第31話 ゆかり、ふるさとに帰る
「では、明日から時庭先生はしばらく帰省となります」
シーが朝の集いで告げると、子どもたちの表情がぱっと曇った。
「ゆかりせんせい、いなくなるの……?」
「かえってくる?」「いつ?」
ゆかりはみんなの前にしゃがみ、優しく言う。
「少しのあいだだけだよ。ふるさとに帰って、大事な人たちに会ってくるの。
すぐ戻ってくるから、園のこと、よろしくね」
*
異世界からの一時帰還は、厳重な魔導枠を経て行われる。
帰着地は、ゆかりがかつて家庭的保育施設を準備していた、日本のとある山里。
かつての日常と、夢の途中だった場所。
見慣れた坂道、細い小川、木造の平屋──
風が匂いを運んできた瞬間、胸の奥がきゅっとなった。
(……たしかに、ここにいた。今も、帰ってきたんだ)
*
数年ぶりの旧友との再会は、懐かしい畳の部屋で。
「まって、何それ……え、異世界!? マジで?」
「うん。召喚されて、今はそっちで保育園やってる」
「ふつうに言うけど、やばすぎでしょ! 異世界!?」
「ほんとにあるの!? ドラゴンとか精霊とか、そういうの!?」
「……ある。あと、テレパシーとか空飛ぶ子もいて、すごくにぎやか」
しばしの沈黙のあと、誰かがぽつりと。
「……でも、そういう子どもたちがいるってことは、
あっちにも、保育士が必要なんだね」
「そう。ほんとうに、そうなんだよ」
*
ゆかりは、自分たちで描いた“園の旗”のコピーを見せた。
不格好な線。まるくない円。まんなかの、小さな“て”のマーク。
「子どもたちが、自分たちで“園のしるし”を作ったの。
この手で描いたものが、自分たちの居場所のかたちになったんだよ」
しばらく見つめたあと、先輩保育士がほほ笑んだ。
「……なんか、いいね。“保育”って、やっぱりどこにいても変わらないんだね」
「どんな場所でも、“いま、ここで育ってる”ってことには、まちがいないから」
*
夜、ゆかりは仮宿でひとり、記録帳をひらく。
異世界に行っても、私は“保育士”だった。
不思議なのは、場所じゃない。
子どもたちの声に寄り添って、日々を積み重ねていく。
それができるなら、そこがどんな世界でも、“保育”は育つ。
そして最後に、そっとページのすみにつぶやく。
「……はやく帰りたいな。あの旗の下に」
*
そのころ異世界の園では、ミュリエルが“今日のゆかり先生レター”を読み上げていた。
ポルカが言う。
「ねえ、せんせいがかえってきたら……おかえりって、ちゃんと言おうね」
シェムが、小さな紙に「おかえり」の文字を書きはじめていた。




