第36話 ゆかり、おかえり
その朝、空気は凛として冷たかったが、
子どもたちの顔はどこか落ち着かない様子だった。
「ねえ、きょう……」
「くるの? ほんとに?」
「ほんとにほんとに?」
ミュリエルが穏やかに頷いた。
「ええ。今日の午後、時庭先生が帰ってきますよ」
「……!」
しばしの沈黙のあと、子どもたちは歓声を上げた。
*
その時間、保育室では“おかえりのじゅんび”が始まった。
シェムは「ようこそ」の文字をきれいに並べた。
ミィナは、かつて割れてしまった赤い石を、修復した姿で棚に飾った。
ポルカとイーリスは、小さな旗をたくさん描いて、部屋の隅に貼った。
トトラは外で雪を踏んで、雪の道を作った。
ルウは、風でやさしく揺れるよう、リボンの飾りを整えた。
「はやく、あの“て”の旗の下にいっしょにいたいね」
「うん、もうすぐ──」
*
そして、午後。
門の向こうに、見慣れた人影が見えた。
「……せんせいだ!」
ミィナの声に、いっせいに走り出す。
「ただいま」
その一言で、子どもたちのなかの“まってた気持ち”があふれ出す。
「おかえり!」
「ゆかりせんせい、ほんとにかえってきた!」
「さむかった? おなかすいた?」
「ふゆまつりやったよ!」「ひかりつくったよ!」
ゆかりは、ひとりひとりの顔を見て、しっかり抱きしめた。
「みんな、大きくなったみたい」
*
その夜。
子どもたちは園での様子を、ゆかりに一つずつ報告した。
手紙の返事も見せた。
そして最後に、中央に掲げられたあの“て”の旗を指差して言った。
「これが、ぼくたちのしるしだよ」
ゆかりは旗を見上げた。
ぐにゃぐにゃの線。とびだした色。曲がった手形。
でも、それがこの場所の全部だった。
「──ただいま。わたしの、大事な場所に帰ってきました」
*
その日の記録帳、最後のページに、ゆかりはこう書いた。
子どもたちは、“まっている”だけじゃなかった。
待ちながら、育ち、作り、変わっていた。
私は、帰ってきた。
でも、それ以上に──「迎え入れてもらった」一日だった。




