第9話 しずかで、やわらかい日
その朝、保育園の門に、ふたりの新しい園児が立っていた。
ひとりは──シェム。
影人族の子。
灰色の肌、淡い瞳。自身の存在を薄める特性を持ち、人目を避けるように歩く。
もうひとりは──ポルカ。
半スライム族の子。
やわらかい身体をもち、半透明の羽のような組織が背中に揺れている。環境への感受性が非常に高く、大きな音や急な接触に弱い。
「おはよう、シェムくん、ポルカちゃん。来てくれてありがとうね」
そう言ってしゃがみ込むゆかりに、ポルカはすぐ近づいてきた。
くにゃり、と触れるようにくっつく。
まるで「ここにいていい?」と尋ねているみたいだった。
シェムは、目を合わせないまま、小さく頭を下げた。
*
その日、園の中は少しだけ静かだった。
トトラは、いつもより低いところを歩いていた。
ミィナは、石を並べるあそびに熱中しながらも、ときどきちらっとポルカのほうを見る。
ルウは屋根の上を舞っていたが、風を強くしすぎないように気をつけていた。
みんな、ほんの少しずつ「様子を見ている」。
新しい子たちに、どう関わるか。
まだうまくはわからない。でも、気づかっている。
「……あのね、ここ、にぎやかすぎないから、いい」
ポルカがぽそりと言った。
「ポルカちゃんは、音がにぎやかすぎるとつらいんだよね」
「うん。あと、ぎゅってされるの、すこしこわい」
「じゃあ、“ぎゅってしないけど、そばにいる”っていうの、やってみようか」
「……うん」
ミュリエルが近づいて、そっと隣に座る。
ポルカは少し戸惑ったあと、横にころんと転がって静かに身を寄せた。
一方、シェムは園庭の木陰にひとり座っていた。
誰も近づこうとしない。
それでもサリアは、数メートル離れたところに立ち、そっと風の向きを変えていた。
木の葉が揺れ、シェムのまわりに“音のゆりかご”ができる。
(この音、……すき)
シェムはまだ何も言わない。
けれど、その場から一歩も逃げなかった。
*
午後、ゆかりがシーに話しかけた。
「今日のふたり、どうだった?」
「シェムくんは“逃げる準備”をしていませんでした。ポルカちゃんは、色が安定してました。安心のサインだと思います」
「ありがとう。……あの子たちが“来てよかった”って思えるまで、まだ時間はかかるかもしれないけど──」
「わたしたちには、時間があります」
その日は、いつもよりしずかで、
そして、やわらかい日だった。