第41話 ゆびきりの やくそく
夏の朝。
園庭には、かすかに湿った土の匂いと、やわらかい風が流れていた。
朝の集いが終わったあと、シーが掲示板に新しい紙を貼った。
「なつの実地研修 じゅんび開始」
それを見上げた子どもたちが、わっと声を上げる。
「じっちけんしゅうってなに?」
「たび? たびするの!?」
「どこいくのかな……」
ゆかりは、集まった子どもたちの輪に入って、静かに話しはじめた。
「実地研修っていうのはね、園の外に出て、いろんな人や場所と出会って、
ちょっとだけ、自分でできることをふやしてくることなんだよ」
「そとに、いくんだ……」
ポルカが小さくつぶやいた。
そと、という言葉に、子どもたちは胸を高鳴らせながらも、少しだけ不安そうな顔をしていた。
*
その日の昼休み。
ポルカはひとり、園庭のはしっこでしゃがみこんでいた。
草をむしったり、小石を並べたりしながら、じっと何かを考えている。
そこに、ミィナがそっと隣に座った。
「どうしたの?」
ポルカは少し迷ったあと、ぽつりと打ち明けた。
「……そとにいったら、“ここ”じゃなくなっちゃうのかなって」
「……ふーん」
ミィナはしばらく考えて、それから手を差し出した。
「じゃあ、やくそくしよ」
ポルカはきょとんとしながらも、差し出されたミィナの小さな手に、自分の手を重ねた。
ふたりは、ぎゅっと指をからめる。
「ゆびきり、げんまん──」
「──うそついたら、おばけがでる!」
ふたりの声が重なって、にやりと笑いあった。
「どこにいっても、ここはここだよ。ちゃんともどってくる」
ミィナのことばに、ポルカは安心したようにうなずいた。
*
実地研修に向けた準備は、その日から本格的にはじまった。
地図をひらき、行き先のことを調べる時間。
持ちものリストをみんなで考える時間。
そとの世界のルールを学ぶ時間。
トトラは、「ぜったいドラゴンに会う!」とわくわくしていた。
シェムは、村のあいさつのことばを何度も練習していた。
ルウは、飛びすぎないように風の調整をしていた。
イーリスは、水の気配を読むために、小さな湖に向かって手を伸ばしていた。
ポルカも、少しずつ、そとに出ることを受け止めはじめていた。
「ぼく、だいじょうぶかも。
だって──かえるばしょ、ちゃんとあるから」
小さな声だったけれど、しっかりとした響きだった。
園のまんなかで、旗がふわりと揺れた。
白地に、ぐにゃぐにゃの線。
赤、青、金、緑──それぞれのしるしが重なりあって、
中央には、子どもたちの“て”のかたち。
ゆかりはその旗を見上げながら、心の中でつぶやいた。
(みんな、どこにいても、ちゃんとつながってる)
*
その夜の記録帳に、ゆかりはこう記した。
子どもがそとに出るとき、
それは「自分の足で世界にふれる」一歩。
かえるばしょがあると信じられること。
その信頼が、子どもたちの背中をそっと押す。




