第16章 凍てつく戦野──ロシア遠征とモスクワへの進軍(1812年・43歳)
1812年6月、ナポレオン・ボナパルトは再び世界を驚愕させた。
その数、およそ六十万。
フランス軍、イタリア軍、ドイツ諸侯軍、ポーランド軍、スペイン人、オランダ人、クロアチア人。
ヨーロッパのあらゆる民族から成る連合軍――それが「大陸軍」であった。
ナポレオンは言い放つ。
「我が軍は世界そのものだ。世界が我に従い、そして我が道を開く」
行く先は、ロシア。
彼に従っていたはずの皇帝アレクサンドル一世が、裏でイギリスと交易を再開していた。
それは、ナポレオンにとって最大級の裏切りであった。
「戦略を語る前に、忠義を語れ」
その一言で、帝国最大の遠征が始まった。
ニエマン川の渡河式。
六月の空は晴れ渡り、太陽は高く、大地は新緑に覆われていた。
ナポレオンは黒馬の背に乗り、遠征軍の先頭に立った。将軍たちは、剣を掲げてそれに続く。
だが、彼らが越えようとする土地は、地図には描けぬ広さと、容赦なき自然を秘めていた。
それは、無限の空白に似ていた。
ロシア軍は、正面からの決戦を避け、じわじわと後退していく。
フランス軍が進めば、村が焼かれ、井戸は毒を盛られ、家畜もいない。
「焦土作戦だ」
軍参謀の声がこだましたとき、ナポレオンの眉間はわずかに動いた。
「それが貴様らの戦術か。民を焼き、土地を殺し、文明を捨てることが」
だがその苛立ちは、日を追うごとに増していった。
補給線は伸びきり、物資の遅延が続く。
兵士たちは飢えに苦しみ、各地に伏せる。
一人の近衛兵が、倒れて呻いた。
「将軍……食料が、何も……」
ナポレオンは目を伏せ、マントの裾を握った。
「前へ進め。敵は背を向けている。勝利はそこにある」
そして、ついにそのときが訪れる。
ボロジノの戦い。
1812年9月7日、ロシア軍が初めて決戦を挑んできた。
将軍クトゥーゾフは、モスクワの手前で軍を布陣し、決死の防衛に臨んだ。
大砲が鳴り、煙があがる。
丘陵地を這うように進軍する大陸軍に、砲弾が容赦なく降り注ぐ。
ナポレオンは馬上から陣地を見渡し、声を上げた。
「マラン元帥、左翼を押し切れ! ネイ、中央を貫通せよ!」
だが、戦況は膠着した。
膨大な兵力を投入しても、ロシア軍は粘り、退かない。
夕刻、ようやく戦闘が終わったとき、大地は赤く染まっていた。
フランス軍の勝利――だが、それは「勝利」と呼ぶにはあまりに血の代償が重すぎた。
ナポレオンは戦場を歩きながら、兵士たちの死体の上に目を落とした。
「これが勝利か……」
その声に、誰も返事をしなかった。
9月14日、大陸軍はついにモスクワへ到達した。
ナポレオンの眼前に広がるのは、黄金の尖塔とレンガの城砦、聖ワシリイ大聖堂の穹窿、ロシア最大の都市である。
だが、そこに人影はなかった。
市民はすでに避難し、ロシア軍は撤退していた。
そして、数日後。
突如としてモスクワの各地から火の手が上がった。
火薬庫、兵舎、市場、木造の民家――
あらゆる場所が、誰かの手によって放火されていた。
モスクワは、燃えた。
夜の闇のなか、赤黒い煙が天を焦がす。
ナポレオンはクレムリン宮殿のバルコニーから、その光景を黙って見つめていた。
「……自らの都を焼くとは。お前たちは、何を守ろうとしている」
それは、理解を超えた執念だった。
彼は初めて、戦場に勝って戦争に負けたという感覚を味わっていた。
モスクワは焼け落ちた。
アレクサンドル一世は和平の申し出に応じなかった。
ナポレオンは、滅びた都で取り残されるようにして、数週間を過ごした。
だが、補給は断たれ、冬は迫る。
フランス軍の兵士たちは凍え、飢え、病に倒れ始めていた。
そしてついに、ナポレオンは静かに言った。
「退く。全軍、帰還の準備をせよ」
それは、皇帝として最も苦い命令だった。
栄光に包まれた帝国軍の進軍は、終わりを迎えようとしていた。
遠征の栄誉は、やがて「撤退」という地獄に変わる。
そして、その道の果てには――
ナポレオンは、この6年間、フランス近代国家の土台を築く内政改革にも力を注いでいたようだ。
民法典(ナポレオン法典)の整備
個人の権利と財産の保護を明文化し、「法の下の平等」を定着させた。
教育制度の整備
全国にリセ(中等学校)を設置し、国家に忠誠を誓う官僚や軍人を育成。
財政と通貨の安定化
フランス銀行の設立と運営を通じて信用を回復し、経済の基盤を強化。
帝国貴族制度の導入
功績に応じた称号を授与し、封建制度に代わる新たな忠誠構造を築いた。
行政・官僚制度の中央集権化
地方行政を統一して管理効率を高め、国家運営の基盤を整備。
宗教との和解
カトリック教会との協調体制を確立しつつ、国家の優位性を維持した。




