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第19章 諸国民の戦い──ライプツィヒの死闘(1813年・44歳)

1813年10月16日。

薄曇りの空の下、ドイツ・ライプツィヒの平原に、雷鳴のごとき砲声が響き渡った。


ナポレオンは、その日を“決断の日”と呼んだ。


「この一戦で、帝国の命運が決まる」


目の前に立ちはだかるのは、プロイセン、ロシア、オーストリア、スウェーデン――

四つの国が連合した、史上最大の同盟軍。


その兵数、20万を超える。

対するナポレオン軍は、14万。

うち多くは若年兵。経験も、志も、足りなかった。


しかし皇帝は、退くことを考えなかった。


「フランスは、再び世界を敵に回している。ならば、再び勝ってみせよう」


16日早朝。

ナポレオンは馬上から陣を見渡した。


左右にはマルモンとネイの軍団、後方には予備兵。

ライン川を背に、半円形の陣形が組まれている。


連合軍は、四方から彼を包囲する構えで布陣していた。

ロシアのクツーゾフ将軍、プロイセンのブリュッヘル元帥、オーストリアのシュワルツェンベルク大公――

いずれもロシア遠征の復讐に燃えた男たち。


彼らの胸には、ひとつの誓いが刻まれていた。

「ナポレオンを、今度こそ倒す」


開戦の合図とともに、大地が震える。


砲声、銃声、叫び、呻き。

雨のように降り注ぐ弾丸が、大地をえぐる。


ネイ元帥の左翼が踏ん張るも、プロイセンの重歩兵が波状攻撃をしかけてくる。


マルモンの右翼では、ロシア騎兵の猛攻に押され、若い兵が次々と倒れていく。


だがナポレオンは冷静だった。


「敵は数に頼るだけ。秩序も意志もばらばらだ」


彼は手持ちの近衛兵を中央突破に向かわせ、敵の連携を断とうとした。


一時は成功する――だが、それも束の間だった。


17日。

敵の増援がさらに加わった。


スウェーデン軍が北方から現れ、ナポレオン軍の退路を断ちにかかる。


そして最悪の報せが届く。


「サクスン兵が……皇帝陛下を裏切りました!」


かつて忠誠を誓っていたサクスン王国の兵士たちが、突如として敵陣へ寝返ったのだ。


ナポレオンは無言で地図を睨み、やがて低く呟いた。


「連合軍は“諸国民”を名乗っている……だが真の敵は、恐怖から逃げた心だ」


彼は敗北を悟りながらも、命じた。


「退却の準備を。だが秩序は崩すな。皇帝軍は逃げるのではない、“生き延びる”のだ」


18日、夜明け。


ナポレオン軍はついに退却を開始する。


しかし、エルスター川にかかる唯一の橋が――爆破された。


それは、連合軍の追撃を恐れた味方の過失による早すぎる爆破だった。


「なぜだ……まだ兵が渡っていないのに!」


橋の向こう側に取り残された兵たちは、川に飛び込み、流れにのまれていった。


水面に浮かぶ軍旗。

甲冑の重さに沈んでいく兵士。

その光景を、ナポレオンはただ見ていた。


何も言わず、馬の手綱を引いた。


その夜、ライプツィヒの町の外れ。

ナポレオンはたった一人、丘の上に立ち、かつての戦場を振り返っていた。


炎があがり、煙が立ちこめるその地を、彼は眼差しひとつで見据えた。


「これが、諸国民の力か……」


その声は、自らの孤独を噛みしめるようだった。


だが、彼は決してひざまずかなかった。


「帝国は滅んではいない。皇帝が生きている限り、希望は残っている」


彼は馬を走らせ、フランスへの道を進んだ。


背後には、崩れた帝国の影と、倒れた兵士たちの祈りが、重くついてきた。


こうして、ライプツィヒの戦い――

“諸国民の戦い”と呼ばれる歴史的敗北は、皇帝ナポレオンにとって決定的な転機となった。


彼は初めて、大規模な連合軍に敗れ、同盟諸国の信頼も失い、後退の道を選ばざるを得なかった。


だが、まだ終わってはいなかった。

彼の心には、あの日と同じ火が灯っていた。


「エルバが、終着点ではない。……再び、私は帰ってくる」

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