第30話 このてで、つくる
「ねえ、ゆかりせんせい。この園の“しるし”って、あるの?」
ポルカのぽつりとした問いかけに、ゆかりは少し首をかしげた。
「しるし?」
「うん。まちの人とか、おみせとか、なんか目じるしみたいな……旗とかマークとかあるでしょ。
ここにも、そういう“じぶんたちの”が、あったらいいなって」
そのひとことが、子どもたちのなかで火をともした。
「つくろう!」「旗! おれ、ながいやつがいい!」
「まるいのがいいな」「うみの色、いれてもいい?」
「じゃあ、みんなで“園の旗”を作ってみようか」
ゆかりの声に、子どもたちの「わぁっ!」が重なる。
*
旗の材料を出すと、あとは自由。
線は曲がっても、色がはみ出しても、気にしない。
それぞれが思いつくままに、手を動かした。
トトラは赤いクレヨンをぐるぐるぐるっと勢いよく走らせて、「これ、ひのまる!」と笑ったが、
すぐに「じゃなくて、ドラゴンのしっぽかも!」と塗り直した。
ミィナは赤いしずくをいくつも描き、
イーリスは青の曲線を並べて「これは うみのうえのことば」と教えてくれた。
ルウは黄色を空に向かってのばすように描き、
シェムは緑の線をまっすぐ引いたかと思うと、ゆっくり指でこすってにじませていた。
途中、絵の具をこぼしたり、紙をやぶいたりしながらも、
そのすべてが“園のいま”をかたちにしていった。
そして──最後に、誰からともなく、
「まんなかに、てのマークつけよう」と言い出した。
「わたしたちの て で つくったから」
誰かの手を型にして、クレヨンでなぞった。
ちょっとゆがんだ、小さな“て”のしるしが、中央にのこった。
*
できあがった旗は、
白い紙のなかに、赤・青・金・緑の線がぐるぐる、ちぐはぐ、でもまるくまとまっていて、
その真ん中には、へにゃっと曲がったちいさな“手”のかたち。
きれいに整ってはいない。
でも──そこには、子どもたちの全部が詰まっていた。
ゆかりはそっと言った。
「この旗、とってもいいね。“うまく描く”じゃなくて、“みんなの気持ちで描く”って、こういうことだと思うよ」
ミュリエルが、描いた旗をラミネートして園庭に貼り出した。
風にふかれて、ちいさな絵がふわりと揺れる。
「……これ、うちの旗だ」
ポルカがぽつりと言った。
誰もがうなずいた。
*
その夜、ゆかりの記録にはこう記された。
じょうずじゃなくていい。きれいじゃなくていい。
子どもたちの“て”がうごいて、心がこもっていれば、それはもう“しるし”になる。
この園は、わたしたちみんなで“つくっている”。




