第40話 あしあと、そして なつのこと
園庭のすみに、小さな黒板が置かれた。
その上には、チョークでこう書かれていた。
「ふりかえりの ひ」
「今日はね、みんなで“これまで”をふりかえって、“これから”をちょっと考える日なんだよ」
ゆかりの言葉に、子どもたちは首をかしげる。
「ふりかえり……って、うしろみるの?」
「うしろ、っていうより、“ここまでどうだったかな”って、自分の“あしあと”を見てみるの」
*
保育室では、子どもたち一人ひとりに**“ふりかえりシート”**が配られた。
それは、文字ではなく絵やしるしで気持ちを残せるよう、工夫された紙だった。
トトラは、ひのたまマークを何個も描き、「けんかいっぱいしたけど、つよくなった」と言った。
ミィナは、ちいさなうずまきを描き、「うたをみつけた」とひとこと。
シェムは、四角い枠の中に、青と黒で何重もの線を描いた。「しずかでも、伝わるときがあった」
ルウは、羽のかたちと、ぐるぐるの風を描いた。「とべるようになった」
イーリスは、水玉模様と、つながる輪を描いた。「しるしを、あげたり、もらったりした」
ポルカは、園の全体図を小さく描いて、中央に「たいせつなばしょ」と書きそえた。
壁には、手形で作った足あと模様の帯が飾られていく。
それぞれの子どもが、自分の足跡の場所に、手形のスタンプを重ねた。
「わたしたち、こんなに歩いてきたんだね」
ポルカが小さくつぶやく。
「この先は、なつがくる」
ミュリエルが静かに言った。
*
午後、ゆかりが話した。
「なつは、“かわる”ことがたくさん起きる季節です。
あつくて、ちょっとしんどいときもある。
でも、いつもよりも大きくなるとき。
そのぶん、そばにいる大人が、たくさん“みまもる”ことが大事なんです」
サリアがそっと加えた。
「なつは、命のちからが強くなる。だから、だいじなこともたくさんある。
こどもたちの中の“変化”に、気づけるようにしたい」
*
夕方。旗の下で、子どもたちは一列に並んで、それぞれの“あしあとシート”を空にかざして見せあった。
そこには、言葉にできない感情が、形になって浮かんでいた。
ゆかりの記録帳には、こう記された。
子どもたちは、自分の歩みを「見つける」ことで、自信と実感を手に入れる。
ふりかえる時間は、“止まる”のではなく、“次に進むための一歩”。
この園は、また新しい季節に向かって、いっしょに歩き出す。
ここまでのご読了、心からありがとうございます。
この章は、保育園という場所が、子どもにとってどう変わっていくか”を主題として描きました。
「迎え入れる」「受けとめる」という第一章の段階を経て、
子どもたちは少しずつ、自分の心を表現するようになります。
ときにぶつかり、ときに黙り、ときにゆびきりをして、
ことばにできない気持ちを、それでもどうにかして伝えようとする姿は、
現実の子どもたちと重なるようで、書きながら何度も胸があつくなりました。
また、ゆかりがいったん園を離れることで、「ゆかりがいないときの保育」にも焦点が当たりました。
その穴を、サリアやミュリエル、シーたちが自然に埋めていく姿に、
この園が“ひとりの大人に依存しない場所”として、根を張りつつあることを感じていただけたなら嬉しいです。
そして、ミィナの火、シェムとトトラの衝突、遠くのともだちとの手紙のやりとり、
それぞれの小さな出来事が、ひとつの円のようにゆるやかにつながって、
最後の「ふりかえりのひ」で、ひとつの区切りを迎える──
まさに、育ちのなかで、自分で“選ぶ”ことに子どもたちが向き合った章だったと思います。
次章はいよいよ「夏」。
世界が広がり、子どもたちが園の外で出会うものたちと、どう関わっていくか。
どうぞ引き続き、見守っていただけたら幸いです。
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