第24話 みずのなかのことば
イーリスが園に通い始めて数日。
彼女はよく話す子ではなかったが、
水の音や光の揺れを通して、たしかに“気持ち”を表現していた。
ある日、静かな午前の室内。
ポルカとシェムが、絵の具を使って紙の上に“にじみ”を作っていた。
「この色、イーリスちゃんの水に似てるね」
ポルカが淡い青をさして言う。
「……たぶん、ことばのかわりにしてるんだと思う」
シェムがつぶやく。
そのとき、イーリスがそっと近づき、ふたりの絵の上に水のしずくをぽとりと垂らした。
紙のうえで色が混ざり、ふわりと広がっていく。
「……これ、うれしいときの色」
「え?」
「うれしいとき、うみのなかでは、こういうふうにひろがる。だから──“ありがとう”って、言った」
ポルカのからだがふわりと揺れた。
「すてき。……わたしも、こんなふうに気持ち、つたえたい」
シェムは黙っていたが、
自分の紙の上に、そっと青をにじませた。
*
午後、ゆかりは“自由表現”の時間に、絵の具と水の用意をした。
テーマは決めない。ただ、それぞれが“なにかをにじませる”。
イーリスは淡い青を何重にも重ねて“海の底”を描いた。
ポルカは虹色の波を。
ミィナは赤いしずくを紙の端に浮かべ、そっとにじませた。
そのにじみが、お互いの紙にふれて、色がまざる。
「これは……“いっしょにいる”ってこと?」
「うん、“ことばじゃないことば”だね」
*
その日の終わり。
イーリスは帰り際に、ゆかりに小さな貝殻を手渡した。
「これは?」
「“きもちをしまっておくもの”。わたしのところでは、だいじな人に渡す」
「ありがとう。……とっても、うれしい」
ゆかりは記録にこう記した。
気持ちを伝える方法は、言葉だけじゃない。
色、音、かたち、光──
子どもたちは、ありのままの“表現”を通して関係を築いていく。
それは、異種族間でも、たしかに育つ“ことば”。




