもだけど、上位に残るぐらいなら、頑張ってみます」
「私としては優勝して欲しいんですが?!」
「で、できそうだったら目指します」
そういえば、ふと気になった。
なぜ、リリスはここまで聖戦に執着しているんだろう?
「リリス様は何故、この聖戦を?」
「ふぇ? えー、それは………その、秘密です」
口元に人差し指を当てて、ニコッと微笑むリリス。
……ごまかされた。
「ほらほら、私のことなんてどうでもいいので! 気が変わる前に早く行きましょう!異世界に行ったら逃げられませんからね!」
怖っ。
「やっぱり行きたくな――むぐっ!?」
「グリーグオフは無効なのです!」
俺の口元を手で塞ぐリリス。
本当に逃げることはできないらしい。
リリスはもう片方の手で、再び指をパチンと鳴らす。
すると、二つ目の白い扉現れた。
彼女はそれを素早く開け放つ。
「さぁ、レッツゴーなのです!」
俺の意識は、扉をくぐった瞬間、黒に塗り潰された。
目を開けると、そこは美しい街並みだった。
……そう、どこかヨーロッパの歴史地区を思わせるような、石畳と荘厳な建物が整然と並ぶ街。
過去に海外へ旅行したことがあるが、あの時の空気に似ている。
ただ、何か違和感
なんというか、身体が異様に軽い。
『聞こえますか?同志よ』
リリスの声が、頭の中に直接響く。
『私達、神が直接向かうと世界がビックリしちゃうので、このような形になっています』
そういえば使徒同士が争うみたいな話だったな。
神様たちは観察役、ってことだろうか。
「聞こえてますよ、リリスさ、ま……え?」
自分の声を聞いた瞬間、全身がゾワッと粟立つ。
高い。音が高すぎる。
嫌な予感がして、俺は走り出した。
反射するもの。とにかく鏡かガラスを!
『ど、どうしたんですか、いきなり!?』
視界にガラスが入り、すぐさまそこに向かう。
そこに映っていたのは、少女だった。
『あぁ、言い忘れていましたね』
自分のことを、魅惑の神と、名乗っていた、あの少女。
『貴方の肉体でこの世界に来ると、魔素に耐えきれず死んでしまいます。ですから——』
そこには、ビキニのような布をつけたロリがいた。
『私の体を媒介に、こちらの世界に呼ばせてもらいました』
「詐欺だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
こうして俺の、クソみたいな異世界生活が幕を開けた。
後から聞いた話によると、
どうやら俺はサキュバスに転生したらしかった。