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第2章 砲声の中で学ぶ──士官学校と革命の胎動(1779〜1785年・9〜16歳)

まだ、ルイ16世の時代、ナポレオンは地方貴族の奨学生として国家の支援で学んでいた。

ナポレオンが通ったブリエンヌ軍事学校の寄宿舎は、1部屋6〜8人程度の共同生活だった。寒く厳しい環境で、プライバシーはなく、規律が重視されていた。ナポレオンは寡黙で読書に没頭し、孤独な少年として過ごした。のちに「辛く厳しい環境だった」と回想している。

専攻は数学、地理、歴史、ラテン語、軍事学など。とくに数学に優れ、教官から高く評価されていた。

──冷たい石の廊下を、軍靴の音がこだました。

細身の少年は、真新しい制服の裾を握りしめながら、まっすぐ前を見ていた。目の奥には、決意と緊張、そしてわずかな怒りが宿っていた。


ナポレオーネ・ブオナパルテ、年齢わずか10歳。

ここはフランス北部、シャンパーニュ地方のブリエンヌ士官学校。王国が地方貴族の子弟に与える数少ない登竜門の一つだった。


「ほら、見ろよ。またあのコルシカ人だ」

「訛りがひどい。まともにフランス語も喋れないのに、どうしてここに?」


ナポレオンの耳には、そうした嘲りの声が日常のように響いた。

フランス語は流暢ではなかった。読み書きはできても、発音には強いコルシカ訛りが残った。教師も生徒も、無言で彼を「異邦人」として扱った。


だがナポレオンは、ひるまなかった。

黙々と机に向かい、数学と地理と戦史に没頭した。図書室に入り浸り、クラシックの軍略書やローマの英雄伝を読みふけった。

彼にとって、教科書こそが剣であり、書斎こそが戦場だった。


「わたしは学ぶ。奴らよりも早く、深く。

 その先にしか、剣も権力も存在しないのだから」


それが、ナポレオンの信条だった。


ある日、戦術演習の授業で、ナポレオンは砲兵隊の展開を即座に模擬図に起こした。

「接近戦ではなく、丘を取るのです。前線を高所に維持すれば、敵は防御と補給の両面で不利になります」

教官が目を見張った。


「誰に教わった? これはナポリの古戦術書にも載っていないぞ」

「誰にも。わたしが考えました」


ざわめきが起こった。

その日を境に、少なくとも一部の教官たちは彼を「ただの田舎者」とは見なさなくなった。


1785年、ナポレオンは16歳で士官学校を卒業し、最年少で砲兵少尉となった。

赴任地はローヌ川沿いの小都市ヴァランス。彼の初任務は、砲台の維持と測量、兵士の管理だった。


──地味で退屈な任務。だが彼は腐らなかった。


「兵士を知らずして、軍を動かす資格はない」

「砲の距離を知らずして、王も国も守れはしない」


彼は地図を手に、一つ一つの高低差を計り、村の砲台に立って測距訓練を繰り返した。

夜には街の宿舎で一人、灯をともしながら戦史と法律を読み込んだ。


1789年、パリでバスティーユ牢獄が襲撃されたという報が届いた。


民衆が武器を取り、王の権威を打ち破った。

ナポレオンは宿舎の窓を開け、遠い空を仰ぎながらその報を聞いた。


「これが、革命か……」


彼の心は動いた。

だが、それは熱狂ではなかった。

むしろ冷静だった。制度の崩壊ではなく、「時代が動く」という事実を、軍人の視点から見つめていた。


「混乱の時代には、秩序をつくる者が必要になる。

 そのとき、誰がその座に就くか──」


翌年、ナポレオンは休暇を取り、故郷コルシカへ戻った。

そこで彼を待っていたのは、若き頃に父が憧れた英雄、パスカル・パオリだった。

だが再会は失望に終わる。かつての独立派は老い、フランス革命に批判的だった。


「おまえはフランス人になったつもりか? コルシカはコルシカだ」

「……あなたは、過去に生きている。わたしは未来を見ている」


パオリは激怒し、ナポレオンは実家に引きこもることとなった。

地元の住民からも「裏切り者」として石を投げられた。


ナポレオンは沈黙した。だが心の奥では、何かが決定的に変わっていた。


「祖国とは血ではない。理想と力を共有できる場所こそが、わたしの国だ」


彼は、コルシカを捨てた。

フランスという舞台に生きることを、自ら選んだのだった。


その決断から数年後、時代は一気に燃え上がる。

1793年、王ルイ16世が処刑され、フランスは共和制へと突入した。内乱が広がり、各地で暴動と蜂起が起こる。


その年、ナポレオンは再び大地を踏む。だが今度は砲兵将校として──

彼の任務は、南仏トゥーロンで反乱を起こした王党派と、彼らを支援するイギリス軍に対する包囲戦への参加だった。


彼の戦場が、いま始まろうとしていた。

フランス革命(1789年〜1799年)

■ ルイ16世(フランス国王)の処刑

処刑日:1793年1月21日

年齢:38歳

場所:パリ・革命広場(現在のコンコルド広場)

罪状:国家反逆罪(国民公会での投票により死刑決定)

■ マリー・アントワネット(王妃)の処刑

処刑日:1793年10月16日(※ルイ16世の死から約9か月後)

年齢:37歳

場所:同じく革命広場

罪状:反革命罪、浪費、近親相姦など多数(かなり政治的・感情的な裁判)

ナポレオンは、この波乱の時代に生きたからこそ、英雄になれたのかもしれない。

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