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第10章 第一統領の国家──秩序と法の設計者(1799〜1804年・30〜35歳)

1799年の終わり、フランスは新たな政体のもとに生まれ変わった。

三人の統領が名を連ねてはいたが、実権は一人──ナポレオン・ボナパルトに集中していた。


彼は軍人でありながら、ペンを手に取り、憲法を読み込み、法律を精査し、行政を再設計した。

剣で勝ち取った国を、制度で支配する時代が来たのだ。


「混乱が終わった」

民衆はそう感じ始めていた。


パリの市場では物価が落ち着き、穀物が規則正しく配給された。

兵士には規律が戻り、官僚は懸命に働いた。


すべては、ナポレオンの目が届くところにあった。

新たに整備された中央集権体制──県知事制度が、全国隅々にまで政権の意志を伝える。


各県に配置された知事は、ナポレオンに直結し、報告を上げ、命令を即座に執行する。

それは「王政」ではなかったが、誰の目にも“王の手”と映った。


1800年、彼は新たな政策を断行する。

通貨の安定を目指し、国家の信用を担保とする銀行──フランス銀行を創設。

それは革命で崩壊した金融制度を立て直し、貴族ではなく国家そのものが資本の中心となる時代の始まりだった。


銀行の設立を祝う式典で、ナポレオンは短く、しかし力強く語った。


「この国の未来は、紙幣でも銃剣でもない。秩序でできている」


さらに彼は、若者の育成に目を向けた。

兵士や官僚を体系的に養成するため、リセ制度──国立中等教育機関を創設。

学問は特権階級のものであってはならず、国家の役に立つ者を育てるための機関と定義された。


「国家とは、未来の人材の器だ」

そう語る彼の背後には、整然と並ぶ少年たちの瞳が輝いていた。


教室には地理、数学、歴史、軍学が並び、「フランスとは何か」を考えるための教材が配置された。

そこにはすでに、皇帝が望む未来の国民像があった。


1802年、ナポレオンは議会の投票により終身統領に任命される。


これは任期を定めない、実質的な独裁者の誕生であった。


投票は99%が賛成。だが、それが民意か恐怖かを問う者は少なかった。

彼は、民の不安を抑え、生活を整え、秩序を与えた。

それだけで、十分に“支持”と呼ぶに足る時代だった。


ある夜、ナポレオンはひとり書斎にこもっていた。

整備中の法律草案が山のように積まれ、蝋燭の火がその一つ一つを照らしていた。


「この国に必要なのは、感情ではない。規律だ」

呟いたその声は、誰にも届かぬまま闇に消える。


書類の一つに「民法草案」の文字があった。


のちにナポレオン法典と呼ばれるこの制度は、財産、結婚、相続、契約といった市民生活の根幹を規定し、

それまで混乱と地方差に満ちていた法を一つの言葉で統一する試みだった。


剣ではなく、文章による征服。

ナポレオンはそれを、戦場に勝る喜びと感じていた。


ジョセフィーヌとの関係は、穏やかな距離を保っていた。

公の場では常に彼女を伴い、社交の場でも「統領夫人」としての役割を全うさせた。


だが、二人の間の会話は少なかった。

エジプト遠征から戻ったその日から、何かが崩れたまま戻らなかった。


「あなたは、もう私を必要としていないのね」

ある夜、ジョセフィーヌがぽつりと漏らした。


ナポレオンは返さなかった。

ただ、視線の先にある地図に手を伸ばし、イタリア、ライン川、そしてスペインに指を滑らせた。


「国家には秩序が必要だ。感情は、後回しだ」


それが、彼の本音だった。


民衆は平穏を愛した。

貴族は沈黙を選んだ。

共和派は敗北を認め、すべてがナポレオンの名のもとに整い始めた。


革命は終わった。


そして──

帝政はまだ始まっていなかったが、その影はすでに、壁に映っていた。


ナポレオンは、書斎の壁に掛けられた自画像を見上げる。

軍服ではなく、灰色の制服。剣ではなく、法典を手にした姿。


「これが、私の“征服”だ」

小さく笑ったその表情は、もはや将軍ではなかった。

支配者としての顔が、そこにあった。

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