第5話 ルウのいろ、そらのいろ
「今日は、空の絵を描いてみようか」
ゆかりの提案に、子どもたちはわいわいと色鉛筆や絵の具に集まっていった。
けれど──ルウだけが動かない。
「ルウちゃんも、一緒に描く?」
「……ううん」
彼はぽつりと首を振った。
*
風精の子どもであるルウは、いつも空を見ていた。
高く舞い、風にのって遊ぶことができる。
彼だけが見ている空の景色は、きっと誰よりも澄んでいるはず。
でも、描けない。
「みんな、見てる空、ちがうんだよ」
「うん、そうかもしれないね。でも、ルウちゃんの“ちがう”も見てみたいな」
「でも、ぼくの見た空は、紙じゃ足りない」
*
その日、絵を描かずにいたルウは、園の屋根の上にいた。
心配して駆け寄ったゆかりに、彼はそっと言う。
「せんせい……きれいなものを描けないと、きれいじゃなかったことになっちゃうみたいで、こわいの」
それは、「表せない」ことへの不安だった。
ゆかりは、ゆっくりと屋根に腰を下ろす。
「ルウちゃんが見た空は、ちゃんと、ルウちゃんの中にあるよ。無理に描かなくていい。そのまま、大切にして」
「……でも、みんなは描けてる」
「うん。でも、みんな“自分の空”を描いてるの。だから、ルウちゃんも、描きたくなったら“自分の色”で描いてみて」
*
夕方、ルウはひとり、青のクレヨンを持って壁際にしゃがんでいた。
紙じゃなく、床にうすく、まあるく色をのせている。
「それ、何かな?」
「……風がいた場所」
「そっか。風も、そこにいたんだね」
それは“空”ではなかったかもしれない。
けれど、確かにそこにいた“風の痕跡”だった。
その夜。
ゆかりは連絡ノートにこう記した。
「描けない」ことのなかにも、豊かな表現がある。
形にしなくても、そこにある「感じたこと」を、だれかが見守るだけで意味を持つのだと思う。