第7話 その日、未来がふえた
──数週間前、日本。
春。
時庭ゆかりは、小さな家庭的保育施設の窓をふきながら、空を見上げていた。
「そろそろ、次の街に行かないとね」
彼女の保育施設は“家庭的保育”と呼ばれる、小規模で家庭に近い保育形態。
少人数、個別対応、小さな空間──それでも、誰かの人生の根っこを支える仕事。
異動もまた、その一部だった。
その日もふつうに、保育が終わるはずだった。
帰り際の園児に手を振りながら、エプロンのポケットに入れていたメモをふと見返す。
「次は東の丘。古い借家が候補に上がってます」
まだ見ぬ未来を少しだけ思い描いた、そのとき。
カーテンがふわりと持ち上がった。
陽の光ではない、どこか異質な風。
──召喚。
「あ、来たかも」
驚きよりも先に、静かな納得があった。
「……今回は保育ですか? 戦争じゃなくて?」
空に生じた魔法陣の中心から、声が聞こえた。
ゆかりはくすっと笑って、答える。
「いいですね、それ。育てるほうなら、私の出番です」
*
そして現在、異世界・カナリア。
園の廊下を歩くゆかりの足どりは、軽やかだった。
窓の外では、トトラが木に登り、ルウが風と戯れ、ミィナが石に熱を宿していた。
そこにサリアがやってきて、そっと問いかける。
「時庭先生は……召喚されたこと、どう思っているんですか?」
「うーん。たぶん、良いタイミングだったと思ってます」
「それだけで?」
「それだけで、けっこう十分なんですよ。必要とされた時に、自分が“できること”で応えられるなら、それがいちばん幸せな働き方かもしれません」
そのとき、門の向こうから、見慣れない子どもたちの姿が見えた。
ひとりは、影のように色の薄い子。
もうひとりは、うっすら透明な羽をもつ子。
どちらも、新たに登録された“仮受け入れ対象児”──明日、体験登園に来る予定の子たち。
「また、未来がふえたね」
ゆかりはそう言って、目を細めた。
たったひとつずつ、未来を受け入れていく。
それが、この園のかたちだった。