第4話 ミィナのきもち
その朝、ミィナは玄関で立ち止まっていた。
「おはよう、ミィナちゃん」
ゆかりの声に、彼女はうなずきもせず、ただ目を伏せたまま──静かに部屋へと入っていく。
(今日の“熱”、いつもよりつよい)
髪の先にほんのりと赤い光が揺れていた。ミィナの体質は感情の波に敏感で、興奮や不安があると熱を帯びてしまう。
でも、それを表に出すことは少ない。
「ミィナちゃん、今、どんな気持ち?」
問いかけには答えない。
それでも、そっとミィナのそばに座っていたポルカが、まるい目でぽつりと言った。
「ちょっと、あつい」
*
午前の活動は、絵本の読み聞かせだった。
他の子たちが少しずつ近づいてくる中、ミィナだけは部屋の隅から動かない。
読み終えたあとも、目を合わせず、無言のまま。
ゆかりは声をかけなかった。ただ、読み終えた本をそっと床に置いて、ミィナの近くの壁に寄りかかった。
しばらくして、ミィナがその本を見にきた。
そして、ページをめくりながら、ぽそっとつぶやいた。
「……こんな、いいこじゃないのに」
「え?」
「わたし、あつくなると、こわれる。だから、わるいこって言われてたの」
*
その日、ミィナは砂遊びをしなかった。
でも、砂場の近くにずっといて、小さな石を拾っては並べていた。
サリアがそっと声をかけた。
「ここであつくなっても、こわれたりしないわ。わたしが守るから」
サリアの“庇護”の力は、接触や事故を自然に避けるフィールドをつくる。
それを知ってか知らずか、ミィナは小さくうなずいた。
「ミィナちゃんがあつくなるのは、きもちが動いてるってこと。先生、それってとてもすてきなことだと思うよ」
*
おやつのあと。
ミィナは、誰にも言わずに、園の裏の小道へ向かった。
ゆかりがそっと後をつけると、そこには──
熱で赤くなった手で、石に何かを描いているミィナの姿があった。
「これは?」
「きもちの、かたち」
「……まだ、ぜんぶじゃないけど、でも、すこしずつわかってきた」
それは、火のようでも、花のようでもない。
けれど、確かにミィナだけの“表現”だった。
ゆかりは、そっとほほえんだ。
「ミィナちゃんの気持ち、すこしずつでも見せてくれてありがとう」
その日、ミィナの髪の赤は、やわらかな光を放っていた。